『アライバル』を読む
「最大の雄弁は沈黙である」という言葉を残したのは
誰だったか、すっかり忘れてしまったが、
この本を「読む」ときには、いつもこの言葉を思い出す。
この本には、タイトル以外に文字らしい文字はない。
なんなら色もほとんどない。
にもかかわらず、ある男性の、新天地での悲喜こもごもが、完全に「語られて」いる。
信じられないことに、緻密で繊細でやわらかな鉛筆画が、
人々の表情で、手の動きで、あるいは景色や構図…その他全てで、言葉よりも雄弁に、物語っているのだ。
この本を読むと、聞こえないはずの音楽、街の喧騒、不穏な叫び、男性のため息、女性の息を飲む音、老人の過去、子供の笑い声に…自分から耳をすましてついつい聴きいってしまう。
こんな「読書体験」は、なかなかない。
(なるほど、この本はビジュアルノヴェルともいうらしい…)
全編通じて、基本的にはファンタジーなのだが、独特な存在感と妙なリアリティがあることにも驚かされる。
たぶん、どこかの誰かの話として十分に事実足りえるからだろう。
ここで描かれている人々の不安や恐怖や苦しみは、もしかしたら自分のおじいちゃん、おばあちゃん、もしくは駅でいつもあう外国人男性、隣のクラスの留学生、そういう身近な誰かに繋がっているのかもしれない…と思わせるだけの説得力がある。
むしろ、そういうものを自分事として感じてほしくて、あらゆる言葉を排除することにしたのかもしれない。
なんといっても「最大の雄弁は沈黙である」のだから。
眺めるだけなら10分とかからないが、読もうとおもえば何時間でも読める。
手元に置いておく意味のある、お気に入りの1冊だ。
またお便りします。
ショーン・タンでは『エリック』も大好きなわたしより。