#20【サンフレッチェ広島レジーナvs INAC神戸レオネッサ|試合レビュー】勝利を手繰り寄せる修正と徹底|2024-25年WEリーグカップ決勝
WEリーグ杯決勝・INAC神戸戦は、先週の皇后杯に続いて同じ相手と戦うイレギュラーな状況となった。皇后杯では神戸のゲームコントロールに苦しみ、スコア以上の実力差を示される結果となったため、広島としては戦術面だけでなくメンタル面の切り替えが必要な試合である。
スタメンでは、怪我で出場が危ぶまれた中嶋が先発に復帰し、その他ではボランチに柳瀬、左SHに松本が入った。
前回の反省を踏まえたコートチェンジ
大した話ではないが、前半広島はコートチェンジを選択した。理由としては、国立競技場の北側(広島側)は日差しが強く、ロングボールやクロスに対して目測を見誤りやすいリスクがあったからだ。
さらに、1週間前に行われた皇后杯では、神戸側がコートチェンジを選択し、追い風側を取られ、決勝点となったFKを決められている。些細なことではあるが、試合開始の時点で環境面での優位性を得られたのは幸運だったはずだ。
試合後の木稲のコメントでも、後半の被決定機のシーンに関して、日差しの強さが指摘されている。後半はピッチのほとんどが影に覆われていたが、それでも眩しさを感じていたようだ。
形を変えた神戸の保持と引き込む広島
前回の試合と同様に全体を通して、神戸がボールを持つ展開が続いた。しかし、神戸の保持の形と広島の非保持の姿勢が異なっており、どちらかといえば広島側に優位に働いたと思われる。
無理をしない広島の非保持
皇后杯での神戸の保持は、「2CB+DH+GK」の4人でビルドアップを行ったのに対して、この試合では「2CB+SB+2DH+GK」の6人での形に変わっていた。
狙いとしては、広島のプレスに対するリスク管理が考えられる。後方の枚数を増やすことで、前回以上に保持を安定させるのが目的だ。
それに対して広島は前回の積極的なプレス姿勢とは方針を転換し、前に出過ぎずに中盤で構える選択をした。皇后杯では1stプレスが嵌まらず苦戦したが、この試合では組織で中央を閉じながら、神戸の保持をサイドに誘導することに集中しており、プレスが外されても冷静な対応を行った。
右サイドを駆け上がる守屋に対しては、左SH松本がDFラインまで下がって管理を行う。神戸の保持を引き込みながら、誘導先のエリアで確実に人を捕まえるのが狙いと考えられる。相手のやり方を把握した上で、ボールが入ってくるエリアに対して集中した守備が行えた前半であった。
【前半17分:サイドに誘導して人を捕まえる】
守屋の背後に狙いを定めたカウンター設計
非保持からボールを奪取し、陣地回復及びカウンターを仕掛けるまでの設計も用意されていた。基本的な形は準決勝の浦和戦と同じで、左サイドへの誘導からボールを奪い、高い位置を取ったSBの背後に出来るスペースを狙うという流れだ。
ボールを奪ったら守屋の裏のスペースを使って、同サイドの松本・柳瀬のドリブルで運ぶ。サイドに流れたFWの中嶋が引き取って深い位置でドリブルを仕掛けるという形によって、攻め込む神戸を押し返すことに成功した。
中嶋のFW起用の理由は、カウンターの際に「サイドの深い位置で仕掛けさせる」ことから逆算した設計だと考えられる。また、皇后杯からの変更で左SHにスピードに特徴を持つ松本を起用したことも、ボール奪取から陣地回復までの流れをスムーズにした要因だ。
【準決勝・浦和戦の先制点:サイドの裏から松本が運んで中嶋へ繋ぐ】
【前半5分:守屋へのパスをカットした松本が運び、サイドに流れた中嶋が仕掛ける】
ちなみに広島の得点もロングボールを跳ね返した直後に、守屋の上がった裏のスペースを柳瀬が運んだところから始まっている。
【前半31分:広島の得点シーン】
シュートが入ったのは偶然に近い部分もあるが、陣地を取り返すための設計からゴール前までボールを運べたのは狙い通りの攻撃であった。最終的には運も味方したが、組織で作り出した数少ないチャンスを掴み取った得点と言えるだろう。
相手をゴールから遠ざけるラインコントロール
ボールを持たれた広島ではあったが、ゴール前に閉じ込められてシュートを打たれ続けた訳ではない。CBの左山・市瀬を中心とした積極的なラインコントロールによって、相手をゴールから遠ざけ、自陣ゴール前での守備回数を減らすことに成功した。
【前半12分:バックパスに対してDFラインを上げる】
守屋のクロスからスアレスの高さを生かした攻撃は、皇后杯でも脅威となっていたため、前回から対策として自陣ゴール前から相手を遠ざける意図があったと考えられる。
積極的なラインコントロールは、吉田体制になってから重点的に取り組んできた事だ。決勝戦の大舞台でも自信を持ってプレーできるのは、日常から高い意識を持ってトレーニングを積んでいるからだろう。
【前半3分:市瀬のオフサイドトラップ】
セカンドボールで不利に立つ神戸
皇后杯では神戸によるゲームコントロールに苦しめられたが、この試合では前回ほど相手を主導権を持たれ続けたわけではなかった。その要因の1つとして、神戸が保持の形を変えたことで、セカンドボール争いに不利になったことが考えられる。
ポイントになったのは神戸・山本のポジショニングだ。皇后杯ではIHでプレーしており、やや高い位置を取りながら右サイドへのロングボールに対して、セカンドボールの準備をしていた。
この試合では山本選手は2ボランチの片割れのような役割でビルドアップのサポートを行っていた。中央寄りの立ち位置やサイドに降りる動きをしていたため、右サイドへのロングボールに対して、セカンドボールを拾うポジショニングができなかったと考えられる。
【前半31分:サイドに流れているためセカンドボールを拾えない山本】
皇后杯では広島のプレスからボールを失い決定機を作られるシーンが1回だけあった。おそらく神戸は前回の対戦を踏まえて、ビルドアップの枚数を増やしながら保持でのリスクを下げる意図があったのかもしれない。
確かに保持は安定しており広島のプレスは嵌まっていなかったが、ポジションバランスが乱れたことがセカンドボール争いにおける神戸側の優位性は薄れてしまった。
また、広島側も前線の選手が前から追い回すのではなく、ある程度構えて守っていたため、ロングボールに対してプレスバックをしてセカンドボールを拾うためのポジション取りができていたのも大きいだろう。(例:得点時の小川)
自信と覚悟の5バック
後半56分には、笠原に代えて中村を投入し、5バックへの変更を行った。早い時間での判断ではあったが、守備に対する自信と覚悟があるからこその決断だったのかもしれない。
さらに、ただ5バックで自陣に引き篭もるのではなく、相手の攻撃を押し返すアグレッシブな姿勢も見せていた。
貫いた強気のハイライン
5バックに切り替えると後ろが重たくなり、自陣ゴール前に釘付けにされるケースが多いが、試合開始からずっと貫いてきた強気のラインコントロールで神戸をゴール前から遠ざけることに成功した。
【後半76分:相手のバックパスに対してDFラインを上げる】
さらに、ただDFラインを押し上げるだけでなく、神戸の選手が前を向いたら、背後へのボールに対する準備も徹底していたため、裏に走る選手に対しても適切な対応ができていた。
【後半80分:相手が後ろを向いたらラインアップ】
神戸としてはできるだけゴール前にクロスを上げたい状況ではあった。しかし、DFラインが高く保たれていたため、放り込んでもターゲットがゴール前から遠く、決定機を創出するのが困難であった。
【後半77分:ラインをキープしてターゲットがゴールから遠ざける】
【後半95分:ロスタイムでもDFラインを上げる】
陣地を回復するための交代カード
DFラインを高く保ち、神戸の攻撃を跳ね返す広島であったが、ずっとボールを持たれていると、どうしても押し込まれる展開になってしまう。
そのため、後半72分には陣地を取り返すために、ドリブルによる推進力が魅力の瀧澤・渡邊と、裏抜けが特徴の髙橋の3選手を投入した。個による打開で陣地を回復することで、神戸の攻撃機会を削りながら、あわよくば追加点を狙うプランだったのだろう。
【後半73分:渡邊と瀧澤で深い位置まで侵入する】
【後半90分:ロングカウンターで決定機】
自陣に閉じ込められ続けるのを回避し、陣地を取り返す交代カードを残していたことも、逃げ切りに成功した大きな要因と言えるだろう。
気になった選手をピックアップ
この試合で気になった選手をピックアップしていく。
基準にしたい上野の守備技術
上野の守備はやっぱり上手い。今回取り上げるのは後半54分のインターセプトに成功したシーンだ。
【後半54分:右SH上野の守備】
右SHでプレーする上野だが、ボールや味方の位置を基準とした的確なポジショニングに加えて、ボールホルダーの姿勢から次の展開を予測する質の高さが際立っていた。
さらに、瞬間的な反応を可能にするステップワークも素晴らしい。状況を把握し、相手を観察して次のプレーを予測した上で、インターセプトを成功させるのは、細かいステップで最適なポジションを取り続けているからだ。
この先、チームとしてのレベルアップを目指すなら、上野の守備を基準とすべきだ。ポジションを取ってコースを切るだけでなく、「相手を見ながら次のプレーを予測する」「駆け引きをしながら相手を上回る」といった意識も加われば、より強固な守備組織が構築できるだろう。
まとめ
試合全体と振り返れば神戸のペースで進んだ試合と言えるだろう。神戸の方が決定機も多く作れていた上に、こちらの得点はリフレクションが運良く入っただけであった。
それでも勝利を掴み取れたのは、ただ運が良かっただけでなく、勝利の可能性を1%でも上げるために、1つ1つのプレーを徹底し続けたからだ。同じ相手との連戦という難しい試合の中でも、的確な修正を行いながら僅かな勝ち筋に対して選手全員が集中できたことこそ、連覇に成功した要因と言えるだろう。
そして、連覇を実現するためにチーム一丸となって戦い続けた選手たちに賛辞を送りたい。吉田監督が常々言っていた「全員で戦う」という姿勢をピッチ内外で示したからこその連覇である。
特に、試合終了後、立てなくなるほど疲弊した上野や、両脚をテーピングで固めた痛々しい姿でプレーを続けた市瀬など、チームの核となる選手の献身性と覚悟には感謝してもしきれない。
さて、ここから2ヶ月のオフを挟んで、リーグ戦の後半戦が始まる。(消耗具合を考えると皇后杯負けといて良かったかも.…)今はただ連覇の喜びに浸りながら身体を休めてほしい。
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