ヘチマを懸けた格闘【カラモジャ日記 24-05-17】
怒りのままに書き殴っていたら、この文章ができた。
それは内容への理解を妨げるような欠陥を多く伴う文章であり、そういう欠陥を含まずにはいられなかった。現実を観念的な記号(フィクション) に置き換えているせいで、意味のわからない箇所もある。
ではなぜそんなことをしたのか。それは怒りの「対象」が特定されうる具体的情報が浮かび上がらないように気を配ったからだ。
というのも、僕は立場上あらゆるリスクを考慮してしまうし、そもそも「対象」を非難したり、貶めたいというモチベーションは全くない。ただ負の感情を消化したい、それだけなのだ。
これから始まる短い文章は、ある取引先 (ウガンダの業者) と格闘した記録だ。
* * *
3月に入って僕たちは、取引先(ウガンダの業者) にある仕事を委託した。そして委託を受けた取引先は、納期の4月末までに成果物 (以下“ヘチマ”と呼ぶ) を提出しなければならない。そして期限内にヘチマを入手することは僕たちの組織にとっても重要だった。
ところがその業務を担った人物Aはその特権を振りかざし、少しでも自分の利益を増やそうとする典型的なエリートだった。大体、契約時から思っていたけど、よく喋る、調子の良い奴ほど信頼できない。
1週間でヘチマを収穫する (実際のヘチマは1週間では収穫できないけれど) という約束で、僕は手付金を支払った。
しかし、(まあ予想はしていたけど) Aは一向に連絡をよこさない。2週間が経過しても音沙汰がないので、彼の事務所に行ってみると、まったく仕事を始めていない (なんで?)
理由を尋ねると「インターネット代が払えずにメールが開けない。だからヘチマを育てるための取扱説明書をダウンロードできずに仕事を始められない」とのこと。
罵っても、誰も幸せにならない。むしろこいつは反発されるとヘソを曲げてしまうタイプの人間だ。
仕方なく、僕は少しばかりのネット代を支援し、彼と一緒にヘチマの取扱説明書を読んだ。そして丸1週間という僕の貴重な業務時間を奪いながら、彼はなんとかヘチマの基礎部分のようなものを作り上げた。
これで一件落着と思いきや、今度は「現場視察に行かないといいヘチマにはならない」と言い出す始末。今回の業務委託契約では、ヘチマ作りのための視察は含まれていない。そう、彼の狙いは「日当」という名のお小遣いなのだ。
ウガンダでは会議などに人を呼んだら、開催者が参加者に「日当」を支払う習慣がある。英語では”Facilitation”とか“Allowance”と呼ばれるもので、いかにしてNGOから日当を貪るかが、政治家や役人にとっては重要命題となっている。
Aは政治家でも役人でもないけれど、現時点では優位に発言できる位置にいる。僕たちは手付金を支払っているし、ここでAが仕事を投げ出すと困るのは僕だ。
つまり現時点では、僕の方が譲歩しなければならない弱い立場なのだ。
仕方がないので僕は日当を払い、Aを2日間、現場視察に連れ出した。
「現場を一つ一つ確認しなければならない!」と偉そうに意気込んでたくせに、雨で地面がぬかるんでいたのが気に入らなかったらしく、僕たちのメインフィールドとも言える農場には足を踏み入れなかった。(なんやねん、こいつ)
さて、約束の4月末になっても肝心のヘチマが上がってこない。このままでは僕の組織にとっても分が悪い。
僕は出張の時間を削って丸3日、Aの事務所に張り込んだ。「ヘチマを出すまで、帰らないぞ」と訴えながら。そんな死闘もあってか、ようやくヘチマができあがった。あとは彼がヘチマに署名を入れるだけだ。
この期間、なぜかいつも僕の方がAよりも早く彼の事務所に出勤し、彼を待っていた。
「おはよう、A」
「おはよう、ユウキ」
僕たちは毎朝自然な挨拶を交わしていた。(謎)
しかし、そこでまたもや問題発生。彼は事務所に来なくなってしまったのだ。
僕はすかさず彼に電話をかけて言った。「あとは署名だけだろう? とりあえず事務所に来い」
「バイクの燃料がないから通勤できない。燃料代を送ってくれ」とAは言った。 彼はここにきてまた追加のお小遣いを欲しがり、駄々をこね始めた。
絵に描いた金の亡者、自己利益の鬼、欲望の象徴。ため息しか出てこない。
「お前、給料もらってるやろ!」と僕はイライラしながら言った。
「お前だって、いっぱいもらってるやん (笑) 」と電話の向こうで彼が笑った。
僕とAの両者譲らない鬼ごっこは続き、また新しい月曜日 (5/13) が訪れた。ヘチマ作りが始まって、すでに1ヶ月半が経過している。
「お前がヘチマにサインするまで、事務所から出ない。ここでマットレスをひいて寝る」
「カンパラの本社にクレームを入れる」
あの手この手で、僕は彼に圧力をかけた。するとそれに耐えかねたAは、ついに口を割った。「本部オフィスの確認が終わっていない。だから俺はそもそも署名できない。
不誠実、失望、そして訪れた最悪の展開。それだったら、最初からそう言ってくれ。
火曜日。僕は急遽カンパラにある取引先本部まで6時間かけて移動し、マネジャーに直談判を試みた。
「期待していたヘチマが一向に完成しない。今週がほんまの締切や。俺も、お前も、みんな後がないんやで。わかるやろ?」と僕は目を血走らせて言った。
「ベストを尽くすよ」とマネジャーは目を泳がせながら言った。
翌朝(水曜日) から僕は彼らの本部事務所に貼り付く。そういえば一年前、よくカンパラで、相手にしてくれない中央政府のオフィスに貼り付いてたことが懐かしく思い出される。(原点回帰)
僕は1日中マネジャーの前に座り、黙って彼を見つめる。何も言わない。沈黙に勝る恐怖なし。(そうだろう?)
もちろんランチにも行かせない。トイレにもついていく。一度解放したらそのままバックれるかもしれない。僕はとにかく必死だった。
その夕方、“本当の”ヘチマができあがった。あとは責任者 (マネジャーのさらに上司) が署名するのみ。痺れる攻防が続く。
木曜日。今日も朝から彼らの事務所に張り付く。張り付きは、僕がウガンダで身につけた特技の一つだ。必要な資質は、たぶん忍耐力と図々しさだけだけれど。
カリカリしながら座っている僕を見て、マネジャーは言った。
「今日ヘチマが仕上がらなければ、お前は人を殺すかもしれない。それくらいの覇気だ」
沈黙という名の死闘の結果、昼過ぎになってようやく、責任者が署名したヘチマを受け取ることができた。やれやれ。そこで疲れが一気に襲ってきた。(それにしても、この1ヶ月、Aは何をしていたんだ?)
ウガンダの現場で仕事をしていると、日本では難なく進むと思っている一つひとつに過度な労力がかかってしまう。想定の斜め上をいくというか、おかしなことが次々に起こる。
終わってみればそういった困難こそが、この仕事の面白みでもあるし、駐在員の宿命かなとは思うんだけど。
∴ 臭いけど癖になる。「くさや」みたいなもの。
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追記:
僕は書くことによって日々の怒りやストレスを逃がしている。今回も一通り書き殴って、とてもスッキリした。