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マラソンとトウモロコシ 【カラモジャ日記24-04-27】

 4月の半ば、10日ほどの休みをとって久々の海外旅行に出かけた。

 僕は基本的に短期間の旅行とか旅というのがあまり得意な方ではない。それは僕自身が"観察"に重きを置く性格である上に、新しい環境に心身を馴染ませるのには少々時間がかかるタイプだからだ。

 それでも結果から言うに、今回の旅行はいいリフレッシュになった。もちろん土地に馴染み、ステイが楽しくなってきた頃には帰国する必要があったのは残念だったけど。

 新年度の初めというこの時期に休暇をとったのには、二つの理由があった。まず一つに、東南アジアに駐在している恋人が正月休みに入るから、このタイミングで一度会える可能性ができたこと。
 僕らは普段、海外駐在遠距離カップルをしていて、対面で会えるのは半年に一回なのだ。だから、僕らはこうやってリアルに会える回数を増やそうと常に考えている。

 もう一つ、僕がこのタイミングで休まなければいけなかったのは、蓄積してきた疲労ゆえだ。2023年の2月から1年間にわたって、ノンストップで走り続けてきた。事業の立ち上げから今に至るまで、僕はとにかく各時点での「今」にフォーカスして動き続けた。 

 2024年2月で事業開始から一年が過ぎた。そして事業成果も一年目にしてはまずまずだった。でもそこで少しばかり気が抜けたのか。それから約1ヶ月半、心身ともに電源が切れたかのように全然動かなくなってしまった。

 「駐在はマラソンみたいなものだから、ペースを上げすぎず。休み休みいくんだよ」とよく上司は言った。でも僕は、なかなか緩急をつけることができなかった。

「そうは言っても、ここで走らないといつ走るのか」と自分に言い聞かせ、体に鞭を打った。そしてよく体を壊した。四半期に一度大きな病気にかかった。経理担当のサラリーマンが決算によって忙殺されるのと同じ頻度で、僕は入院した。全力で走っては、どこかが壊れて強制的に一時停止し、またよくなったら走る。そんな燃費の悪い働き方をしていたことになる。

 そしてついに反動(?) がやってきた。今までは平気だった早起きができない。僕の体調のバロメータである早朝作業。体がついてこない。まるでベッドに熱を吸収されたかのように、体はエネルギーを失っていた。

 ずっと体調が良くない。頭もぼーっとする。
 僕はそろそろ正しくマラソンを覚える必要があるんだろうか?

 豪速球でバッターをねじ伏せるタイプだった若きエースだって、歳をとるとともにコントロールと緩急を使った省エネ投球でうまく勝ち星を重ねていく。僕もそちら側の世界に、移行していくときなんだろうか?

 今の仕事を長く続けていくためには移行が必要そうなんだけど、どうしても踏ん切りがつかない。僕はまだ長距離ランナーとしてペースを調整するのには未熟すぎるし、省エネピッチングに移行するには若すぎる。

 どうしよう。このままではどこへも行けない。どこに向かうのもしっくり来ない。個人的稼働システムを再編成するには、僕はあまりにも疲れすぎている。 

「そうだ、旅行に行こう。一度リセットしよう」

 そうして僕はウガンダを離れ、ヨーロッパに飛んだ。

* * *

 約十日ぶりに戻ってきた農場では、休暇前に女性たちと一緒に作付けをしたトウモロコシが見事に発芽していた。雨あがりのぬかるんだ畑では、今日も住民たちがせっせと草抜きに励んでいる。


発芽したトウモロコシ

 僕はぬかるんだ土に足を取られながら、彼女たちのいる方へとゆっくりと向かった。
「ユウキ、どこへ行っていたんだい?」とオバチャンが言った。僕は何も言わずに笑った。そして鍬を握り、彼女の横に並んだ。「僕は戻ってきたんだ」。
 するとオバチャンが嬉しそうに何かを言った。いつも通りスタッフに尋ねて、その言葉に通訳を加えてもらう。

「戻ってきたんだね」とオバチャンが言った。
「鍬を握りたくて仕方なかった」と僕は言った。
「あなたはいつだって農場に顔を出すと決まって、畑作業をしているメンバーのところに一直線にやってくる。それはとても素晴らしいことよ」
 オバチャンは嬉しそうに笑った。
「さぁここから、あそこまで。草抜きを手伝ってちょうだい」
 オバチャンが指差した範囲は思った以上に広い。僕はトラクターではなく、ひ弱な青年というのに。それでも一緒に働かせてもらえるのはありがたい。

 オバチャンがやるのを真似しながら、僕は鍬の先っぽで優しく地面を撫でるようにして、トウモロコシの周りに生えた雑草を刈り取っていった。

 太陽が高いところへ昇ってくると同時に、頬はこんがりと、そして赤っぽく焼けていく。額からは滝のような汗が流れ出る。「戻ってきたんだ」と僕はもう一度思った。

 昨年は気まぐれな天候不良によって6月に入るまでトウモロコシの作付けができなかった。でも今年は灌漑システムが動いている。
 4月現在、すでにトウモロコシが発芽している。去年できなかったことが着実にできるようになっている。それは一つのささやかな達成のはずだった。

 体は嘘をつかない。

久々の農作業に、足腰が悲鳴をあげ、今日の僕は途中離脱となった。木陰にしゃがみ込み、畑で歌う女性たちの姿を遠目に眺める。本当に皆、働き者だ。発芽したトウモロコシ。腰を折って土に触れる女性たち。そして青い空。美しい情景が僕の目に映り込んできた。

 僕たちはゆっくりと着実に進んでいる。そう認めると、少しばかり肩が軽くなったような気がした。僕だって何かに固執することなく、自らのペースで続けていけばいい。

 きっとそうだろう?




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