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集落に広がる野菜栽培【カラモジャ日記24-10-12】
大統領府から新しく派遣された行政代表者のC氏は声を荒げた。
「ここ数年、カラモジャで活動するNGOの数は増えている。なのに住民はどんどん貧しくなっている。このメカニズムはなんだ!」
C氏のオフィスが心なしか窮屈に感じたのは、大柄な彼の体型ゆえだろうか。座り心地の良さそうな重役椅子に腰掛けた彼の体は、左右に大きくはみ出している。
彼は、僕を脇の椅子に座らせて続けた。
「お前たちの団体は、本当にインパクトを出しているのか?」
権威に驕り、暴君のように振る舞う者。立場を利用し、外資援助機関からの恩恵を貪る者。行政官にはそういったタイプの人間が山ほどいる。だからこそ彼の第一声は、どこか新鮮に響いた。
「就任して2週間、県のあちこちを回ってきた。今日もこれからフィールドだ。援助機関とも話している。いくつかの団体の支援計画は却下してやったよ」
「支援計画の却下?」と僕は尋ねた。
「そうだ。援助が増えながら、貧しい住民も増えている。インパクトだよ、インパクト。援助団体がインパクトを出せていないんだ」
その批判の対象には、僕も含まれているようだった。
「俺が却下したのは、食料支援、それからキャッシュフォーフード(*)だ。代わりに種子を配れって命令したんだ。食べ物の配給はいらない。食料は住民が作るべきだ。お前たちのプロジェクトはどうなんだ?」
(*) キャッシュフォーフード: ここでは公共の便益に資する単純労働に従事した住民がその対価として食料を受け取るという支援プログラムの意
* * *
農場から町に向かう主要道路沿い、トタン板の切れ端に"Kadapalese"と白チョークで書かれた小さな標識が立っている。その脇に入ると、両脇を背の高い雑草に囲まれた一本の狭い未舗装路が続いている。
この道は、私たちの支援対象住民が暮らすカダパレセ村へと続く。辺鄙な場所に位置する上に、車が通るには道幅が狭すぎる。それでも、いくつかの世帯訪問が緊急で必要だったから、僕も今回は村に立ち寄ることにした。
雑草にボディを擦り付けながら、僕たちの車は一本道を進む。しばらく車を走らせるといくつかのマニャタが視界に入ってくる。
「村に着いた」
車を降り、雑草をかき分けると、いきなり野菜の苗床が姿を表した。
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トマト、タマネギ、スクマウィキなど、僕たちの共同農場を模倣したかのような苗床だ。不思議に思って立ち止まっていたところに、村長と数人の支援対象者の女性たちがやってきた。
「ユウキ、村に来たのはずいぶん久しぶりじゃないか」
「ずいぶんじゃない、実は初めてだよ」
彼はプロジェクト形成時から力を借してくれた村の代表者であり、彼の娘も僕たちの支援対象者だった。
「この野菜栽培は誰のものなのかな?」と僕は間髪入れずに尋ねた。
「娘がお前たちの共同農場で学んだことを、村で実践しているんだ」と村長は言った。
「グループメンバーが自発的に?」と僕は訊いた。
「それだけじゃない」と村長は言った。「プロジェクトの支援対象者だけじゃなくて、他の村人もメンバーに入っている。全員で50人くらいの集まりで、村での野菜栽培に挑戦しているんだ」
共同農場で実践している牛糞堆肥を使うなど、研修で習った通りの技術を村での活動に応用していた。
僕は興味を持ってさらに聞いた。
「種子はどうしたんだ?」
「あるNGOの支援だ」と村長は言った。
村に野菜の種子を配布するプログラムがあるとどこかで聞いた。
「その団体は、種子以外にどんな支援をしたのかな?」
「種子だけだよ」と村長は言った。
「種子以外にはどうなんだい?野菜栽培の研修とか?」と僕は続けた。
すると村長だけでなく周りにいた女性たちも一斉に首を振った。そして村長は僕たちの農場の方角を指さして言った。
「イヤイヤ、技術は全部、共同農場からだ」
種子配布プログラム。
村長は友人に電話をかけ、その団体の名前を聞いていた。住民との交流もなしに、モノだけ渡す団体がナイル川の魚の数くらいいる世界。「技術は共同農場からだ」という言葉は本当に嬉しかった。
僕らの規模は、とても小さい。外国の団体なのに、そんな端金にしか持っていないのか、と罵られることもある。それでも小さなインパクトを少しずつ積み重ねようと妥協なくやってきた。
村からの帰り際、牛糞が脇に山積みにされているのを見て、僕は共同農場で顔をあわせる一人の女性に尋ねた。
「この牛糞を撒いたのかい?」
「まさか」と彼女は笑った。「これはまだ発酵してないからダメだよ」
その顔は、そんなことも知らないのか、と言いたげだった。僕はそのことが嬉しかった。
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* * *
「地域の未来に必要なのは種子だ」というC氏の指摘は真っ当だった。
しかし、種子だけでは決して十分ではない。種子だけを受け取っても、果実が実る保証はない。そこには適切な技術、自助努力などたくさんの要素が関わってくる。
最悪の場合、種は植えられることもないかもしれない。住民たちは与えられた種子を洗って食べてしまったり、売り払ってしまったりすることもあると聞く。
目指す世界は何か。その実現に向けて僕たちの役割は何か。
援助を提供する僕らは、いつも自らの胸に手を当てて考える必要がある。数ある課題のなかでも、彼らの命と暮らしが守られるように。
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