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生活こそが全てであることについて

(※今日の内容を音声で楽しみたい方はコチラからどうぞ(^^)↓)


人生、というとなんというか大げさに感じるけれど、結局のところはどう生活するか、日々をどう過ごしていくかということなのだと思う。

自分がちゃんと実感できるのは、「今ここ」であって、過去や未来というのは、あるのかどうかもよくわからない。

だから目の前にある、実感できる「今ここ」をどう生きていくかということが、後になって振り返ってみた時に「人生」というふうに見えるような気がする。

今ここをどう生きていくか、それはさっきも書いたけれど自分がどう生きていくか?、もっと現実的にいうと、どう生活していくか?ということになる。

朝起きてから、夜寝るまでに何をするか、何を食べるのか、誰と一緒に過ごすのか、どういう時間を過ごすのか、どんな気持ちで過ごすのかといった普段の生活そのものが全てというか、人生そのものなんじゃないかとも最近は感じる。

僕は生活すること、そのものが好きである。

寝ることもそうだし(1番に好き)、朝いつも同じ時間に起きること、布団をたたむこと、すぐにパジャマから着替えること、顔を洗ったり歯を磨くこと、ラジオ体操すること、猫にご飯をあげること、掃除すること、片付けすること、洗濯することなどなど、ひとつひとつは何にも特別なことではないし、地味といえば地味である。

そしてだいたい毎日のように、同じようなリズム、ルーティンで生活をするわけで、僕としてはそういう規則正しい生活が好きだし、自分には合っていると感じながら、日々を楽しく過ごしている。

とはいえ、もうちょっと若い頃は、そういう生活のあれこれがめんどくさかったし、できればやりたくないと思っていた。

夜ふかしをして、寝る時間も日によって違うから、起きる時間も変わるし、なんとなくダラダラと過ごすことも多かった。

掃除とか片付けにも興味がほとんどなくて、洗濯もめんどくさいし、いわゆる生活のためにするあれこれを楽しくやるなんてことは、考えてもみなかったことだった。

それが今では、そういう生活でする地味なことが、大好きとも言えるようになったし、楽しめるようになった。

今は朝の5時には起きて、すぐに着替えて布団をたたんで、歯を磨いたり顔を洗って、軽く瞑想して、白湯を飲みながら、このnoteを書くのが朝のルーティンになっている。

そしてこの朝の時間が、毎日の楽しみにもなっている。

そもそも別に早起きする必要もないし、誰かに文章を書けと言われているわけでもない。

全て自分がやりたくてやっていることだし、若い頃の自分からしたら信じられないことだけれど、今の自分はそういう生活に楽しさを感じ、幸せを感じている。

何も特別なことをしなくても、やっていることが(かなり)地味であっても、生活そのものを楽しめるようになると、人生も自然と楽しいものになると感じている。

人生というと、何かで成功したり、有名になったりみたいな、とても華やかなことがあることがすごいみたいなイメージもあるけれど、そうである必要は、少なくとも僕の人生においては、全くないと思う。

人から見たら地味で単調で、つまらなそうな人生であったとしても、僕自身が日々の生活を楽しく過ごして、幸せを感じながら生きていれば、それで十分であるし、それこそが僕の望む人生でもある。

だから、これといって特別なことは何もない日々を、生活そのものを、これからも楽しく心穏やかにのんびりと過ごしていきたいものである。


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ささきたけよし
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