焼きたてのトーストにバターを添えて
私の家は、貧乏でもなければ裕福でもないごく一般的な家庭だ。外食といえば、ファミリーレストランだし、最も家で食べた肉は、豚バラだ。ひょうきんな父と優しい母、私とそして3つ下の妹。どこにでもありふれた家庭である。
我が家の朝ごはんは、決まって食パンだった。その時、最も安いという理由で選ばれるため食パンのメーカーは毎回異なったが、唯一変わらなかったのは昨晩の残り物と共にソーセージが食卓に並ぶことと、そして食パンが6枚切りであることだ。母に叩き起こされ、眠い目をこすりながら席に着くと、TVで「ズームイン」がやっていて、羽鳥慎一アナウンサーがお茶の間に笑いを届けていた。すると間もなくして、目の前にトーストが置かれ、各々でマーガリンを塗る。
トーストを食べると、母親の機嫌が分かる。サクサクに焼けた日は機嫌がよく、一部が焦げているときには危険だ。もっとも、一面が黒焦げのときは、言わずもがなである。だから、苦い味のトーストの日はマーガリンを厚めに塗って、ササッと食を済ませることが鉄則である。そんなこんなで毎日トーストを食べてきた私は、今でも朝ごはんといえばトーストを連想し、ホテルの朝食バイキングでは、パン以外目がない。(たまに、白米に冒険をする時があるが、たいてい後悔をする。)
実を言うと大人になった今、私は今更トーストにハマっている。至極当然のごとく食パンを食べてきたから、まさか大きな感動など味わうことはないと思っていたが、それは大きな間違いだった。
きっかけは、コロナ禍である。自宅で仕事をせねばならなくなり、同時に家で朝食をとる流れに変わった。コロナが流行る前は、コンビニで適当に見繕った菓子パンを通勤中かオフィスで食べていたので、家で朝食をとるのはかなり久しぶりである。普段料理をしない私は、家に食材があるわけもなく、仕方無しに近所のスーパーへ向かった。グラノーラだとかパンケーキとかお洒落な朝食にも後ろ髪を引かれたが、これは母親の呪いなのか、例もなく食パンを選んで帰った。
翌朝、さっそく朝食の準備を進めた。食パンをオーブンレンジに放り込み、自動のトーストモードを押す。そして、冷蔵庫を覗いた。相変わらず何も入っていないただの箱で、申し訳程度に僅かな調味料と缶ビールが入っていた。前述通り自炊をしない人間だったが、いつぞやにお菓子を作ろうと一念発起したときのバターが奇跡的に冷蔵庫に残っていて、賞味期限を確認しながら「まあ、何かあっても大丈夫だろう。」という雑さで、バターを薄切りにして食パンが焼けるのを待った。チン、と軽快な音が響くと食パンは見事にこんがりきつね色に変わっていた。そこへ、先ほど切ったバターを乗せ、パンの熱で溶けるのをジッと待った。正方形のバターが徐々に形を変え、キラキラと光るバターの液体がパンに染み込んでいく。私は一度目を閉じ、「今だ!」とその瞬間に口へ頬張る。するとカリッ、じゅわ〜と同時に2つの食感が広がる。
「美味しい!!!」
あまりの美味しさに、自分でもびっくりした。当たり前のように食パンを食べてきたからこそ、このギャップにやられてしまった。人間は、ギャップに惹かれるというが、まさしく私もそうである。そして、無言で一口、また一口と、美味しい瞬間を逃さないよう食べ進めたのだ。
幸せな時間というのはあっという間で、目の前には空の皿だけが残っていた。余韻に浸りながら、今日の食パンはなんで美味しかったのか振り返ってみることにした。食パンは同じ、その日に最も安いメーカー。焼き加減もオーブンレンジに同じくおまかせ。唯一違うのは・・。
あ、そうか。マーガリンではなくバターを塗ったからだ。当時もバター風味のマーガリンを使っていたけど、本物のバターは全くを持って格が違った。当時、マーガリンを塗って食べてて、一度もまずいなんて思ったことはなく、むしろ焦げた食パンを帳消しにする万能薬のように思っていたけれど、バターは、たしかに王座に君臨していた。私はバターの知られざる魅力と明日もトーストを食べることができる高揚感に身を震わせながら、落ち着かせるためにTVをつけると、桝太一アナウンサーもまたお茶の間に笑いを届けていたのだった。
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