フェーズ3.LGBTに対する課題が見える化する(顕在化する)
さて、LGBTであることをカミングアウトした従業員が現れると、組織や周囲の関係者は少しずつ「あれ? これは…今のままでいいのだろうか?」「この発言や対応は、NGなのではないか」と気付き始めます。
LGBTの中でも、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルと、トランスジェンダーとでは様々な違いはありますが、いずれにしても、組織の課題が浮き彫りになるという共通点があるように私は感じています。
■トランスジェンダーに関する、組織の課題
トランスジェンダーの方が、もしかしたらわかりやすいかもしれません。例えば、「性別欄って、男性か女性かの選択式だけど…、これは本人が望む性別に〇をしてもらえばいいの…?」とか。「トイレは、どっちを使ってもらうのがいいの?」とか。「スーツや制服は、どうするの?」とか。
多くの組織では様々な設備や準備物が「身体の性も心の性も男(性対象は女)」か「身体の性も心の性も女(性対象は男)」のどちらかで用意されていることが多いため、トランスジェンダーがそこに現れると、「どうしたものか」と課題に直面します。社員寮や社員旅行の部屋割りも、同じく、かもしれませんね。「本人が望む性で、割り振っていいのだろうか…」と悩む担当者や周囲の関係者からの相談も寄せられました。
ちなみに、私は研修講師ですが、2014年くらいから新人研修に登壇する際に気を付けていることがあります。それは、身だしなみについて新人同士でチェックしてもらう際に、「男性はこっち、女性はこっちに集まって、お互いに身だしなみをチェックしましょう」と言わないこと。トランスジェンダーの中には、「私はどっちに行けばいいのか…」と戸惑い迷ってしまう人がいるため、男か女で分ける指示出しはしないことに決めました。
■組織の「女性」活躍についても、考え直す必要がある
研修についてもう少し語れば、「女性活躍推進研修」や「女性リーダー養成研修」といったように“女性”がタイトルにつく研修の企画や登壇にも注意を払っています。多くの女性が「結婚」「妊娠」「出産」「育児」とキャリアのバランスを考えるからといって、「女性は結婚・出産・育児をしながら働きます」と決めつけにも捉えられる表現はNG。
女性の中には、それらを望まない人もいますから、「女性活躍推進研修」のコンテンツ自体が、ハラスメントリスクになってしまう恐れもあります。「結婚」「妊娠」「出産」「育児」については望んでいても得られない人もいれば、望んでいないのに得る人もいるので、「女性」という言葉で多数の人をまとめて扱うことに、私は抵抗を覚えます(と言いながら、「LGBT」という総称で、人をまとめて扱っているのですが…)
そもそも、トランスジェンダーの内、MtF(ざっくり言うと、男性の身体で生まれた後、女性として生きていくことを選んだ人)は女性活躍推進の枠にカウントされているのか、戸籍上の性で扱われるのか、本人が望む性別でキャリアを支援してもらえるのか?といったことも確認が必要です。MtFが参加する女性活躍の研修で、「女性のライフイベントである妊娠と出産が~」と講師が話すのはどうなんだろう…?なんてことも、私は考えてしまいます(じゃぁ、どうしたらいいのか?と訊かれたら、性別に関係なく、「妊娠」「出産」と仕事を両立したい人を募集すればいいのでは?というシンプルな提案になるのですが。だって、男性でもパートナーのライフイベントとビジネスの関係性について学びたい人はいますよね)。
■レズビアン、ゲイ、バイセクシャルに関する課題
レズビアン・ゲイ・バイセクシャルについては、トランスジェンダーに比べて、誰がそこに該当するのかが見えにくいのが厄介な点です。私がカミングアウトした後に、様々な人が「私、これまでに、渡辺さんに何か失礼なことを言ってきていないかしら?」とか、「気に障るような表現をしてきていたのなら、謝る」とか、そういった声をかけてくれました。きっとカミングアウトをきっかけに、皆、それぞれに自身の言動を振り返ったのだと思います。
私自身はあまり気になることはなかったですが、むしろ周囲の関係者が気を遣ってくれるようになり、申し訳ないような気持ちになったのを覚えています。
私のいた会社には社員寮はありませんでしたが、仮にあったとしたら、私は気にしなくとも、周囲の関係者(男性)はどう感じるのだろうか?と気にしたことはあります。社員旅行もありませんでしたが、部屋割りについては同室の男性が抵抗感を覚える可能性は大いにありますよね。現にカミングアウトした後に、ほとんど初対面に近い人から「俺のこと、好きになられたら困るよ」と言われたことがあったので、「そういう風に思う人もいるんだな」と不思議に思ったのを覚えています。
そういえば、これは互いの間に関係性があったから許されることですが、「渡辺さんはゲイなんだねー」と確認した後に、「でも、渡辺さんがゲイだって分かったからって、色々と気を遣うのは嫌だから、これまで通りに普通に接するねー。色々と面倒くさいから、失言しても許してねー」と、あっけらかんと笑って話しかけてきた同僚がいました。もともと仲が良かったので「普通に接してくれるの嬉しい。ありがとう~」と返しましたが、「でも失言があったら、一応、ツッコミを入れるね~」とも付け加えました。周囲の関係者の中に、クローゼットのLGBTがいたら、その発言に対してどう感じるか不安だったからです。
■「うちの会社にはLGBTはいない」と思っていた組織に訪れる変化
それまで「うちの会社にLGBTはいない」と思っていた組織に、LGBTが現れたら、そのカミングアウトの前後では、何気ない日常が大きく変わっていきます。それまでの当たり前のルールや前提を見直す必要性も、新たに生じてくるかと思います。
もうひとつ思い出したエピソードがあります。
ちょうど、世の中がダイバーシティ推進を当たり前にしよう、と思っていたからかもしれませんが、私がいた会社には、社員が結婚したり、出産したりしたら、皆の前で花束とお祝い金を渡されるというイベント(行事?習わし?)がありました。ただ、ある日、役員の一人が「渡辺さんは、こういうのを見て、傷つかない?」と訊いてきたことがあります。私は当時、ダイバーシティ推進の案件を複数抱えていたので、「私は何も思わないし、素直に“おめでとう!”って思いますが、例えば、結婚したくてもできない人や、離婚した人や、不妊治療している人は複雑な心境かもしれないですね」と答えたような記憶があります。
それが直接のきっかけではないと思いますが、いつからか、イベントはなくなりました(「元恋人が職場にいたら気まずいですね」とも思ったのですが、それは相手が役員だったから、控えました。口をつぐんだことも記憶しています)。
■カミングアウトしたことを公表したら、採用面接に臨むLGBT学生が増えた
また自身の経験に基づく話になり恐縮ですが、研修事業会社で働いていた私は、自身のカミングアウトを、ビジネスに使うことにしました。世の中の多くの組織が「LGBTなんて見たことない」という状態だったので、そんな組織にLGBT研修やダイバーシティ関連のセミナーを提案するうえでは、「うちのダイバーシティ担当には、女性もいますし、ゲイもいます」と謳った方がインパクトがあると思ったからです。
LGBTの採用についても何とかしたいと思っていたので、自分が所属する企業の採用ページにも、「カミングアウトしたLGBTがいます」「管理職になっています」との文言を載せ、「当社はダイバーシティ推進に取り組んでいます」とアピールしました。
驚いたことに、その年の新卒採用に、LGBTを名乗る学生が多数応募してきたこと。中には残念ながら「本当に…? そう言えば、選考が通ると思ってない?」と疑わざるを得ない応募者もいましたが、多くの学生が、自身のセクシャリティに悩み、でも自分らしく生きようと決め、面接に臨んでくれました。LGBTだからといって採用するわけではないので、周囲の関係者から「渡辺さんは厳しいなぁ」と言われましたが、それらの発言を受けてまた、「ダイバーシティの本質を理解してもらうのは難しい…」と感じたのも懐かしい思い出です。
事前に情報がなく、面接の当日に「実は私はLGBTです」とカミングアウトする学生が増えたことから、組織としては面接官になるメンバーには適切な知識を付与する必要があるのではないか、といった課題も見えてきました(これについての記述は次の章に譲ります)。
■“常識だと思っていた価値観”が常識ではないと知った時
さて、「男は女を好きになる、女は男を好きになる」「生まれた時の身体の性と、本人が自認する性は、一致して当然」といった“常識だと思っていた価値観”が、必ずしも常識ではないと分かった時、その現実を突きつけられた人たちは動揺し、戸惑うようです。人が集まる組織もまた、様々な課題に直面します。これが、LGBTが現れた組織が迎えるフェーズ3の状態です。
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