KOTAOとTENGAはGood vibes only
月日は百代の過客にして。2022年10月の初め、私が渋谷へ行くのは約4年ぶりだった。
脳の断線後、半年ほどで日常行動が徐々にできなくなっていき、自宅マンションドアから一歩も出ない約2年、内訳は〔95%自分の部屋+食事の時だけリビング〕という生活からスローに回復の兆しを見せ、この1年は自宅周辺の自転車移動範囲内の買い物に出られるようになっていた。(残り半年は、単に渋谷に行っていなかった)
画風も本人の姿までも仙人な画家・熊谷守一が、晩年の30年間、うっそうと植物が茂る自宅敷地内から一歩も出ず、身の回りの物だけを描き続けた生活スタイルをカッコいい! と興奮していた。その時は、まさか自分が家から一歩も出られなくなるとは思っていない。
そんなわけで、夏に実家独居の母親が大腿骨骨折して入院し、唯一の家族として滋賀県の入院先の病院へ行かざるをえなくなる前は、電車やバスにも一度も乗車していなかった。しかし、今や高速夜行バスで関西へ行き来し、私鉄やモノレールを乗り継ぐバイト先への通勤を全うできている。
渋谷へ向かう理由は、友人である友沢ミミヨちゃんの愛娘、アート界の新星・友沢こたおちゃんのPARCO MUSEUM TOKYOでの個展を観るためである。2022/09/16 (金) - 2022/10/03 (月) Kotao Tomozawa Solo Exhibition SPIRALE at PARCO MUSEUM TOKYO カッコよ!!!!!!!!!! サブカル文化に魅了されてきた人種にとってPARCOといえばメッカといってもいい場所で、そこへ巡礼に行く側じゃなく、こたおちゃんは迎える側になった。
何年も引きこもっていた私が観に行くというので、友沢ミミヨママがありがたくも招待券を送ってくれた。あとは行くだけ! のはずが10月2日(日)、ぐずぐずしていたら最終日の1日前になっている。時間は夕方5時、パルコミュージアムに電話して混雑具合を聞いてみると、「明日は最終日ですし、もっと混むと思います。お客さまはいらっしゃいますが、今の時間帯ならゆっくり観ていただけると思います。よろしければ本日どうぞいらっしゃってください」とのこと。パルコミュージアムの方のアドバイスを受け、急いで家を出た。
渋谷駅ハチ公口からうつむき気味にPARCOへ向かう。人が多いことに圧を受けつつ、誤ってセンター街経由での経路をとってしまった。余計に圧。バイブスがヤバい。いや、単に空気が汚い。意識的には毛穴まで自分を閉じながら早歩きし、PARCOへ到着。
2019年に建て替え再オープンした渋谷PARCOは、見覚えのない新PARCOで。建物の形も変わっているだろうけど、決定的に印象が違うのは、「PARCO」の看板ロゴが、どこかピカソっぽい緑・青・赤のモザイク系ロゴでなくなったことだった。壁面に、銀色の金属で切り出された細身でクールな現「PARCO」ロゴが、白いライトに逆光で照らされている。シンプルが好まれる時代の流行を感じる。
チケットを黙視確認し4Fへ。招待券をいただいている程度の品格は保持したい。挙動不審を出さないように気をつけながら、「お願いします」と受付にチケットを提示する。
PARCO MUSEUM TOKYOに無事入場。こたおちゃんの作品は油絵で、いろんな物にスライムをかけた独特な作品が注目を集めている。作品写真ではスーパーリアルに見えたスライムの光沢や人形の眉毛などが、至近距離で実物を拝見すると、ラッセン絵画みたいに細かく描かれているわけでなく、結構ラフに省略されていた。なのに離れてみるとリアルに見えるという魅力的な筆のタッチ。作品は大きなサイズ、小さなサイズ、80点以上と圧巻の質と量で、たっぷりとKOTAOアートを堪能する。
ふと見ると、惜しげもなく生足を出している20代細身ギャルの二人連れが、作品前で互いに撮影し合っている。〝チューブ状の透明スライムがこたおの顔に張り付いている〟大きな絵を見て、「うち、この絵めっちゃ好き」「うん、いいよね〜」「欲しい〜! 買えるのかな」「聞いてみる?」作品と彼女らの近すぎる距離感が可愛らしい。
そんなタイミングでちょうど、こたおちゃんとスタッフの方が事務所らしき場所から出てきた。話しかける心構えはない。大人になったなぁ〜と感じたアーティスト写真より談笑する彼女は幼い表情で、なんだかホッとした。生・こたおも見ることができ、ツイている。友沢こたお初の作品集『KOTAO』を購入し、ミュージアムを後に。
充実感を得てか、自然と視線が上がる。するとミュージアムの出入り口に面した廊下を挟んで斜め前に、おしゃれコスメ的な商品が陳列されているお店が目に入った。行きはミュージアムまっしぐらだったため、全く気付かなかった。というか、オフ時は色々と気付かない。「iroha」新しいブランドなんだろう。もともと美容系は詳しくない。
「なんか買って帰るかな、洗顔料とか」ノーメイクのまま渋谷PARCOに来ているのに、一杯飲んだくらいの軽やかな気分になっている。そんな酔いの気配がバレ、すかさず「いらっしゃいませ」と店員さんから声をかけられてしまった。洗顔料は…、並んだボトルのパッケージを視線で辿るも、フォントが小さいこともあり、パッと見で何の商品か?の判別がつかず、商品をひとまず手に取らないままキョロキョロしてしまう。
「何かお探しですか?」店員さんが私にすっと近づき、マンツーマンが始まってしまった。観念して「あの、洗顔料ありますか?」と、聞く。すると、店員さんがあいそ笑顔でなく背筋がピンと伸びた感じで、「洗顔は用意していないんですよ。実は、うちは、あそこ専門のケア商品メーカーなんです」
「え、、
ん〜
え?」
心の声が、実際に声に出てしまっていた。
「あはははははは!! すみません、私、遅れてて〜!時代に」と焦る私に、「ふふふ」店員さんが優しく微笑む。PARCOの看板ロゴも変わったが、同時に他も当然進んでいるのだ。化粧水さえ何年も使っていず、女性の下限にいる者が、顔より前に〝あそこ〟をケアする?
小さなサイズの文字で書いてる商品説明を、近づいてしっかり見る。確かに、〝デリケートゾーンケア商品〟と書いてある。
「ごめんなさい! 今日もノーメイクですけど普段もそうで。私の場合は顔もケアしてないのに〝あそこ〟を? と思って、笑ってしまいました」と平謝りしたら、「私も前はそうでした。でも実際のところは、〝あそこ〟のケアの方が大事なくらいで。他の肌と比較して、デリケートゾーンは経皮吸収率が40倍以上なんです。この会社に入って専用商品を使うようになったんですけど」「4、40倍!?」初耳情報にのけぞる。「デリケートゾーンをケアすると、気分が良くなって変われますよ」「私は変わりました」と店員さんが続ける。親しみやすく丁寧に接してくれる店員さんの目が澄んでいる。顔立ちも整った美人だ。
お店の中央の白い台に、半透明の、お花型のこんにゃくゼリーのようなものが並んでいる。これは…(栄養食品的な何かと予測)と、じっと見ていたら用途を説明してくれた。「ひとりで、いろんな場所にこれを使って、舌、唇みたいな感触を楽しむグッズです」(使い切り1個600円くらいの価格)
私が膝から崩れ落ちて、「うそでしょー、めんどくさすぎる!」と言ったら「そうですか? ある程度時間作って、集中してできると満足感高いですよ」と、笑いなしで真正面から説明されて、「生活時間的に、私は時間確保して頑張れないです」とふざけず答えて。試してみます? の言葉に、まさかここで?? と構えたが、左手の甲に、そっと、それを塗ってくれた。
グッズの感触は、水分の多いジェルのようで。上品ないい香りだったけれど、お試し段階では、これでエロくなれるのか?に想像が届かなかった。ありとあらゆるクリエイト能力が試されるに違いない。
流れで、奥のTENGAコーナーも見学することになった。ここはTENGAの女性社員たちが女性視点で開発した「iroha」というシリーズ商品のポップアップストアなのであった。どうも熱意が違うと感じていたが、店員だと思っていた女性は社員さんだったと判明。
TENGAの本物は初めて見る。キース・ヘリングのイラストがプリントされたTENGAを「かわいくないですか?」と社員さんに紹介され、「あ、かわい! こんなにおしゃれなのもあるんですね」と同意したら、「プレゼントにいいですよ」と推される。「あはは。いいかもしれないけど、私はあげる人いないなぁ」笑いで交わす。「他のTENGAはあげにくいかもですが、プレゼントされる方もいらっしゃいますよ」社員さんも商品に自信を持ってるから、引き下がらないでぐいっとくる。こちらも笑っていたら失礼と思い、気持ちを仕切り直して、「キース・ヘリングもいいけど、春画とかもいけそうですね」と、ついアイデア出したら「春画? 思いついていませんでした! メモしていいですか?」「もちろん、どうぞ」という商品開発会議な瞬間もあった。
「そもそも、パーソナルスペースに人が入ってくるのも元は苦手で、今は子持ちだし人に慣れただけで」なんて込み入った自分ごとを、つい私が話したら、社員さんからは「わかります。私も姉妹の長女で、甘えるの苦手です」と、はみだしてくれて。心のデリケートゾーンに一歩入ったあたりで、レジ閉めの時間になった。
「急いで買います! こんなに楽しかったし」と泡状のあそこ専用ソープ(iroha INTIMATE WASH)をレジに持って行く。使用前だが、このソープのベルガモットとビターオレンジの香りが甘すぎず、あそこに合う香り、な気がする。「お客様が2週間の催事のラストのお客様で、楽しかったです。またどこかでお会いしたいですね。その時には、もう全種類持ってる、なんてことになっていたりして〜」この女性に心と財布の両方を掴まれそうになる。
「それはーどうかなぁ〜? まぁそうですね。使いすぎて、ゴム部分が摩耗で切れてクレームとかねw」と返すと、後ろにいた他の店員さんも一緒にみんなで笑って、さようなら。
TENGAにイラストを描いて、あの社員さんと一緒に仕事がしたい! そんな気持ちは伝えていないけどね。エロを萎えさせないイラストは…どんなバイブスをも無視してアイデアに没頭しながら、渋谷駅へと歩く。
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