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変わらぬ関係
中村健太郎はパソコンの電源を入れて、缶ビールをマウスの隣に置いた。
時刻は午後9時。
社会人3年目になって、大親友の西村航《わたる》と菊池光一と馬鹿な話もできなくなった。お互い一人暮らしだから、いつでも集まれる。集まれるからこそ、かえって集まらなくなるものだ。
そんな状況が続く中、久しぶりにZOOMで飲もうと連絡をもらった時には、思わず飛び跳ねた。
冷蔵庫にはギンギンに冷えた酒を用意した。
健太郎は準備万端の状態で、2人に招待メールを送った。すでにシャワーも浴びた。あとは酒を飲むだけだ。
航と光一とは、小学校の頃からずっと一緒で、いたずらばかりしてきた。学校で怒られる時も、いつも3人一緒。担任の先生に掃除道具のロッカーから3人が遺体で発見されるドッキリや、バレンタインの日にクラス中の女子の名前で先生の下駄箱に激辛チョコを詰めたこともある。
今となっては、可愛らしい青春の想い出。
大学生になってからも、ルームシェアをして人生を共にした仲間。それが社会人ともなると、一気に時間がなくなった。だから今日は、徹夜で語り明かすと、一ヶ月前から約束してあった。
定刻を少し過ぎて、航と光一が集まった。
ヘッドフォンをしながら、お互いの顔を見ただけでニヤニヤが止まらない。
「航も光一も変わんねぇな」
「健太郎こそ、少し日焼けしたくらいか。そば打ちの腕前は上がったか?」
医者になった航が、画面に顔を近づけた。部屋の後ろには医学書がぎっしりと並んでいる。雑巾を顔にのせて遺体をやっていた航が、今や白衣だから世の中わからない。
「上がんねぇよ。そう簡単に上手くなるかよ」
「積もる話は後にして、まずは乾杯しよーぜ」
光一は今や弁護士だ。部屋の後ろには六法全書。モップの柄にケチャップを塗って腹に突き刺していた遺体が、今やスーツだ。
3人でプルトップを開けて、小型のカメラに近づけた。
「乾杯!」
懐かしい話に花が咲いた。中学校の時、誰が好きだったとか、ルームシェアの時に誰が家賃を滞納していたとか、どうでもいい話で永遠に盛り上がれた。
時刻が午前0時になる瞬間までは……。
「おい、光一。誰かと一緒に住んでるのか?」
光一のカメラの奥に、人影が見えた。リビングのすりガラスの向こうに、人影がはっきりと確認できた。
「くだらない冗談で、俺を驚かそうってのか? ガキじゃあるまいし」
健太郎が目をこすると、人影は消えていた。
「あれ? 酔ったか?」
「ほらな。またいつもの嘘だ」
航が笑った。だが、次の瞬間、健太郎は絶句した。
光一の隣に、人の右足と斧が見えた。
「おい! 光一、隣!」
「二番煎じか? ったく、つまんねぇ」
光一がビールを飲みながら馬鹿にした。
「航にも見えてるだろ?」
「ん? わりぃ、ビール零したからちょっとタイム」
航が顔を伏せて、慌ただしく床を拭いている。
「光一、頼むから真面目に聞いてくれ」
「だから、お前はいつも――」
一瞬で斧が振り下ろされた。
光一の首が飛び、画面が血飛沫で染まった。
健太郎は声が出なかった。
「何、大きな口を開けて、震えてんだよ。その手には乗らねぇっての」
航が眉間に皺を寄せて顔を上げた。
「ん? 光一の画面、汚れてんな」
「血だよ、血!」
航が腹を抱えて笑い出した。
「アホか? こんな安い仕掛けでビビるかよ」
ダメだ。
殺害の瞬間を目撃していないから、信憑性が伝わらない。
警察にすぐに電話しないと。光一の住所は確か大阪だ。だが、正確な住所が分からないと動き出してもらえない。
どうすればいい。
「航! 光一の住所わかるか?」
「なんだよ、突然。ちょっと待ってろ。フォルダに入ってるはずだから」
航の視線がカメラから逸れた。
――その時だった。
血の滴る斧が、航のディスプレイの奥に映った。殺人鬼が、今度は東京にいる航の部屋に現れた。あり得ない。どうやって大阪から東京に。
「航! 後ろだ!」
「横って言ったり、後ろって言ったり。忙しい奴だな。今、光一の住所データを探してやってんだから、待ってろ」
斧が振り下ろされた。
健太郎は思わず目を閉じた。
「嘘だ……」
薄目を開けると、航のモニターも血だらけだった。親友が一夜にして2人も殺された……。
警察だ。早く警察に連絡しないと。手が震えて、上手く操作できない。
健太郎は焦ってスマホを落とした。
「クソッ!」
拳をデスクに叩きつけると、アパートのインターホンが鳴った。
何だ。
こんな時間に今度は誰だ。
まさかな。嫌な予感が脳裏を過る。ここは愛知だ。絶対それだけはない。
健太郎は震えながら、立ち上がった。
パソコンの画面の中から、小さな笑い声が漏れている。
「てってれ~!」
光一と航が血だらけの顔で、モニターに再び姿を現した。
「お前らマジかよ……。医者と弁護士が揃いに揃って」
「仕事は関係ねぇよ。担任の先生の気持ちが十数年ぶりに分かっただろ?」
怒り狂いながら乾杯した。それでも数分後にはやっぱり笑っていた。