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第2話 『いきなり犯罪者』


① 旅立ちの飛行

午後12時35分、離陸

飛行機の小さな窓から見える港や地形が少しづつミニチュアのように小さくなっていき、程なくして視界は真っ白な雲の絨毯へと変わっていきます。

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国内線に乗ったことはありますが海外へのフライトは今回が初めてエコノミークラスなので席間がとにかく狭く、普通に座るだけで膝が前のシートの背面に当たるほどです。この状態で約13時間なんて想像しただけでも気が狂いそうなので想像しないことにしました。

また、最終的な到着地はミラノのマルペンサ空港なのですが直行便ではなく、フランス経由の激安チケットなのでフランスのシャルルドゴール空港というところで一旦降りてミラノ行きの別便に乗り換えなければなりません。

イタリア語やフランス語が全く分からないのはもちろん、英語ですら一般高校生以下のレベルである自分がフランスで飛行機の乗り換えなんてできるのか不安で仕方ありませんでしたが、これも今から焦ってもどうしようもないため、ひとまずアホな子になって現実逃避することにしました。

目の前についている小さなモニターには現在飛行中の場所が表示されています。つい先程、大阪を飛び立ったはずなのに、もう青森県の横あたりを飛んでいます。

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フランスに着くまでの間には2回の機内食が出されました。お世辞にも美味しいとはいえない代物ですが食事を口にすることで不安や高揚した精神状態が少しやわらぎます。

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その後も寝苦しく一睡もできないまま、半ばノイローゼ気味で約13時間のフライトを耐えしのぎ、フランスはパリのシャルルドゴール空港へと到着。ここで1時間以内にミラノ行きのAF2214便に乗り換えねばなりません


② やけくそ関西人

昼の12時30分頃に関西空港を飛び立ち、2度の食事を経て約13時間も経っているはずなのに到着したフランスの時計は夕方の17時30分。これがうわさの時差というやつです。ひとまず混乱しないよう腕時計を欧州の時間に合わせておき、人の流れに身をまかせながら入国ゲートを通過。空港ロビーまでは比較的スムーズに出ることができました。

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さて問題はここからです。

先導や道案内をしてくれるガイドがいるわけでもなく、周囲は見渡す限り外国人ばかりの完全放置プレイ状態です。関西空港で預けたスーツケースをどこで受け取ればいいのか、乗り換えのチェックインなどもどうすればいいのか検討もつきませんインフォメーションカウンターらしき場所は見つけましたが簡単な英単語すら分からないので尋ねに行く勇気がありません

自力で何とかしようと案内板などを見ながら右往左往しているうちに時計の針が18時を回ってしまいました。手元にあるチケットに書かれている出発時刻は18時25分です。

あと20分ほどでイタリア行きの便が出てしまう…!

焦りと恐怖がピークに達した僕は意を決してインフォメーションカウンターへ突撃。こうなったらもうやけくそです。受付にいたスーツ姿の黒人男性にチケットを突きつけると日本語どころかコテコテの大阪弁で「コレどこ行けばいいん?こんなんもう全然分からへんし!時間めっちゃヤバねんけど!」となりふり構わずに直訴。

相手も困った様子英語で僕に何かを話しかけてくるのですが全く理解できません。「ほんまゴメンやけど何を言ってんのか全く分からへんねん。とりあえず、どこ行けばええかだけ教えて!とにかく時間ヤバいねんっ!」とチケットを指差して必死で焦ったジェスチャーを試みると男性はある方向を指差してくれたので、やっと絞り出てきた英語「サンキュー!」だけを伝えて、その方向へダッシュ。看板のイラスト数字を頼りに搭乗締め切り5分前にギリギリで乗り換えをクリアできました。所詮は人間同士その気になれば言葉が分からなくても意思は大体通じるということです。まさに危機一髪でした。

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飛行機の座席についても自分たちのスーツケースがどうなっているのかだけは気がかりでした。しかし、荷物に関しては最悪イタリアに到着してからでも関西空港に問い合わせればどうにかなるだろうと考え、今は諦めることにしました。その時の僕は荷物を失うことよりもフランスに置いてけぼりにされることの方がよほど怖かったからです。

③ 念願のイタリア上陸

フランスからイタリアへ移動するAF2214便は日本から乗って来たAF291便に比べ、かなりの小型機でした。僕が出発時間直前に乗車してからも、のんびりと機内に掃除機をかけたり、雪がちらつくなど天候が悪かったせいもあってか滑走路を走り出したと思ったら再び止まり、ホースで両翼に水(お湯?)をかけはじめるなど何やらまともに離陸準備もできていない様子。

本来の出発時刻を大幅にオーバーし、すっかり暗くなった頃にようやく離陸。飛行中は幾度となく激しい揺れを感じ、その度に安全ベルトを締めるようにとの非常警告灯が光ります。…怖すぎる

真っ暗で外の風景も全く見えず、グラグラふらふらと生きた心地のしない恐怖の2時間が経過し、ようやくミラノのマルペンサ空港へと到着。そのとき僕は『帰路は借金をしてでも必ず日系航空会社の直行便で帰ろう!』と固く決意していました。

とにもかくにも、ついに念願のイタリア本土への上陸達成です。

マルペンサ空港の荷物受け取りレーン祈るような気持ちで眺めていると僕らのスーツケースが流れてきて歓喜しました。ちゃんとフランスの空港で積み替えされていたようです。ただ、ほんの数時間前まで新品だったはずのスーツケース傷だらけのフルボッコ状態に変貌していて思わず二度見。どんな風に扱ったら人様の荷物が短時間でここまで汚れるんだとは思いましたが、こういった事例はネット掲示板などでウワサを聞いていたので怒りなどの感情は特に湧きませんでした。

人もまばらな夜の空港内を道なりに進んでいくと、いつの間にかロビーに出てしまっており、入国審査ゲートなどは特にありませんでした。同じEU圏内であるフランスに入った時の審査だけで終わっていたのかもしれません。

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もはや心身共に疲れ果てていましたが、これからミラノ中央駅までバスで移動しなければなりません。空港内で一夜を明かすわけにはいかないため、到着初夜はミラノ中央駅から徒歩圏内にあるという『ホテル・サン・カルロ』宿泊予約を入れてあるのです。


④ 深夜の怪しい暴走バス

人が少なく警備員や警察官などの姿も見当たらないため不審人物に声をかけられたりしないか心配しつつ、空港敷地内をさまよっていると停車中のバスを発見。近づくと車体に『Stazione Centrale』との行き先表示があったので日本から持参してきた電子辞書で調べてみると『中央駅』という意味で乗車口付近には5ユーロとの料金表記がありました。

事前に調べていた空港から中央駅までのバス運賃5ユーロから7ユーロが相場ということだったので乗り込むべきバスはこれで間違いなさそうです。ただ、ガイドブックの写真で見たようなきれいなバスではなく、古くて汚いバスなのが気にかかります。

いぶかしげに遠目で眺めているとバスのトランクルームに荷物を積み込んでいた運転手らしきおじさんが『乗るの?乗るなら早くしなよ?』みたいな雰囲気(実際になんと言ってたのかは不明)で声をかけてきました。もう辺りは暗く時間も遅かった上、周辺には他のバスも見当たらなかったため、僕らはおじさんに促されるままにスーツケースを預けるとそのバスへと乗り込みました。

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バスの車内は照明が一切ついておらず真っ暗。窓の外から差し込む薄明かりを頼りに空きシートを見つけて着席。正面にあるデジタル時計の赤い光だけが不気味に浮き上がり、しかもその時計はなぜか現時刻とは全く違う時間をさしています。

本当にこのバスで間違いないのか?』『到着したばかりの旅行者をだまして変なところへ連れて行く犯罪者集団だったらどうしよう!?』などとドキドキしているうちに出発。乗りごごち最悪なおんぼろバスは細い道や高速道路を命の危険を感じるほどの猛スピードで走り、カーブでは体に強烈なG(加速圧)がかかります。

手に汗をにぎるほどワイルドな運転に耐え忍ぶこと約1時間。どうにか無事にミラノ中央駅へと到着しました。


⑤ いきなり犯罪者

バスをおりるとトランクルームが開放された状態となっており、乗客たちは自らの荷物を各々で取り出し、その場から立ち去っていきます

僕らも自分のスーツケースを取り出し、運賃を支払おうと妻と2人分の10ユーロを用意して周囲を見渡しましたが運転手の姿も料金箱のようなものも一切見当たりません。ついには車内も無人となり、バスだけが放置されている状態となったため、僕らも意味が分からないまま次の目的地であるホテルを目指すことにしました。

結果として僕らは図らずともバスを無賃乗車したことになり、入国初日からいきなり犯罪者となってしまったわけです。

もはや体力的にも精神的にも限界に近く、疲労困憊しながら大きなスーツケースを引きずり、駅近くにあるはずのホテルをさがし歩くこと1時間以上。途中で謎の中国人同胞と勘違いされて嬉しそうに話しかけられたりしつつも、やっとこさ本日の最終目的地である『ホテル・サン・カルロ』を発見。

公式サイトに掲載されていた地図があまりも抽象的すぎて『実際の道と全然ちがうやないかい!』と心の中で突っ込みながらフロントに予約メールの控えを見せ、すみやかにチェックインを済ませました。

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案内されたのは想像以上に狭くて質素な部屋でしたが、その時の僕にとってはそんなことはどうでも良く、シャワーだけ浴びるとすぐにベッドへと潜り込みました。

日本を出発して約18時間。前夜も眠れなかった僕にいたっては実に44時間ぶりの睡眠です。

長く多忙だった旅の一日目がようやく幕を閉じました。

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《つづく》

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