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2045年と薬草魔女の物語

 こちらは、KaMiNG SINGULARITYという2045年の世界をテーマにした、ヒトとAIの関係性を巡るフェスに、伝統茶{tabel}が出店するにあたって描いてみた、架空の物語です。 

 今年は、特異点である2045年。
 久しぶりに渋谷へ帰ってきた。年々、熱帯化して暑くなる夏と一緒に。
 あれから25年も経ったのか。長いようで短かった気がする。
 「……………ただいまー。」
 記憶の中で、昔、毎日のように一緒にいた仲間が「おかえりなさーい!」って言ってくれている声がした。

 私が大好きだったこの街を離れた2020年でも、ここは日本中のどの街よりも躍動感のある新陳代謝を繰り返していた。オリンピックの始まりも終わりも超えた未来に向かって、生まれたての建物が、道が、できごとが、次々に出現した。
 その勢いはだんだん落ち着きつつも成長を続け、人口縮小を受け入れてポジティブなスローダウンを目指すローカルとのテンポのコントラストは大きくなっていったが、都心は都心の、ローカルはローカルの役割と魅力がうまく共存して、人々はどちらの街にも行き交いながら暮した。
 ハレの日もなければ、日々は彩りを失う。お祭り状態の街も必要だ。

 渋谷で暮らしていたその頃から、私は薬草魔女だった。
 母親が魔女だったわけではないが、少し心配性なところと、たまに度がすぎる世話好きなのは母親譲り。とりわけ大好きだった「食べること」を通して、身の回りの大切な人に薬草の力をこめた回復魔法を届けるのが何よりの喜びだった。
 都内には緑が少ないので、日本中を飛び回り、つむいだご縁で集まってきた薬草たちを、日々戦っているみなさんに届けることを生業として過ごしているのは今も変わらない。
 植物工場も増えたし、AIが体調に合う最適なハーブを選んですぐ買えるようになったけれど、薬効や風味の奥行きで比べると、土と風と太陽光の中で育った野生の植物がもつパワフルさは別格だ。
 人間のまだ知らない栄養素は星の数ほどある。
 カオスも一つの重要な栄養なのだ。

 「この街をそろそろ離れよう。」
 そう思ったのは自然が恋しくなったからなのか、薬草を扱っているうちに野性を取り戻したからなのか、直感に近い判断だった。ちょうど同じことを考えていた大好きな仲間たちと美しい水の湧く村へ移り、山と小さな神社を管理しながら、 暮らし始めた。

 とはいえ、もともと都会で生まれ育ち、横浜や東京の暮らしも楽しかったから、都心を離れることに未練がなかったかというと嘘になるが、新しい拠点にもわざわざ来訪される方も思ったよりは多く、案外賑やかに楽しく魔女暮らしに磨きをかけている。
 まぁ、渋谷のコミュニティも好きだから、当時流行っていた2拠点生活という形に落ち着きながら。

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 生命体には初期設定として、「生き抜きたい」という欲があり、そのために健やかであること、それには自然が必要であることを本能的に知っている。

 もちろん今は、そんな本能とか、欲とかに振り回されず、AIの判断に従っていればスムーズに、円満に生きられるのだけど。
 しかし、やはり長年、自分の肉体と精神で生きてきた2016年以前に生まれた人々にとっては、たとえ合理的ではなくても、失敗することが多くても、「生きている」という実感を感じながら自分で取捨選択をするという生き方を望んだ人たちも多かった。私もその一人だ。だんだん少数派になってきているが。
 そういった自立派の人たちは、多少、AIネイティブの世代との価値観の違いはあるようだが、個人的にはどちらの生き方も尊いと思う。新しい彼らは少しだけ、体の知覚が鈍っている傾向にあるが、野生の食材に触れたならば、たちまち神経細胞がちゃんと目覚めはじめる。食べる喜びに気づいてしまった人の顔は、なんともまばゆい。そんな瞬間が愛おしいから、回復魔法をずっと続けている。

 今のところ、ヒトは動物であることに変わりはない。
 だから今日も、目の前に来てくれた人の細胞一つ一つが、植物のちからと共鳴し、健やかであるようにと祈りを込めてカカオショットを淹れるつもりだ。

 「ふぅ。」
 相変わらず大きなトランクをカラカラと引いて、渋谷に来たのには果たしたい約束があったからだ。

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 時は少し遡り、2019年の夏。

 「今から26年後…2045年の8月9日、ここ渋谷でまた会いましょう。」
 そう言ったのは、いつも遠くを視ているような目をする発明家だった。ここに居るのに、本心は不在であるような時がたまにある。
彼は、時空を超えた先の物語を、空間にインストールさせることができるTime Machineの生みの親。Time Machineは、世界を大きく歪ませるくらいの力を秘めているから、2020年からは国際連盟団体によって厳重に管理され、簡単に使えなくなってしまった。彼も、行動を緩やかに追跡されながら、のらりくらりと生きている。
 多分、個人的には前世でも縁があるんだろう。初めて会った時から、何年も前から知り合いだったみたいに心地が良いし、なんとなく一緒にご飯を食べている。
 ただ気になっていたのは、彼の体には黒い砂嵐のようなバグが棲みついていたことだ。触れると手や腕がビリビリとする。良くも悪くもバグのエネルギーは強いので、良い影響を発動させてくれるように回復魔法をかけてきたつもりだ。

 彼は混沌としていた2019年に、 当時はまだプロトタイプだったブロックチェーンに祈りを刻むサイバー神社を建立し、御神体を未来とつなげるゲートをひらくためにTime Machineを起動し、8月9日の夜に何百人もの人が集う祭りを執り行った。その最中に、凝縮された人々の歓喜や祈りがあまりにも美しかったからか、思わず、ほんのちょっと「2045年の恍惚」を採取してしまった瞬間を私は見てしまった。
 しかし、それは禁忌だった。時空を超えて、エネルギーを移動させてはいけない。未来と過去のバランスを崩して、時空の狭間に飲み込まれてしまう。
 そのことは彼も十分知っていたはずなのに、思わず採ってしまったのは、直感的に欲したからだろう。彼の中にいるバグを癒す薬になったようで、それから穏やかそうに暮らしている。このことは、まだ私たちしか知らない。
 
 サーバーの寿命もそろそろなので、サイバー神社に入力された祈願データを抽出して入れ替えなければならない時期。しかし、そこに同じく奉納していた「採取した2045年の恍惚」は、持ち続けるのはリスクが大きすぎるので解放したいが、同じ未来に還す必要がある。2045年の歓喜にあふれた8月9日にしか、戻せない。

 未来はパラレルに複数の軸が走っていて、それらの世界線のうち、どれか一つが現実と化していく。
 2019年に垣間見た未来は、綺麗に今日まで紡がれていたんだろうか。
 そして、もう一度「恍惚」を作って、還せるだろうか。

 答え合わせをしよう。

 もし、掛け違っていたら、世界線のズレが新たなバグとなり、彼とバグの均衡が崩れてしまうかもしれない。それがこの世界のどれくらいの規模に影響を与えるかは、正直わからない。
 まぁ、予測しうる可能性に全て対応できるように、薬草はたくさん持ってきたつもりだし、多様な専門性を持つ仲間たちにも念のため来てもらった。こちらも、それなりに覚悟はできている。
 でも、そんなシリアスな理由だけではなく、単純に楽しいから、という動機の方が強くて、今年は祭りを復活させる。

 もし、この26年が美しく織り上がっていたのなら、ここから真新しく始まる1日目に感謝をしながら、みんなで祝杯をあげよう。身体中の喜びを解放する、エリクサーで。

 8月9日。
 永遠を表す「8」という数字が二つ重なった8月8日の先にある、真っ白な始まりの日。
 今日から、もう既に、知らない未来が始まっている。

 この日を見届けるのを、ずっとずっと待ちわびていた。

▶︎KaMiNG SINGULARITY2019年8月9日 14〜21:00 @渋谷ストリーム 4~6Fホールhttps://www.kaming-singularity.com/
※このイベントの世界観も小説になっていて、オーガナイザーの雨宮優くんが公開執筆中。https://note.mu/in_the/n/n4e714ae7af72 
その物語と、この魔女物語はあえて整合性をあまりとらずに、時々事実を散りばめながら自由に書きました。パラレルワールドをお楽しみください◎


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新田 理恵 / Lyie Nitta
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