#10【サンフレッチェ広島レジーナvsセレッソ大阪ヤンマーレディース|試合レビュー】相手の守備のルールを攻略して圧倒|2024-25年WEリーグ第6節
WEリーグ第6節の相手は昨季4戦4勝と相性が良いセレッソ大阪ヤンマーレディースだ。”西のベレーザ”と勝手に呼んでいるが、ほぼユース出身選手で構成されたチームは、細かな連携に強みがあり、個々の選手の技術も充実している。
広島としては4連勝中(全て無失点)で波に乗る中、安定した守備から試合を作っていきたいところだ。
スタメンは前節からの変更では、右SBに近賀選手ではなく、塩田選手が入っている。(※10/22に近賀選手の怪我が発表されました)
コンパクトなプレスで自由を奪う序盤
序盤の広島はコンパクトなプレスで相手の自由を奪う堅い守備を披露する。
C大阪はプレスに対して前に蹴り出す回数が多かったため、ボールの奪取ポイントは「CBとDHの間」に設定され、「市瀬選手-笠原選手」「左山選手-小川選手」で挟んで奪う形がよく見られた。
連動したプレスから相手を自陣に押し込む展開も作れており、CKが連続するなど、試合開始から広島が優位に立っていた。
しかし、自陣からのパスミスから与えたFKで失点してしまう。ただ、空気が重たくなることはなく、自分たちのペースで試合を進められていた。
ヒントを掴んだ前半20分以降
前半20分以降、広島はボール保持による攻略の形が見せる。主な攻略ポイントとしては、「C大阪が採用している守備のルール」にあり、特に「人基準でマークにつくボランチ」から穴を作ることに成功した。
C大阪のボランチは、ボールサイドにいる広島のMF(特に笠原)を捕まえることに集中しており、「スペースを守る」よりも「人基準でマークにつく」ことを優先している。
そのため、パスコースやスペースを作るような動きから、C大阪のボランチを動かすことで、容易にフリーの選手を作ることができた。
特に、笠原選手は積極的にボランチを動かそうとしており、縦に動いてパスコースを開け、サイドからの斜めの楔を促していた。笠原選手が空けたパスコースに小川選手が顔を出すなど、中盤の連動した動きが洗練されていたのも印象的だ。
この動きの直後に左SBの藤生選手から中央への斜めの楔が入る。「相手のボランチを動かして中央を空ける」という意図が噛み合った1シーンであった。
ボランチを食いつかせて背後を取る狙いのローテーション
「C大阪のボランチを動かして作ったスペースでパスを引き出す」というコンセプトを起点に、さまざまなバリエーションも見られた。
前半31分には、笠原選手がDFライン近くまで下がって、相手のボランチを釣り出すことで、背後にできたスペースで小川選手への縦パスが入る流れを作り出している。
笠原選手だけでなく、小川選手が降りて相手のボランチを釣ることで、後ろにできたスペースに絞ってきた中嶋選手が縦パスを引き出すパターンもあった。
「相手の守備のルール(=ボランチが人基準でマークにつく)」を読み取った上で、連動したローテーションを駆使してフリーの選手を作る。自分本位なパターンプレーではなく、相手を見ながら動きを作って効果的に前進する形が何度も作れた前半だった。
前進の形は作るも崩しきれずシュートは0本(PK除く)
多彩な前進の形を作り、ゲームを支配した印象のある広島だが、シュート本数は0本だった。(PKでの得点を除く)
攻めたイメージがあるものの、アタッキングサード以降のミスも多く、相手のハイラインに対してオフサイドにかかるなど、印象ほどゴールには迫れなかった印象だ。
ゴール付近での崩しの局面では、動き出しが直線的でスペースを効果的に使えていなかったり、全体的に忙しなかったりなど、決定的なプレーは少なく、ミドルゾーンでの保持とは対照的なクオリティだった。
もっとボールホルダーが相手と駆け引きをしながら、出し手と受け手の関係でスペースを攻略するような意識が出てくれば、ゴール前でのクオリティにも改善が見られるのではないだろうか。
左WG・百濃選手を中心に押し返すC大阪
C大阪の守備のルールを読み取ったローテーションで攻略を試みた広島だったが、後半開始直後からはやや押され気味の展開となる。
その中心にいたのは左WG・百濃選手だ。後半のC大阪は「スピードとドリブルに強みを持つ純正WGの百濃選手にいかにボールを届けるか」というテーマを共有し、広島のプレスを掻い潜っていた。
広島が対応に苦戦した理由としては、例えば「442から右SBを上げる325への可変した保持への対応ができなかった」「流動的に動く中盤を捕まえられなかった」などが挙げられる。
さらには、左SHに入った早間選手が守備的にそこまで効いていないのと、FWに入った中嶋選手がプレスで深追いしすぎてスペースを空けてしまったのも、相手の保持を楽にしてしまったかもしれない。
【65分ぐらいまではC大阪が押していた】
C大阪ペースになっていた時間帯に追加点を取られていたら、どちらが勝っていたか分からなかっただろう。
選手交代と配置の修正
68分には柳瀬選手と渡邊選手を投入し、配置を4141から4231寄りに修正した。
修正の意図としては、「相手のボランチを動かす」という基本的なコンセプトは同じまま、柳瀬選手をトップ下に置くことで、「中央に厚みを作りながら、CBの前後のスペースを使う」という狙いだと考えられる。
さらに、渡邊選手と小川選手は、相手のボランチを釣り出しながら、機を見て高い位置を取る。
時間を作れる中嶋選手、広範囲に動けてボールに絡める柳瀬選手が中央に陣取り厚みを作りながら、その脇を渡邊選手と小川選手が駆け上がって、中央を攻略するというのが狙いだろう。
ボランチの背後の狙い方
人に食いつきやすいC大阪のボランチの後ろのスペースを狙うというのは継続されており、73分には渡邊選手が降りながらC大阪のボランチを釣り出し、その後ろに柳瀬選手がポジションを取るという流れを見せた。
秩序を失うC大阪
前半から継続して狙われ続けたC大阪のボランチだが、70分頃から疲れが見えてきた中で、広島が勝ち越しゴールを決める。
ゴールの起点は左山選手のロングボールからだったが、C大阪のボランチは人に釣られて前に出ており、プレスバックも間に合わずDFラインの前に広大なスペースが空いていた。
得点シーンでのC大阪のボランチの動きを見ても分かりやすいが、完全に反応が遅れており、疲労が色濃く見える。前半から集中的にボランチへの揺さぶりをかけていた中、頭と身体の両方を疲れさせた結果としての得点かもしれない。
また、中央に中嶋選手と柳瀬選手を縦に並べて厚みを作った効果が出た得点でもある。ロングボールのこぼれ球を拾った中嶋選手が、ドリブルで時間を作る中で小川選手が追い越す動きは、前節・新潟戦の決勝点と同じ流れだ。
「中央に厚みを作る柳瀬選手」「前線で時間を作る中嶋選手」「積極的に前に出る小川選手」は、試合終盤の相手が疲れて、スペースが空いてくる時間帯には劇的な効果を生むのかもしれない。
対照的だった両チームの3バック
広島の2点目が入った直後に偶然にも両チーム共に3バックへの変更を行なったが、その効果は対照的であった。
C大阪は試合全体を通じて「人に食いつくボランチ周辺のスペース」に問題を抱えていたのだが、442から523に変更したことでボランチの守備範囲が広がり、問題をさらに悪化させた印象だ。(5−2−3の"2"の所)
3点目に繋がった渡邊選手から柳瀬選手へのパスは、ボランチが空けた中央のスペースに柳瀬選手が走り込んだのがきっかけである。
ビハインドの展開で前線の人数を増やすための配置変更だったと思うのだが、C大阪としては元々あった穴を更に大きく空けてしまう結果となった。
気になった選手をピックアップ
試合終盤の怒涛の攻撃で4−1の快勝となったこの試合で気になった選手をピックアップしていく。
正しく動き出せる李選手
交代で入りわずか10分の出場時間ながら2得点と抜群の存在感を示したFWの李誠雅選手。今節でもFWとしての的確な動き出しを見せてくれた。
取り上げるのは3点目に繋がった柳瀬選手のドリブルに対する李選手の動きだ。ドリブラーに相手のCBが食い付く中で、李選手は離れる動きでシュートを打つためのスペースを確保した。
FWの動き出しでは「ボールホルダーやドリブラーから離れる」のが基本だ。離れることでDFにとってボールとマークを同一視野に入れるのが難しくなる上に、ホルダーに引きつけられたDFからも離れられるため、スペースが得られる。
前節も新潟戦でも見たが、李選手の2試合連続ゴールは全くの偶然ではなく、「充実した基礎技術」と「情熱的なハッスルプレー」の賜物と言えるだろう。
ニアに飛び込む市瀬選手/呉屋選手
最近の広島はクロスからの得点が目立っているが、その要因となっているのが「クロスに対する入り方」の徹底だ。基本ではあるが「ニア」と「ファー」のそれぞれに飛び込むことで、クロスに対する厚みを作るのは必須事項だ。
そんな中で取り上げたいのが、「61分のシーン」と「4点目に繋がった88分のシーン」だ。どちらもクロスに対してFWの上野選手と李選手がファーで合わせているのだが、必ずニアに人が走り込んでいる。
実はこの2つのシーンでニアに飛び込んでいるのは、CBの市瀬選手と呉屋選手だ。
セットプレーの流れからなので、CBがゴール前にいるのは不思議ではないが、「クロスに対してニアに必ず入る」という約束事がCBの選手にまで徹底されている。
このシーンこそ、広島が徹底した規律の中で戦えている理由の1つかもしれない。チームの約束事を共有し、スタメンやポジションに関わらず、同じようにプレーができているからこそ、安定した戦いができるのだ。
次節に向けた雑感
「吉田監督は守備の構築に長けた指揮官なので、対戦相手の守備のルールや優先事項、欠陥を見抜いた上で、攻撃の形をデザインするのが上手いのかな…?」と思わせる試合だった。
C大阪のボランチが人に食いついてスペースを空ける習性を利用したローテーションの形は見事にハマっており、安定した守備組織と共に試合を優位に進める要因となった印象だ。
しかし、ゴール前でのスペースの攻略には課題が残った。相手が元気な時間帯にゴール前のスペースが少ないエリアを攻略できなければ、結局「相手の疲労ありき」「オープンな展開ありき」のチームになってしまう。
今はまだフィジカル的な優位があるため、相手が疲れた時間帯に柳瀬選手や李選手を投入して圧倒する戦い方ができているが、90分間強度が落ちない浦和や神戸が相手だとどうなるかわからない。
リーグ優勝を目指すのであれば、試合終盤での劇的な逆転劇だけでなく、より盤石で相手を圧倒する試合を目指す必要があるだろう。