「俺が殺したんだ」と司令官は笑った【カラモジャ日記24-09-28】
「俺が殺したんだ」と司令官は笑った。「詳しく聞きたければ、明日俺のところに来るといい。ストーリーの全貌を教えてやる」
狂気じみた目。冷たい笑み。人を殺した者が名誉を与えられる世界。次々と襲いかかる不条理を前に、心はきつく締めつけられる。
僕は萎縮した心を隠すように、強い口調で言った。「明日の朝、話を聞きに来る」
* * *
この2週間ほど、僕たちの共同農場がある地区には殺伐とした空気が流れていた。
それは前回の日記 (↓) でも記録した通り、この地区を代表する政治家が窃盗団によって銃殺されたからだ。(僕はその政治家のことを"若大将"と呼んでいた)
若大将の死を受けて、地区の治安管理局やUPDF(ウガンダ政府軍) などが窃盗団の討伐を宣言し、中心街には一時的な小売商店の閉鎖や水道・井戸の利用制限などが設けられた。
ここは僕たちの活動拠点である共同農場があり、支援対象者の住民たちが暮らしている場所だ。僕らは事件以降、農場での活動を時短にしつつ、徹底的な情報収集などを通して安全管理に努めてきた。
事件発生から2週目、僕はいつものように農場に向かっていた。農場から一番近い場所にある軍のチェックポイントに差し掛かった時、数人の兵士が僕たちの車を止めた。
その中には、久しく目にすることのなかったこの駐屯地の司令官の姿もあった。
司令官は、僕の座っていた左後部座席の窓際に立って言った。
「久しぶりじゃないか、ムヒンディ(インド人の意) !」
「久しぶり。僕は日本人だけど」
「どこに消えていたんだ?」
「色々だよ。ところであの政治家の死後、治安はどうだろう? 窃盗団に殺されたって聞いたけど、犯人は捕まりそうなのかな」と僕は尋ねた。
司令官は僕の質問に答えずに笑い始めた。
「話せば長くなるが、聞きたいか?」
「教えてほしい。プロジェクトの安全管理上重要なんだ」
すると司令官は笑った。
「俺が殺したんだ。詳しく聞きたければ、明日俺のところに来るといい。ストーリーの全貌を教えてやる」
僕は「明日話を聞きに来る」と言って、ドライバーに車を出す合図をした。司令官は鼻歌を歌いながら、駐屯地へと戻って行った。
若大将が窃盗団に銃殺されたのには理由があった。
聞くところ、きっかけは事件の数日前、地元で悪名高い窃盗団の幹部的存在の男がUPDFによって射殺されたことだった。そしてこの男の情報をUPDFに渡したのが、若大将だったという。だからこそ、仲間の死への報復として、若大将は殺されたのだ。
そこまでの情報しか持たない僕には、司令官の言う「俺が殺したんだ」の意味がわからなかった。
もちろんプロジェクトを進める上で、安全管理として情報を集めておくことは重要だ。しかしそれ以上に、司令官の言葉が引っかかっていた。
そこで僕は翌日、ストーリーの全貌を聞くためにUPDFの駐屯地を訪れることにした。
* * *
「戻ってきたか、ブラザー」と司令官は右手を差し出した。
「安全管理も大事な仕事だ」と言って僕は握手に応えた。
司令官は僕を大きな木の下に導き、横になった丸太の上に座らせた。それと同時に彼はエスコートの兵士に席を外すよう伝え、僕の目の前にあった木の枝に腰かけた。そして口にくわえていた楊枝を吐き出して、長い話を始めた。
「ことの始まりは、あの悪名高い窃盗団の男が盗んだとされる牛だ。俺たちUPDFが、盗難疑惑のあったその牛を駐屯地に持ち帰って取り置いていた。
そしたら何日かして、あの政治家 (=若大将)がやってきたんだ。あいつは、地区を代表して、とか何とか言って牛をオーナーの元へと返却するように言ったんだ。
俺たちは別に牛になんぞ興味はない。だから政治家に従って牛を解放してやった。しかし、牛を盗んだあの悪名高い男は銃を持っている。銃の回収こそが俺たちのターゲットだ。
だから俺たちは男の居場所を突き止めて、その身柄を押さえたんだ。それが確か2週間前の木曜日だ。
俺たちは事情聴取のために、ひとまず男を駐屯地まで運ぶことにした。俺はその時、男に向かって言った。『ちゃんと考えるんだぞ。自分の身を守るために、賢くなるんだ』
それから俺は男をバイクに乗せた。俺がハンドルを握り、その後ろに男、一番後ろにエスコートの兵士を乗せた。3人乗りで夜の村を走った。男は口も聞かず、大人しくしていたよ。
だが、集落の奥地から街の中心あたりまでやって来た時、突然、男は後ろに座る兵士の銃を奪い取ろうと暴れ出したんだ。そのままバイクは転倒し、俺も足に傷を負った。
それでも神は裏切らなかった。俺たちはなんとか銃を取り返すことができた。すると男は草むらの方に向かって走り出した。
エスコートが俺に聞いた。『どうしますか?』
俺は迷わず言った。『ここで撃ち殺せ』ってな。
そして男は道路で横たわったまま動かなくなった。
その2日後、窃盗団は、UPDFと政治家の1人ずつを報復として殺す必要があると通達してきた。俺たちが始末した男は窃盗団の幹部的な存在だったんだよ。
次の日のこと。陽が沈んだ後、窃盗団は八丁の銃を背負って街に現れ、中心街に入る4つの道路をすべて塞いだ。それからバーでサッカーを観戦していたその政治家を電話で呼び出し、撃ち殺した。『お前が、UPDFに情報を売ったんだろう?」と言ってな。
その中には、殺された政治家の顧問を務める男もいたそうだ。村の中には、窃盗団と強い接点を持つ人物が何人もいるんだよ。
だがあの政治家は、俺たちに何のレポートもよこしちゃいない。男を探し出したのも、殺したのも、俺たちの手柄だ。うわさを根拠に身内に撃ち殺されるなんて気の毒な政治家だ」
司令官はクスクスと笑った。そして続けた。
「村の中には窃盗団の連中がいくらでもいる。俺たちは別にそいつらを始末したいとは思っちゃいない。あいつらが違法に持ち歩いている銃を回収できればそれでいいんだ。
しかし政治家だって厄介な奴らだ。現実を教えてやろう。連中と裏でしっかり繋がっているんだよ。実際に窃盗団の支援なしにあいつらが村で地位を築くことなんてできない。大量にいるからな、連中は。
殺された政治家だって、どうせ普段は窃盗団と仲良くやってるんだよ。
もし俺たちが連中を捕まえて『銃を出せ』と迫ったとしても、すぐに政治家が出しゃばってきて『こいつは銃を持っていない。とっくの昔に仲間に渡したきりだ』とか適当なことを吐かして、連中の身柄を守ろうとするんだ。
腐敗の臭いしかしない世界だろう。政治家なんてクズばっかりだ。
だいたい今回殺された政治家だって、加害集団に身内がいるくらいだからな。自業自得なんだよ、結局は。
とにかく、これがストーリーの全貌だ。面白い話だったろう?」
司令官は終始、気持ち良さそうに話した。その顔は、悪名高い窃盗団の男を処分した充足感で満たされているようだった。
僕は無性に腹が立った。噂を鵜呑みにして若大将を撃った荒野に潜む男たちに。嬉しそうに殺人談を語る目の前の国家権力に。そして人間が殺人によって名誉を与えられるという腐りきったこの世界に。
「そろそろ会議の時間だ」と司令官は立ち上がって言った。「今日もこの件で治安当局との会議がある」
なかなか立ちあがろうとしない僕を見下げて、司令官は続けた。
「なぜ俺が軍服を着ないか知っているか?」
「わからない」と僕は言った。
「諜報員だからだよ」と司令官は言った。俺の腕は本物なんだ、と言いたげなその顔は漆黒の自信に満ちていた。
「また暇があったら来い。もっと面白い話をしてやるよ」
ヨレヨレの白いYシャツに、土で汚れた黒の長ズボン、そしてビーチサンダルという兵士らしからぬ姿で、司令官は駐屯地の奥へと消え去った。