コロナの時代の育児――育休復帰篇・後編/谷崎由依
谷崎由依さんの日記前編はこちら
5月6日(木)
講義科目で今年初の相互批評を行う。大人数の授業だが、例年定期的に創作の課題を出していて、受講者どうしでグループを作り、互いの作品を読み合って感想を言い合う時間を設けている。
対面であればふつうにできることだが、オンラインではどうなるのか。学生にとってはこの授業の肝となる回でもあり、懸案事項だった。ブレイク・アウトルーム機能については連休中にかなり予習しておいた。おおかたうまくいったけれど、時間については読み違えていた。オンラインでは対面より時間がかかる。一グループの人数を、もっと減らすべきだった。
5月7日(金)
大学の新学期がはじまって以来、ろくに自分の書き物ができていない。兼業作家の場合、大型連休を仕事にあてたりするもので、わたしもこれまではそうしていたが、今年は育児とオンライン授業のフォローで手いっぱいだった。
専業作家のひとでさえ、育児との両立には苦慮するのだ。兼業のわたしにはどだい無理なのだろうか。もう小説が書けなくなるということだけは避けたいのが。
5月8日(土)
子はお出掛けごっこ(?)がブーム。わたしの首にショルダーバッグの紐を掛け、自分にも上着を羽織らせると、両手をあげ、抱っこしろ、のポーズ。抱っこは立って抱っこじゃないと駄目。あるいはわたしに上着を羽織らせ、抱っこ。とにかく仕上げは抱っこ。腕が死ぬ。
ますます母にべったりになり、食事どきに父が隣に座ると、その太もものあたりを、えい、えい、と打ち、追い払おうとするのだった。代わりにわたしに座らせる。何もできない。
5月10日(月)
朝から靴下を二度も履き替えさせてもらい、ご機嫌な子。
5月12日(水)
朝、保育園に行くときに、夫が靴を履かせようとしたら、怒って奪い取り、わたしに向かって、履かせろ、の身振り。
夕方、文庫のゲラを発送。何もかもぎりぎりである。雨なのでそのままタクシーを拾い、お迎えに。
5月14日(金)
午後、保育園から電話があり、熱が37.6度あるので迎えに来て欲しいと言う。発熱での呼び出しははじめて。急いで支度をして保育園へ、そのまま病院で診てもらうことに。胸の音が少し気になる、おかしな咳が出るようならまた連れてくるようにとのこと。コロナではなく、RSウイルスあたりだろうとの見立て。いずれにせよ保育園で流行っている風邪だろう。
5月16日(日)
公園に連れていくと、滑り台の階段をひとりで登り、ひとりで滑ろうとする。こちらも後ろで補助はするものの、歩きはじめて2ヵ月足らずでここまでできるのかと驚く。
と思ったら、夕食後、大人の椅子から落ちてしまった。頭は打たなかったけれど、心配。
5月17日(月)
子どもの風邪がうつったようで、週末から咳が出ていたが、いよいよ声が嗄れてしまった。出ない声を振り絞って授業をする。PCR検査とか受けてないし、対面授業だったら無理だった。
夕方、保育園から連れ帰った子が、家に入りたくなくて泣くので、仕方なくベビーカーに乗せて近所をぐるぐるする。空を指さして、あー、あーと言ってる。このところ電動自転車を使っていたが、そうすると逆にベビーカーがよくなったらしい。
風邪薬に眠くなる成分があったようで、夕食後に飲ませると、入浴前に眠くなりぐすり出してしまう。
5月18日(火)
なんだかとても疲れているので、いろんなことを放り出してベランダに。先週ポットで買った薔薇、植え替えせずに置いておいたせいか、蕾が幾つか駄目になり、下葉が黄色くなっている。おおきい鉢に植え替える。ダリアは意外と保っていて、花柄を摘んでおいたらちいさいけれどもまた咲いてきている。オリーブは満開に。去年は花がつかなかったので嬉しい。実もできるだろうか。
忙しくても植物に触れると、多少回復する。買ってきた芍薬の咲く気配がなかったため、それも水揚げをし直した。
子の咳は治りかけているが、少し気になるので、夕方再度受診させる。一日三回で処方されていた薬を朝晩のみに(保育園では投薬をしてくれないため)、また眠気を引き起こす抗ヒスタミン剤は抜いてもらう。
5月19日(水)
授業のない日は原稿を書かねばならないのだが、いっこうに進まない。授業準備と家事がどこまでも追いかけてくる。たまさか時間に余裕があっても、学生たちのことが頭から離れない。前期のはじめはそうなりがちだが、今年はとくにひどい。育休期間を経て距離の取り方を忘れてしまったこと、オンラインで場所の移動がなく、気持ちが切り替えられないことなどが理由かと。そして学生たちも、例年よりメンタルの不調を訴えているひとが多いと感じる。昨年から家に籠りきりなのだ。
そんな彼らの波長が、こちらへも流れ込んでくる。オンラインなのに、いや、オンラインだからこそなのか、感情を持っていかれる。小説を書く授業なんてしているからなおさらなんだろう。夕方以降は子にかかり切りになるため、飲み会をしてゆっくり話を聞けないものも困ったところ。
5月20日(木)
熱もないし、すぐによくなると高をくくっていた風邪が治らない。睡眠時間を削るなど無理をしていたので、こじらせてしまった模様。授業は休講にし、午前中はひたすら寝ていた。個人病院は軒並み木曜が休み、おおきいところは院内感染への漠然とした不安がある。オンライン診療アプリを試そうとするが、処方箋は郵送で明日にならないと届かないとかで、ひとまず薬局で漢方薬を買う。夜などまだ授乳があるため、飲める薬が限られている。
5月21日(金)
午前中、病院へ。マイコプラズマも少し入ってそうとのこと。流行っているらしい。抗生物質と、ほかいろいろ処方される。授乳中でも飲めるものは結構あるようだ。薬の数が仰々しくて、思っていたより重症だったのかも。
脱いだオムツを自分で捨てにいけるようになった子。いつものようにポイしようとするも、オムツゴミ箱の隣に掃除機が立っているのを見て、それ以上近寄れなくなってしまった。掃除機とドライヤー、あとコーヒーミルも怖いらしい。
とはいえ掃除機には興味もあって、ときどき安全なところから、腰を屈めて首をひょいっと曲げ、覗き見ているのがかわいい。
5月22日(土)
子がどこへでも登りたがるので、リビングに滑り台つきジャングルジムを導入した。朝は怖がっていたけれど、だんだん遊ぶようになり、結局終日遊んでいた。場所を取るのでかなり迷ったが、買ってよかったと思う。
クラリスロマイシンの副作用か、ものすごく眠くて耐えられない。夫に子を任せて2時間半ほど昼寝する。
途中、子がやってきて、わたしの髪を引っ掴んで起こそうとする。本気で痛い。あるいは服の端を掴んで引っ張り、滑り台のところへ連行。なすがままである。
お風呂に入るのが嫌いで、服を脱がせてくれない子。思いついて人形の服を、「ロッテちゃん、お洋服脱ぐって。ほら、ばんざーい」と目の前で脱がせると、子も両腕を上げて脱がさせてくれた! ロッテちゃんはジルケ社の人形で、目と口が点だけなのだけど、とてもかわいいとわたしが思ったので、2ヵ月ほど前に買った。しばらく見向きもされなかったが、このごろは抱いて歩いたりしている。
夜、子が寝ついてから、ベランダに鳩よけを設置する。一羽居ついているのがいて、なんとかしなければと思っていた。鳩は病気を持っている。糞が落ちている状態では、子どもを遊ばせることもできない。
5月23日(日)
ベランダでアネモネがひらいている。ワイルド・スワンという品種で、花弁は青みを帯びた白。去年は蕾がつかなかった。宿根草は2年目からがよいのだろうか。
3月から置いているヴィオラは匍匐している。匍匐するものだとは知らなかった。
5月24日(月)
子がエアコンを怖がるようになる。送風口がばーっと開いてくるのが怖いみたい。
5月25日(火)
唐突にラヴクラフトにはまる(しかし理由はわかっていて、学生がゼミでクトゥルフTRPGについての発表をしたから)。何を見てもクトゥルフに見える症状(例:自動車の正面、茂りすぎているラベンダーの株)。
学生たちのことばかり考えてしまい、このところつらかったのだが、おかげでひととき忘れることができた。しかし原稿は……。
5月26日(水)
ごくたまに気紛れにしか単語を口にしない子だけれど、何か日本語の会話っぽく聞こえる(イントネーションだけ。意味はわからない)音を、ときどき発するようになっている。
5月28日(金)
緊急事態宣言の延長に伴い、オンライン授業を継続する旨、大学から通知が来る。
整骨院の帰りに買い出し。花屋にも寄る。前回の芍薬は結局ひらかなかった。代わりの花を求めにべつの店へ行く。芍薬はもういいやと思っていたけれど、あれこれと話を聞くうちに、もう一度買ってみようという気に。どうも前回は、ひらく気配のないものを買ってしまったようだ。赤と白、ほころびかけているのをひとつずつと、玄関用にホタルブクロという花を買う。
5月29日(土)
芍薬がひらきはじめる。ちいさく堅い蕾が、何倍ものかさのある花になっていくのは、圧巻。
子が積み木をだいぶ積めるようになっていた。
五輪関連のニュースが、ことごとく常軌を逸している。旭日旗? クトゥルフ(邪神)でも呼び出す気なのだろうか。オリンピックってそういう祭だったの?
この機に書いておくけれど、改正安保法案のあたりから、前総理の風貌がまともではないと思っていた。村上春樹の描いた”羊憑き”って、こういうのなのでは、とずっと感じていた。羊の正体があきらかになりつつあるのか。
巨木を伐ったり子どもを危険にさらしたりするのも、ほんとうにやめてほしい。
5月30日(日)
朝、子の足首あたりに赤くおおきくな発疹が。虫刺されのように見えるけど、部屋のなかに蚊はいないし……と調べたところ、一日、二日の遅延を伴って腫れてくることはあるらしい。蚊にしては痕がおおきくないか、掻いている形跡もないが、と思うが、どうやら蚊の毒に対する抗体がなかったことが原因の模様。生まれてはじめての虫刺されである。昨日、半ズボン、靴下なしでベランダに出ていたせいか。
5月31日(月)
虫刺されの痕を医者に診せにいく。わたしは授業のある日で、また昨夜は子の夜泣きがひどく、授業準備もあって寝不足だったため、夫が半休を取って連れていってくれると言う。朝いちで診てもらえば保育園にも間に合う(子の通っている園は、10時をすぎると受け入れてくれない)。
虫刺されなので一般診療枠で、早い時間を予約していたが、電話してみると鼻水が出ているので発熱外来にまわされるとのこと。5月に入って以来ずっと出ているし、熱はないので問題ないのではないかと伝えるも、聞き入れてもらえない。発熱外来は混みあっており、10時半まで診てもらえなさそう。つまり保育園は休まなければならない。夫も午後は出社しなければならないとのことで、午後の授業は休講に。一連のやりとりで、どっと疲れる。
子育てをしていると、子どもの機嫌や体調のために頻繁に予定が狂う。それは仕方ないことで織り込み済みなのだが、それ以外の、たとえば大人との行き違いなんかで段取りが崩れるのはつらい。また子どもというのは年の半分は鼻を垂らしている存在なので、それをぜんぶ発熱外来にまわしていたら、ほんとうにコロナの疑いがある患者を隔離できないのではないか、とも思う。
夫に世話されながら泣き叫ぶ子(わたしの部屋に入りたがっているのだろう)の様子を扉越しに感じ取りつつ、オンライン授業。いつも繋いでいるLANケーブルを、子が悪戯すると思って繋がなかったら、やはり接続がよくなく、繋ぐ。12時15分に授業が終わり、出勤する夫と急いで交替。
午後は子を昼寝させたり、一緒に公園に行ったりしてすごす。公園では小学生が、マシンガンみたいな水鉄砲で互いを狙い撃ち、走りまわっている。赤ちゃん、赤ちゃん、と言って近づいてくる子もいて、我が子はやや引き気味である。ほっぺたや腕にも触ってくるので、「人見知りだから」とやんわりと離す。嫌がっていると思わせてしまうのは、よくない。子どもたちにソーシャル・ディスタンスを説くのは、難しいし、酷だとも感じる。
↓一年前の日記(抜粋)はこちら↓
谷崎由依(たにざき・ゆい)
1978年生まれ。小説家、翻訳家、近畿大学文芸学部准教授。2007年「舞い落ちる村」で文學界新人賞、19年『鏡のなかのアジア』(集英社)で芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。ほかの著書に『囚われの島』(河出書房新社)、『藁の王』(新潮社)、『遠の眠りの』(集英社)。訳書にジェニファー・イーガン『ならずものがやってくる』、コルソン・ホワイトヘッド『地下鉄道』(ともに早川書房)など。20年1月に出産し、夫と子と三人で京都に暮らす。この4月より大学にも復帰。