【再掲】青い毛布(9/12)
それから最終電車の時間が近づいて、二人は燃え尽きた花火をかき集めて、ビニール袋の中に入れると、無言のまま歩いて駅まで向かった。
信吾が先を歩いて、結衣子はその少し後ろをついてゆく。
「でも、一番まずいのはさ…」
駅の前まで来たところで信吾がふいに口を開いた。
「オレも結衣子のことが、好きだって事なんだ」
それを聞くと結衣子は辛そうに俯いて、地面を見つめながら呟く。
「…うん。知ってたよ」
「…いつから知ってた?」
「…多分、最初から」
「…結衣子は結構ずるい所あるよね」
「…うん。本当だよね」
自分でも、どうしてこんな話しをしているのか信吾は整理がつかず、続いて何かを言おうとする結衣子の口を、そっと手でふさいだ。
「…ほら、電車に間に合わなくなるよ」
そう言われると、結衣子は少し混乱した様子のまま改札口を通り抜けた。
それから立ち止まって振り返ると、何かを伝えたそうで、それでいて何をどう言葉にしていいか分からない様子で、しばらく信吾を見つめていた。
肩にかかりそうなくらいの、結衣子の伸ばしかけの柔らかな黒髪は、夜風になびいて、そのまま空気に溶けてしまいそうだった。
すれ違う人達が何人も結衣子の方を振り返って、信吾はそれを見ているうちに、今日までの結衣子と過ごした日常が、ふいに夢のように自分から遠のいていくような気がした。
「結衣子、元気でね」
信吾が抑揚のない声で言うと、結衣子はホームに向かう人の群れを避けながら、信吾に向かって、一言何かを発した。その声は喧騒に紛れて、よく聞こえないままに消えてゆき、そして最後までちゃんと見送りもせずに、信吾は立ち尽くす結衣子に背を向けて、逃げるように駅を後にした。
信吾の背中越しに今、最終電車の到着を告げるアナウンスが、繰り返し聞こえてくる。
「となり座ってもいい?」
高校一年生の頃、休日に電車の中で、結衣子に急に話しかけられた信吾は、しどろもどろになって、あぁ、とか、うん、としか返事を返す事ができなかった。
それから結衣子は、笑顔を浮かべながら嬉しそうに話し始める。
「初めて話すよね?でも宮島君ってさ、私が子どもの頃すごく仲良かった友達に似ててさ、なんか初めて話す感じがしないよ」
信吾は緊張しつつも、真っ白になりかける頭の中で、返す言葉を必死に探す。
「…そうなんだね、その友達は、今は何してるの?」
「親戚の家にいるよ」
「え、従兄弟とか?」
「違うよ。従兄弟が飼ってるゴールデンレトリバー」
「…それは、楽しい話をどうも…」
からかわれている事がだんだん分かってきて、信吾は少しだけムッとする。結衣子は信吾のすねた表情がかわいくて、思わず笑いが止まらなくなる。
結局、結衣子は電車を降りるまでの間、ずっと信吾の隣で笑っていて、最後に、宮島君の笑った顔が、特に犬っぽいんだよね、と言った。
「おかしいな、ずっと笑ってたのは、結衣子の方だったのに」
初めて話した時の事をふいに思い出して、信吾はくすりと笑う。
……あれからオレ達は、いつどこで、どんな選択をどう間違えて、どうしてこんな風にならなければいけなかったんだろう。
歩きながら、気づけば信吾は夜の路上に涙を落としている。
線香花火をさらい落とすばかりだと思っていた夜風は、優しく吹いて、まるで信吾を柔らかな毛布で包んでいるかのようだった。