第14話 『狂宴のカウントダウン』
① 風船おじさん
衝撃のイヴから一夜明けたナターレ(クリスマス)当日。
昨日の夕食時にガブリエッラがとった謎の冷たい態度が気になりつつ、朝食のためにキッチンへ向かうと彼女がパーティー料理のようなものを準備している現場に遭遇しました。
もしかすると冷たい印象を感じたのは僕の勝手な思い込みかもしれないと勇気を出して『ブォン・ナターレ(メリークリスマス)』と明るく挨拶してみました。
すると、ガブリエッラは老眼鏡越しに僕らを怪訝そうな表情で見つめながら『あなたたちはクリスチャンではないのかい?』と尋ねてくるではありませんか。
やっぱり、そういう宗教的な要因だったのか…と察しながらも、ここで彼女に嘘をついても仕方がないので『僕らは無宗教だよ』と正直に答えました。
彼女は『そう。…じゃあ、ブォン・ナターレではないわね。2人とも良い一日を過ごしてね。』と素っ気なく言うと準備していた料理一式を手早くまとめて、どこかへ外出して行ってしまいました。
今日はこの家で盛大なクリスマスパーティーが催されてガブリエッラの家族や知人なんかも集まり、イタリア人の友達が増やせるチャンスかも?なんて淡い期待を寄せていただけにとても残念でなりません。
クリスチャンでない人は一緒にクリスマスを祝ったり、パーティーに参加することすら許されない感じなのでしょうか?他宗教を信仰している人はともかく、無宗教だったら一緒にパーティーを楽しむくらい別にいいじゃん…と思ったりするのですが、そんな単純な話ではないようです。
なんとなく『○○○様(男性アイドル)のファンクラブに入ってない子は仲間に入れてあげないんだから!フン!』みたいな、ちょっと面倒くさい女子グループと同じ匂いがするのは私だけでしょうか?
同居人のトルコ人青年のオルハンも昨日家を出て行ったきり戻って来ないし、もう一人のブーラは数日前からトルコの実家に帰郷してるらしいし、この国では日本なんかよりもずっと『宗教』ってのが複雑でデリケートな存在なのかもしれません。
でも、誰もいなくなった陰気くさい家に妻と二人だけ(厳密にはガブリエッラの部屋に猫のキッコは閉じ込められてるけど)でボーッとしてるだけなんて、せっかくイタリアで過ごせる貴重なクリスマスの一日がもったいなさ過ぎます。
この際、ガブリエッラとか宗教とかトルコ人とかどーでもええわいっ!
場違いナターレ上等!
僕らは自分たちなりにイタリアでのクリスマスを楽しもうじゃないか。
…というわけで、持ち前の楽天主義でコロッと気持ちのスイッチを切り替え、特に用事はありませんでしたがチェントロ(街の中心部)へと繰り出してみることにしました。
当たり前ですが街はまだまだ楽しく賑やかなクリスマスモード全開です。
わざと少し遠回りして普段はあまり通らない道を歩いていると、いかにもイタリアらしいカラフルでお洒落なインテリアショップや…
かわいいディズニーショップなんかも発見しました。ディズニーのキャラと一緒に写ると自分まで可愛いキャラに見えてくるから不思議です。
ちなみにこの後、妻がこの子供用遊具のティガーの船に乗ろうとしたので全力で阻止しました。
僕『…おい、乗るなって!』
妻『なんでやねん?かわいく写真撮ってや』
僕『あかんあかん、マジやめとけって!』
妻『なんでよ!?』
僕『察しろや! 夢の国の船が沈没するやろ!』
妻『……お前、大阪湾の魚のエサにしたろか!』
雑貨屋さんでは変な時計も見つけました。だいたい2万円くらいですね。価格の割に実用的ではなさそうですが。
遠くから妻が『今年のクリスマスプレゼントはコレでええわー!』と叫んでいるので見に行ったら高級ガラス細工ブランド、スワロフスキーのクリスタルオブジェでした。
白鳥セット約5万円、星は約3万5千円のしめて8万5千円也。
お~、これくらいなら余裕で買ったるわ~って…ドあほっ!
妻へのプレゼントはこちらの謎生物のぬいぐるみで充分です。
やがてチェントロにあるマッジョーレ広場へ着くと、なにやら陽気な音楽が聴こえてきます。
おおっ!いわゆるストリートミュージシャンってやつですね。
ツインギターとウッドベースのお洒落なトリオがクリスマスの広場に爽やかなBGMを奏でて盛り上げています。
実は僕も若き頃は大阪城ストリート(通称:城天)なんかで毎週のように路上ライブしたものです。
なので、ジャンルは全く違いますけど青空の下で楽器を演奏したり、思いっきり歌ったときの爽快感は普通の人よりも良く存じているつもりです。
別の場所では大阪梅田周辺でもたまに見かけるアメリカ先住民系ミュージシャンの方々もいらっしゃいました。まさか大阪で見かける人たちと同一人物ではないと思いますけども。
ただ、気になったのはこの格好でなぜか映画『タイタニックのテーマ』を繰り返し演奏していることです。いくら注目を集めたいからと言って、それはちょっと違和感アリアリです。キミたち系は僕の個人的な統計上、『コンドルは飛んでいく』一択なんです。絶対に。
そんな広場の片隅で怪しげな石像人間のパフォーマーを発見。
全身白塗りで微動だにしないので本物の石像にように見えてきます。
しばらく眺めていると急に動いてポーズを変え、周囲の人をびっくりさせて楽しませるのですが、実際のところは同じポーズを長く続けているとしんどくなってくるので体勢を変えるのが目的でしょう。
通行人や観光客らしき外国人が立ち止まって写真などを撮影し、足元にあるバケツに小銭を放り込んで行きます。これらのチップが彼らストリートパフォーマーの主な収入源というわけです。
石像人間がいると思ったら、こちらは銅像人間です。
全身を金色に塗った人がまるで本物の銅像の如く、ピクリとも動かずに立っています。
こちらにも多くの通行人が立ち止まり、しばらく眺めた後、そのパフォーマンスに感心して銅像人間の前にある空き缶にチップを放り込んでいきます。
すると、その隣に立ってる普通のおじさんがお金を入れた人にお礼を言いながら風船を1つ手渡していました。
写真に写っている幼い女の子も、両親からお小遣いをもらってチップを入れ、おじさんから風船を受け取ると嬉しそうに銅像人間に手をふって去っていきました。
ここまでは微笑ましかったのですが…この銅像人間、いつまで見てても全く動かず、本当に無機質な感じで生きている気配すらしないのです。
それが凄いと言えばそうなのかもしれませんが表情も不自然で呼吸をしている様子もありません。近づいて良く見ると目もうっすら開いているのに眼球まで金色!?
これってマネキンに衣装着せて金ピカに塗っとるだけやん!
完全なインチキです。
純粋な幼い子供まで騙して金銭を搾取しやがって…この風船おじさんは詐欺師だ!と感心して観ている人々に教えてあげたいくらいです。
ん…? でも、ちょっと待てよ。
目線を変えて、単に自作人形を展示しながら風船を配布しているおじさんだと解釈すれば一概に詐欺とも決めつけられないのでは…?
この人形を人間が演じていると告知しているわけでもなく、ただ広場に展示しているだけ。チップも本人が請求しているわけではなく、通行人が勝手に自分の意志で入れていくだけ。
自分の作った人形を評価してチップをくれた人に対して、無償で風船を手渡しているだけのおじさんが果たして詐欺師ということになるのでしょうか?
もしかすると、この風船おじさんは悪人ではないのかもしれない!
…う~む。
100歩ゆずって普通に詐欺師ですね。
その日の夕方。
数日前から帰郷していたブーラが帰ってきて、お土産にトルコのお菓子をご馳走してくれました。
見た目はクッキーというかカロリーメイトみたいですが、味は日本の餡子(あんこ)に似た素朴な印象でした。おそらく原料がすりつぶした豆と砂糖なのでしょう。パサパサに乾燥した餡子といった感じです。
正直に言うと僕は小さい頃から餡子の味や食感が苦手なのですが、せっかくブーラが分けてくれたので完食し、日本人として当然『すごく美味しかったよ、ありがとね!』と愛想でお礼を言ったら『じゃあ、残りも全部あげるよ』と丸一箱くれました。お、おぅ…グ、グラッチェ!
② 狂宴のカウントダウン
ボローニャで迎える大晦日。
同居人のブーラとオルハンは『僕らはフランスで年越しをするんだ!』と朝早くから出かけて行って不在です。
彼らもイタリアで過ごすお正月は未経験のはずなのに何もフランスへ行かなくても…とも思いましたが正直なところ、ちょっと羨ましい!
色々とがんばった今年最後の夕食くらい奮発してやろうとスモークサーモン
や生ハムなどを購入し、前菜の盛り合わせを用意。
メイン料理には巨大な牛肩肉の塊を赤ワイン煮にして食べました。付け合せはチーズとバターでクリーミィに仕上げた定番のマッシュポテトで決まりです。
やや、フランス料理的なノリになっているのは同居人達への負け惜しみ的な対抗意識からではない…とぼやきながら美味しくいただきました。
かかった食材費はボトルワイン1本を含めて10エウロ(約1,500円)程度。同じものをフランス料理店で注文したら安めのビストロでも1人4,000円くらいは軽くとられるでしょうね。
こんな時、自分が料理人であることにメリットを感じられます。
23時過ぎ。
大晦日の夜にマッジョーレ広場へ行けば絶対に何かしらのイベントをやっているだろう…と目星をつけて外出してみました。
深夜ですが広場周辺には大勢の人が集まっていおり、すでに異様なテンションで盛り上がっているようです。
広場中央の特設ステージ上では、イタリア国内では有名らしいミュージシャンが大音量で熱唱しており、老若男女から警備員まで会場一体になって踊っています。
僕は人混みが嫌いなので少し離れた広場の端っこに座って大人しく鑑賞していましたが、若者の中には酔っぱらい(もしくは危険なおクスリ系)の方々も多いのか、奇声を発しながらハイテンションマックスで頭を振って大暴れしているような輩もいて、とにかく騒々しいです。
やがて1980年代に大ヒットしたヨーロッパというアーティストの『ファイナルカウントダウン』という有名曲のカバー演奏が始まり、年明けのカウントダウンが始まると会場はさらにヒートアップ!
大熱狂の渦の中、『3(トレ)、2(ドゥーエ)、1(ウーノ)!』の大合唱に続けて打ち上げられた花火で人々のボルテージは最高潮に。
あちこちで半狂乱気味の叫び声と共にビールやシャンパンの泡が噴き上がり、誰彼構わず頭上から雨のように降ってきます。
やがてロケット花火や爆竹やカンシャク玉などの爆発音や破裂音、瓶の砕け散る音までし始め、周囲は酒臭と火薬の煙が充満し、もはや半暴動状態…!
あちこちで大きな火柱が吹き上がったり、武装警官に連行される若者や救急車で搬送される人も現れ始め、さすがに事件や事故に巻き込まれるんじゃないかと不安になってきたので撤収することに。
想像を絶する異様な盛り上がりに度胆を抜かれた狂宴のカウントダウンでした。
日本人のみなさま、海外での年越しイベントには充分お気をつけくださいまし…。
③ 眠ってはいけない初日の出
イタリアで過ごす人生初めての年末年始。
必然的に『初日の出』も拝んでおかねば…という流れになります。
ただ、家の窓から日の出を見ても感動が小さそうですし、そもそもガブリエッラの家はマンションの一階部分なので日の出の瞬間を見ることは物理的に不可能でもあります。
そこで頭に浮かんだベスト・オブ・初日の出スポットは以前、苦労しつつ登り切ったあの丘の上の『サン・ルカ大聖堂』でした。
山頂の聖堂までは、もう二度と来ることはないと確信するほど険しい道のりではありましたが、あそこなら絶好のロケーションであることに疑いの余地がありません。
狂宴のカウントダウンから一睡もしないまま迎えた午前4時。
『寒いし、眠いし、今からあの長い階段を登るのイヤ過ぎるし、あんま気乗りせんわぁ…』とゴネる妻の腕を強引に引っ張りつつ、ガブリエッラ邸を出発。
あのボローニャの街を一望できる高台で大パノラマの初日の出を見れば絶対に感動するし、この先のイタリア生活を全て含めても最も強く思い出に残るワンシーンになるに違いない!と妻にも期待を焚き付けて背中を押します。
まだ真っ暗な極寒の夜道を3km以上も歩き、急傾斜の薄暗く長い柱廊をひたすら登り続け、一心不乱に頂上を目指します。時間が時間だけに前回登ったときとは違って他の観光客や地元民の姿も皆無なので、進んでも進んでも前に動いていないような奇妙な感覚に襲われます。
一応、ところどころに小さな灯りは付いているもののランダムな段差のある足下も見えにくいし、もうなんだか深い迷宮に迷い込んでしまったようで恐怖感すら覚えます。もし、今日が初訪問日だったら確実に途中で引き返していたことでしょう。
約1時間かけ、息も絶え絶えに待望の頂上へ到着。
しかし…なんとそこには目を疑うような信じられない光景が!!!!
閉店ガラガラ~。ワォ!
元旦の午前5時にイタリアはエミリア・ロマーニャ州ボローニャ地区の標高290mという場所で、この寒いギャグを心を込めてリアル発動したのは世界広しと言えども僕ただ一人でしょう。
元旦なので聖堂そのものが閉まっていることは予測していましたが、まさか山頂の広場へ出るための道まで封鎖されているとは完全に想定外でした。
激しく息を切らしながら、こちらを睨みつけている妻の鋭い眼光ビームが振り返らなくても分かるほど背中に突き刺さって痛いです。
まぁ、何と申しましょうか…別に山頂広場に出れなくても、ここが高い場所であることに違いはないので、ちょっと側道へ出てみれば日の出くらいなら見える場所があるんぢゃないでしょーか。
あくまで本日の目的は『初日の出を見ること』であって『聖堂前の広場へ出ること』ではないのですから!
諦めきれず柱廊から側道へ出てみるも、周囲は森の中のなので高い樹木で覆われているだけで、明らかに日の出を拝めるような環境ではありません。
でも、さすがに陽が昇った後の朝焼けくらいなら見れるっしょ?…と一縷の望みを託して待機してみるものの、ここは氷雪と濃霧に包まれた標高290mの山頂付近。
前髪やまつ毛が凍りはじめ、手足も痺れて感覚がなくなり、だんだん眠たくなってきます。気温は軽く氷点下10度を上回っていることでしょう。
誰もいない雪の積もった真っ暗な山道に小さな日本人2名が身を寄せ合ってうずくまり、少しでも体を温めようと試みますが、ここまで登ってくる際にかいた汗が凍って全身を隅々まで情け容赦無く冷やします。
妻『なんか眠くなってきたわ…』
僕『おい、寝るなよ!今、眠ったらマジで凍え死ぬで!』
妻『正月は本来、笑ってはいけないシリーズが定番なんやけどなぁ…』
僕『まさかの眠ってはいけないシリーズやな(笑)』
妻『ははは…てか、帰ったら覚えとけよテメー(怒)』
僕『…………。』
妻『寝るなっ!』
やがて真剣に生命の危険を感じてきた僕らは夜明けを待たずして、やむなく帰路へ。
さらに帰宅途中にはダメ押しのように氷の混じったみぞれ雨まで降り出す始末…。傘なんて持ってきてないので全身ズブ濡れ。
元旦早々におみくじで大凶を引いてしまい、納得できずもう一度引き直して、また大凶が出たような不吉過ぎる新年の幕開けでした。
《つづく》
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