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その声はニュアンス以上

3本の短い動画がある。
若い男性が朝目覚めてから自分の部屋を出るまでの様子を描写したもので、
「今日も1日が始まる」という一文で始まり、終わる。
基本的な動画の内容と、ナレーション(文章)は全く同じなのだが、
各動画の最後のカットと、ナレーターが異なっている。

NHKで放送された『無敵のボイス』という、声をテーマにした番組の1コーナーだ。

3本の動画のナレーターは、以下のようになっている。

A.佐藤賢治さん
 (アメトーークとか、ガキ使の方…といえばピンとくる人も多いはず)
B.立木文彦さん
 (声優さんでもあるけど、今回はあくまでナレーション。
  イッテQよりは、アンビリバボーのイメージ…)
C.窪田等さん
 (なんといっても情熱大陸)

最後のカット、ナレーター。
違うのはそれだけなのに、見ているこちらが得られる情報はそれぞれがまるで違う。

Aはあくまで朗らかに、楽しく、HAPPYに。
バラエティなラブコメ感が全開で、最後の「今日も1が始まる」の期待に満ちた雰囲気が、「彼」の気持ちを代弁している。
絶対に楽しい1日なるのが伝わってくるし、
見ているこちらもHAPPYな気持ちになってくる。

Bは、もう、最初の一声「今日も1が始まる」がのっけから不穏。
「外は雪」「彼女とお揃いのスニーカーを履いて」のくだりでは、
(むしろ好都合だ)みたいなニュアンスが透けて、犯罪臭しかしない。
最後のカットで明らかに盗撮の彼女の切り抜きが何枚も貼ってあるのが映されてああああー!(彼女逃げて―)となること請け合い。

Cはスタートからシリアスな雰囲気に引き込まれる。
「朝起きて、まず考えるのは彼女のこと」と、他のバージョンと共通の文章のはずなのに、なぜか「今は亡き彼女のこと」ということが伝わる不思議。
「最近、料理を始めた」というのも、何か事情があって、最近始めざるをえなかった…という彼の事情がうかがえる。
淡々と事実を並べるようで、極端な肩入れや安い同情を排しつつ、それでも真摯に誠実に「彼」を見つめようとする姿勢が素晴らしい。
「今日も1日が始まる」という彼の1日が、決して楽なものではないことも、それでも「彼」が始めようと歩き出していることもわかる。
最後のカットが彼女の遺影で終わるのだが、見ているほうは、その前に事情を察することができてしまう。
しかも、全体的に深刻なトーンのために、病気などではなく、事件や事故の気配も感じることができるのだ。

…おわかりいただけるだろうか?
BとCでは、加害者と被害者が入れ替わっているのである。
繰り返すが、動画は最後のカット以外同じもので、読まれる文章も同じなのだ。最後のカットは、いわば解答にあたるものなので、実質的に違うのは読む人だけということになる。
それなのに、これだけの差が生じているのだ。

言葉が、言い方ひとつで印象を大きく変えるのは、日常生活を送っているだけでも容易に実感できるだろうが、セリフだけでなく、文章の読み方と声の印象でニュアンスどころか情報まで違ってくるとは新鮮な驚きだった。

声の不思議と魅力、その力を駆使する様々なプロの技…実に奥深い世界なので、再放送だけでなく、シリーズ化してもっと見せてほしい。
(びじゅチューンみたいに、このコーナーだけでもYouTubeにアップするとかしてくれてもいいのよ…?)

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