#17【サンフレッチェ広島レジーナvs三菱重工浦和レッズレディース|試合レビュー】流れを取り戻す粘り強さ|2024-25年WEリーグカップ準決勝
連覇をかけて戦うWEリーグ杯準決勝が、2024年10月に開業したばかりの長崎のピーススタジアムで開催された。相手は1ヶ月前のリーグ戦で悔しい敗戦を喫した浦和レッズレディースだ。
スタメンでは、アンカーの笠原が復帰を果たしたが、CBの左山がベンチ外となった。その他には、普段は控えに回っている立花や松本、中村がスタメンに名を連ねている。
想定以上の結果を生んだ前半戦
前半の展開としてはリーグ戦での対戦と近い構図となった。ボールを保持して攻め込む浦和に対して、広島はブロックを敷いて攻撃を受け止め、奪ったらカウンターを狙っていく。
さらに、カウンターを狙う中で陣地を押し上げたら、簡単には下がらず積極果敢なプレスをかけ、高い位置から相手の攻撃を食い止める姿勢も見せる。そんな中で相手のミス絡みとはいえ、2点を奪えたのは想定以上の出来であった。
浦和のSB裏を効果的に使うための基本設計
浦和は保持時に両SBを高い位置まで上げ、幅取り役を担わせるため、攻守が切り替わった瞬間にSBの背後に広大なスペースができる。前回対戦と同様にSB裏のスペースをカウンターで狙うというのが広島の基本方針だ。
さらに、カウンターを狙う上での人選に関しても明確で、SHの松本はサイドで起点を作るタスクが与えられており、SBを釣り出した上でFWをスペースに走らせる意図が見えた。
【前半2分:松本がSBを釣り出して裏に中嶋が走る】
IHで起用された瀧澤に関しても、ボール奪取後にボランチ脇のスペースでカウンターの起点になり、ドリブルによる前進を狙る意図を見せる。しかし、中央を起点にしたカウンターは、浦和のボランチ・角田選手の反応の速さによって潰されていた。
【前半6分:奪取後にドリブルでスペースへ前進する瀧澤】
そして、FWに起用された中嶋選手は、SB裏のスペースを狙いつつ自身も起点になりながら、スピードを活かしたドリブルでゴールを狙うタスクが与えられている。
中嶋のFW起用はこれまで上手く機能していなかった印象だが、この試合においては、どれだけ浦和に攻め込まれても、脅威となる選手を前線に残せたという意味で非常に効果的であった。
【前半22分:先制に繋がった広島のカウンター】
難度の高いシュートによる先制点ではあったが、仮に中嶋がクロスを選択したとしても、上野はタイミング良く相手の背中を取ってファーでフリーになっているのに加えて、マイナスには立花が入っているため、得点の可能性は十分にあっただろう。
閉じられたハーフスペースの門
前半では広島がボールを持つ時間が少なからずあった。しかし、浦和がIHへの縦パスを徹底的に塞いでいたため、効果的に前進ができたシーンはほぼゼロであった。
前回対戦では左山・塩田→小川への縦パスが何度も通っていたため、前回対戦を踏まえて浦和側が対策してきた点と言えるだろう。
この問題に対する解決策としては「①FWがSB裏に走って出口を作る」「②CBが運んで相手の2列目を引き付けフリーの選手にボールを渡す」「③やり直して逆サイドを使う」などが思いつくが、中村選手のスキル的に②を求めるのは酷だ。
できれば①で中嶋選手がボールを引き出せば助かったのだが、そういったランニングは見られなかった。
浦和の対策もあり保持に関しては停滞気味だった広島ではあるが、前半44分に市瀬と上野があっさりと答えを出したのにはかなり驚いた。その答えが「同サイドに圧縮する相手に対して、対角フィードで逆サイドの裏を狙う」というものだ。
【前半44分:市瀬の対角フィードと上野の動き出し】
市瀬のフィード能力と上野の動き出しのスキルでなければ成立しないプレーではあるが、「警戒が薄くスペースがある逆サイドを一気に狙う」というのは非常に効果的だ。「ピッチ上で起きた問題をピッチ上で解決する」という市瀬と上野の知性が現れたシーンと言えるだろう。
丁寧かつ連動したプレスで自由を奪う
押し込まれる時間が多かった前半ではあるが、カウンターなどで押し返した際には、簡単に引かずにプレスをかけて相手の前進を阻む姿勢を見せた。
前節のベレーザ戦では、中嶋の1stプレスに問題を抱えていたが、この日はプレスのコース取りやアンカーを消す意識など、ミスの少ないプレーを見せていた。(浦和DFの保持スキルの問題もあるが)
GKへのバックパスに対するプレスの掛け方も徹底されており、逆サイドの選択肢を消しながらプレスをかけて、誘導した中央のエリアでパスカットに成功するなど、組織で連動したプレーを披露している。
【前半4分:GKに対するプレッシング】
前半におけるプレッシングの高い意識は、上野による2点目のゴールにも繋がっている。GKのミスのように見えるが、上野のプレス技術によって”ミスを誘った”シーンでもあるはずだ。(ピッチ解説の海掘さんが「芝が深くてボールが止まる」的なこと言ってたので、その影響もあるかも?)
【前半34分:GKのボールを奪って2点目を奪う上野】
【相手の身体の向きやボールの置き所に応じた追い込み方が上手い上野(2023年の皇后杯 vs仙台)】
絶大な効果を生むボランチ笠原
前半攻められる時間が長かった中でも互角以上の戦いができたのは、スタメンに復帰した笠原の影響が大きい。広大な守備範囲と危機察知能力を活かすことで、パスカットやボール奪取に成功したシーンは何度もあり、改めてボランチ笠原の存在感の大きさを感じた。
【前半33分:笠原のボール奪取からカウンター発動】
【前半36分:笠原の予測、反応、連続性による守備】
また、前半で非常に目立っていたのが「プレスバックの意識とパスコース管理能力の高さ」だ。広島のプレスは中を締めて外に誘導するのが基本線だが、笠原選手はサイドから中央に入るパスの管理を徹底的に行っていたため、ボールを持たれても中央のスペースが空くことは少なかった。
【前半30分:CB間のスペースをカバーする笠原】
前半に打たれたシュートは8本だが、エリア内での致命的なシュートが少なかったのは、笠原選手の際立ったパフォーマンスが要因だ。笠原が行う各局面での正しい状況判断や、細かく途切れないポジション修正は、広島の守備の土台を支える重要な要素である。
【前半1分:サイドからのパスコースを管理する笠原】
自陣に閉じ込められた後半
前半とはガラリと変わり後半は完全に浦和ペースで試合が進んだ。シュート本数は浦和12本に対して広島0本と完全に押し込まれている。
広島としては流れが悪いなりに耐え切るプランだったかもしれないが、逃げ切りには失敗し、同点に追いつかれてしまった。
ギアを上げトランジションを制した浦和
浦和は後半から明らかにギアを上げてきた。特に、攻守が切り替わった瞬間のセカンドボール争いの激しさは、前半と比較しても数段上がった印象だ。
前半のように浦和の保持を奪った後のカウンターに勝機を見出していた広島だったが、ボールを奪ってもすぐに囲まれてしまう上に、クリアボールも相手に拾われてしまう。
【後半3分:素早い反応でカウンターの芽を摘む角田選手】
自陣から脱出したい広島であったが、浦和にトランジションで圧倒された結果、自陣に閉じ込められてしまい、連続で与えたCKから失点を喫してしまう。前半のようにボールを保持して押し返したかったが、浦和の激しいプレッシャーに対して、繋ぐ余裕は皆無であった。
劣勢の状況を解決しようと58分には、小川と柳瀬をSHで投入する。意図としてはボール奪取後の運び役・繋ぎ役の起点となり、陣地を押し返すことを期待していたはずだ。
この選手交代の効果は多少あり、小川の持ち運びによって、相手陣地に侵入することで、自陣に閉じ込められる状況を打破するシーンも作れた。ただし、柳瀬はSHの守備に慣れておらず、ポジショニングに迷いが出てピンチを招くシーンがあった。
【後半17分:ボールを奪って運び、繋ぐ小川】
【後半16分:ポジショニングミスからピンチを招く柳瀬】
64分には、消耗した笠原に代えて呉屋を投入する。3バックへの変更で逃げ切る構えを示しながらも、呉屋のライン統率によって、ゴール前に閉じ込められる状況を少しでも減らす意図があったのだろう。
【後半30分:大きなジェスチャーでDFラインを上げる呉屋】
ボランチがサイドから入るパスを規制できない
3バックで守備を堅めて逃げ切りを目指した広島であったが、一瞬の隙を突かれて同点に追いつかれてしまう。失点は後半何度も狙われていた、FW高橋への楔から中央に集結した2列目の塩越・水谷・島田へ落とす形からであった。
【後半33分:同点に追いつかれたシーン】
相手のコンビネーションを褒めることもできるが、この失点を防ぎたいのであれば、ボランチが「サイドから中央へ入るパス」への警戒をしなければならない。
具体的には、浦和の左SB・栗島がカットインした段階で、ボランチの柳瀬・瀧澤はスライドをして、正しいポジションを取った上で、パスコースの管理をする必要がある。
ボールと味方の位置を基準に守備をするならば、柳瀬はもっと中央にスライドしなければならない。瀧澤は柳瀬と横並びではなく、やや斜め後ろで門を閉じる必要があるだろう。
解説の方が「広島の守備はコンパクト」と言っていたが、いくらコンパクトでもパスコースを管理せず立っているだけでは何ら意味を成さないのだ。
「サイドから中央へ入るパス」は、前半から笠原が特にケアしていた部分だ。不慣れなポジションな上に消耗した状態の瀧澤はともかく、柳瀬は人に強く当たるだけでなく、スペースやパスコースを管理する意識を高めなければならない。
警戒を強めたボランチと陣地を取り返した救世主
後半幾度となく決定機を作られた広島だったが、何とか耐えきり延長戦に持ち込んだ。延長戦では、小川選手が脳震盪で交代するアクシデントがあったものの、交代で入った渡邊・髙橋・李の活躍もあり、試合の流れを取り戻すことに成功した。
ボランチの守備意識を高めフィジカルバトルを制す
延長前半は開始早々に小川が脳震盪で交代したため、渡邊と柳瀬がコンビを組んだ。後半に斜めの楔を起点に同点に追い付かれたことから、延長でのボランチ2人は、中央へのパスコースを守る意識が高かったように感じる。
【延長前半10分:サイドからの斜めのパスを警戒する柳瀬】
延長戦ではボランチ2人の守備意識が高く、ピンチを招くシーンも少なかった。浦和が後半にギアを上げた影響でガス欠になっていたのかもしれないが、中盤でのフィジカルバトルも勝てるようになり、良い守備から良い攻撃に転じられる兆しが見えてきた。
【延長前半13分:中央に戻りロングボールを跳ね返す渡邊】
【延長前半15分:サイド→中央のパスコースを防ぐ渡邊・柳瀬】
髙橋・李による背後へのランニングと時間の創出
延長前半17分には、髙橋・李のFW2枚を投入する。ロスタイムに入ってからの交代ではあったが、良い守備から掴みかけた流れを引き寄せるために、このタイミングで切り札の投入を決断したのかもしれない。
髙橋・李へのタスクは明確で「裏のスペースへの飛び出し」と「前線でボールを収めて味方を押し上げる時間を作る」の2つだ。合計115分以上も走り続けた中で、フレッシュなFW2人が入るのは、浦和のDFにとっても嫌な交代だっただろう。
そして、交代直後の延長前半20分、髙橋は自分に与えられた役割に対して明確なアンサーを示した。
【延長前半20分:ロングボールを収めて味方が上がる時間を作る髙橋】
延長前半のうちに髙橋の収めるプレーが出せたのは、敵味方両方への意識づけとしても重要だったと思う。「高橋と李に当てれば収めてくれる」、チームに自信と信頼を与えたワンプレーは、延長後半の怒涛の攻撃に繋がっていった。
手繰り寄せた流れが生んだ勝ち越しゴール
延長後半の広島は攻撃の狙いが明確だった。FWの髙橋と李がフィジカルで優位に立っていたため、前を向いたら裏に走るFWにボールを繋いでいく。積極的な背後へのランニングから前線で時間を作るFWのおかげで、広島は陣地を取り返すことに成功した。
【延長後半8分:中盤のバトルを制し、李を裏に走らせる】
また、髙橋・李の貢献は裏へランニングだけではない。裏へのパスが奪われたとしても、素早い切り替えでプレスをかけ、相手の自由を奪っていた。そのため、浦和のDFはクリアを繋げず、セカンドボールは広島が拾い続けていた。
髙橋・李のプレーに呼応するように、瀧澤や柳瀬も勢いを取り戻していく。トランジションで流れを引き戻した広島は、浦和を自陣に閉じ込め、二次攻撃・三次攻撃を繰り広げながら、ゴールに迫っていった。
【延長後半10分以降〜:相手陣地でプレーを続ける広島】
決勝点は相手を自陣に押し込める中で得たCKから生まれた。これは偶然の決勝点ではなく、陣地を回復してトランジションを制したことで相手を自陣に閉じ込め、試合の流れを取り戻した中で生まれたゴールだ。
【延長後半13分:決勝点となるCK】
浦和の1点目もトランジションで上回る中で、相手を自陣に閉じ込め、連続で得たCKから生まれたものだったが、それをやり返すかのような決勝点であった。
苦しい時間帯を粘り強く耐えながらリードを守り切り、交代選手による効果的な活躍で流れを取り戻して勝ち越す。創設から3年間で培った精神的な強さに加えて、戦術的な手堅さ、的確さが備わった結果、掴み取った勝利を言えるだろう。
気になった選手をピックアップ
この試合で気になった選手をピックアップしていく。
塩田選手の素晴らしいカウンター対応
前半25分に塩田選手が1対2の数的不利の状況で受けたカウンターの対応を取り上げたいと思う。
【前半25分:塩田選手のカウンター対応】
ポイントは「優先順位に基づく状況判断」だ。数的不利のカウンターでは、シュートを打たれることも受け入れつつ「いかにゴールの可能性が低い選択を相手に強いるか」が重要になる。(悪手しか残ってなくてもマシな方を選び切る判断力)
塩田選手はボールや敵味方の位置に応じて、「ゴールの危険性が高い方」を優先的に消している。無闇にボールに食いつかず危険な選択肢を消し続ける対応をしたことで、味方のプレスバックも間に合いパスカットに成功した。
もし塩田が焦ってホルダーに寄せていた場合、「①中央のスペースにパスが通りGKとの1対1になる」「①広いスペース&カバーなしの1対1で抜かれる」など大ピンチを招いていた可能性が高い。
【カウンター対応の比較:トップチームの場合】
今季の塩田選手は「優先順位を意識した対応」が上手になっている。今季初先発となった試合でも、スペースとパスコースを意識した対応を行っていた。
吉田監督は守備の細かい部分を求める人だが、その1つが「状況に応じた適切な判断」なのだろう。今季の塩田選手は成長著しいが、何が成長したかと言われれば、その1つは紛れもなく「守備時の状況判断」だ。
今季の取り組みの成果がこの重要な試合で出せたというのを、今後の自信に繋げてほしい。
次節に向けた雑感
劇的な勝利すぎて同日開催だった男子チームの試合が全く気にならないほどであった。それ程にレジーナの選手たちは、見ている人の心を揺さぶる試合を披露してくれた。
さらに、精神的な粘り強さだけでなく、戦術的な有効打を積み重ねた結果の勝利でもあるため、カップ戦の決勝進出なのも含めて、非常に価値のある勝利となった。運の要素も多分に含む試合ではあったが、運を手繰り寄せるだけの粘り強さと逞しさを持っているのが今のレジーナなのだろう。
そして、吉田監督がシーズン当初に言っていた「全員で戦う」というのを体現した試合でもあった。昨シーズンほぼ出場機会がなかった塩田や中村が120分間戦い抜いて浦和に勝利するなど、誰が予想しただろうか。(マジで)
後は、年末の国立決勝でINAC神戸を倒し、WEリーグ杯の二連覇を実現するだけだ。レジーナを応援している方も、初めて女子サッカーを見るという方も、できるだけ多くの方にスタジアムに来ていただいて、レジーナの勇姿を見届けてほしい。
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