逃げの起業、攻めの起業

起業しようと思っているから相談させてほしい、という話をありがたいことに月に1回くらいいだたく。

創業メンバーとしてビジネスを0→1にすることに丸6年費やした僕が今まさに起業しようとしている勇気を持っているナイスガイに伝えるべき話なんてほとんどないのだけど、1つだけいつも伝え、考えてもらう話がある。それは、これから展開するビジネスは“自分を満足させるためのゲームなのか、勝つためのゲームなのか”

ビジネスを0から立ち上げ、1,10を作っている人と話をすると、お金は持っているし、ビジネス戦闘力は高いし、視座も高い(というケースが多い)。
なので、いざ起業をする段になると起業という手段を取ると自ずと自分もそういった人になれるだろうと希望的観測で気持ちが浮ついている人が一定数いる。
そういった人は、マーケットやビジネスの勝ち筋のしみじみとした話ではなく、いかに事業を早く立ち上げ、金を持つか、好きなことをやるかに話が行きがちである。

6年間、ビジネスの0→1をやった中で総論としてはこれまでの人生の中でも最高の時間のひとつだったと言える一方で、各論はとてもしんどかった事実はある。
裁判も数件経験したし、パートナーとの仲違い(未だに話すら出来ない)、コロナ禍は売上が1/100になり、ビジネスモデルも組織も崩壊した。別に起業に対してネガキャンをしたいわけではなく、ここから言えるのは、当たり前のことだけどマーケットの女神は、一個人の思惑や状況なんてものに全く興味はなく、適切なタイミングで(競合他社がうごめく中)最も効果的な施策群を圧倒的な火力で実施する企業にしか振り向かないってこと。

起業をし、成功をしたらサラリーマンでは得られない時間とお金の自由を手に入れられる。その一方で、その道のりは想定しているよりも長く、平坦じゃないかもしれない。
だからこそ、起業の一丁目一番地は、そのビジネスアイディア、勝ち筋、創業メンバー、顧客体験といったビジネスそのものに向かっているのか、そのビジネスを立ち上げ、マーケットに突き刺していくことに向かっているのかということを今一度問いかけたほうがいいかもしれない。

ビジネスに向かっておらず、自分の欲望を満たす手段としての起業は、一種の破滅欲だといえる。

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