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【マタギ女子・蛯原紘子さん】なぜ移住してマタギになったか〈前編〉

「マタギ」とはなにか。東北地方の豪雪山岳地帯に居住し、古くから伝えられてきた儀礼や作法を守り、集団で狩猟を行なう人々のことだ。“春熊猟”で知られている。

蛯原紘子さん(33)は、大学時代、山形県小国町のマタギと出会い、「マタギにしか見えない山」を教えてもらう。それが引き金となり、マタギになろうと移住した。

「マタギにしか見えない山」とはなにか。マタギたちは、今を生きる若い世代に、どんな世界を教えてくれるのだろうか。

蛯原紘子(えびはらひろこ)さん
熊本県熊本市出身。東北芸術工科大学日本画専攻。
小国町役場職員と、マタギの二足のわらじを履く。

※2018年に取材を行い作成された記事となります

お前、熊狩りくるか?

大学時代は、日本画を描いていたんです。日本画ではないですが、これは鉛筆スケッチ。
写実的にものをとらえることが得意でした。動物が好きで、動物ばっかり描いていましたね。

普段私たちが暮らしていて、動物を描きたいと思ったら、動物園か、家畜か、ペットしかいません。私はずっと動物園に通っていたのですが、動物園の動物って、全然緊張感がないんですよね。これは違うぞと。こんなんじゃ野生でどんな姿をしているかもわからないし、だんだん描くモチベーションが保てなくなっていったんです。

描きたい対象が見つけられなくなり、他の理由もあって自分は絵描きに向いていないな、どうしようかな、と悩んでいた時に、田口洋美先生と出会いました。先生は20代からマタギについて山を歩いていた人です。話の中に、クマとかカモシカとか色んな動物が出て来るわけですよ。この人面白いな、と思って、研究室のドアを叩きました。

そこで色々な話をするうちに、「お前、そんなに言うんだったら熊狩りにくるか?」と声をかけてくれました。はい行きます、と即答しました。

女人禁制の世界へ

ただ野生のクマが見たい、という思いで参加した先が、この小国町の五味沢(ごみざわ)という地区でした。ところが、マタギの世界には女人禁制の掟がありました。山の神様は女性だと言われていて、非常に嫉妬深い神様なんですね。そうとは知らずに、ただ先生についていきました。

当然、マタギたちは突然きた娘を「マタギの仲間」として同行させることはできません。だから「この娘は山の仲間じゃない、田口先生と学生がたまたまそこにいるだけだ」という設定にして、同行を許してくれました。先生とマタギたちが30年来の長い付き合いだったことで、なんとか許された感じです。さらに運が良かったのは、当時の山親方が柔軟な考えを持っていたことでした。

「現代の社会が変わっていく中で、マタギの社会だけ昔のまま変わらないというのはどうか。よそ者や女性であっても、興味がある人は受け入れていくようにしないと集団で熊を取る本来のマタギの形が維持できなくなる」

すでに20年前から五味沢に移住し、マタギの仲間になっている人がいたので、私が行ったときにはもう、よそ者を入れる体制ができていました。そうしたら今度は女子が来たぞと。

「熊実績」を積む

最初は登山道の中でも里に近いところまで同行が許されました。奥まで行かなかったのは、山ノ神様の怒りを恐れてのことです。でも何にも起こりませんでした。次はもう少し奥まで行ってみたけれども、何にも起こらなかった。そうして少しずつ、距離を伸ばしていきました。面白かったのは、私が行った場所ではなぜか毎回獲物が獲れたことです。他の場所では出ず、私が行ったところにしか熊が出なかったこともあります。

いよいよ登山道を外れてマタギ道に連れて行ってもらった時にも、また獲れた。こうして「熊実績」を積んでいったんですね。本当に運が良かったと思います。熊が出ないのが続いていたら、私は仲間に入れてもらえませんでした。

未来のために今を生きる人たち

なぜそれほど夢中になって通い詰めたのか。それは、当時の山親方から聞いた言葉がきっかけでした。

「自分たちはこの山に暮らしていて、今は自分たちが使ってる。けれども、先祖の代からずっと使い続けて守ってきた山だから、後の人たちも使い続けられるように、今、自分たちが守ってるんだ

マタギが持っている感覚が、ほんとうに新鮮でした。熊本の住宅地で育ったので、なおさらだったと思います。都市部で暮らしていると、野生動物なんてネズミ、ハト、カラス、スズメくらいしか見ないじゃないですか。ここには、熊が普通にいるわけですよ。テンやイタチ、カモシカ、あらゆる動物が家の裏にいる。ここで感じたのは「山のすべてが生活の一部である」という暮らしの感覚でした。

だから熊を撃ちたかったわけではないんです。マタギの「暮らし」をもっと教えてもらいたかったんですね。彼らがどういう考えで暮らしていて、どういう考えの中で熊狩りをやっているのか。それを自分がわかるためには・・・もう、行くしかないですよね。近づけるところまで近づかないと、この人たちの言っていることを本当に理解することはできないぞと。好奇心ですね。

後編に続く

文:森山健太


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