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事業承継メディア開始についての思い・ビジョンを語る 〜 高浜敏之(土屋 代表)×楠橋明生(土屋 CMO)対談
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介護福祉事業を展開する株式会社 土屋(つちや)の代表取締役・CEO(最高経営責任者)の高浜 敏之(たかはま としゆき)は、事業承継に特化したnote(Webメディア)を設立しました。
土屋は2020年に代表の高浜が創業した企業です。土屋の展開する介護福祉事業の中でも主力となっているのが、重度訪問介護事業を中心とした介護事業。全国47都道府県に拠点があり、従業員は約2600人(2024年現在)です。人材不足などが課題とされている介護・福祉業界において、創業から数年で全国規模に成長した土屋は、業界でも一目置かれています。
そんな介護事業の企業の代表が、なぜ事業承継についてのメディアを運営するのでしょうか。高浜が土屋 CMO(最高マーケティング責任者)の楠橋 明生(くすはし あきお)氏と対談し、事業承継やWebメディア開始についての思いや考えを語りました。
事業承継の重要さを発信するためにメディアを開始
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楠橋:
土屋のCMOとして、事業承継についてのWebメディアのプロジェクトを高浜さんとともに進めてきました。いよいよメディアが発足するということで、事業承継についてのWebメディアを始める目的をあらためて教えてください。
高浜:
私自身の事業承継を最良の形で行うため、事業承継を経験したさまざまな経営者の方にお会いし、お話を聞きたいからです。事業承継を経験した経営者や専門家たちの話を聞き、知識と洞察を深め、自身の事業承継に生かすことを目指しています。とくに失敗事例の話を聞きたいです。失敗から学ぶことは多いのではないでしょうか。同時に、私と同じように事業承継が必要な方の参考になる情報を発信できたらと思っています。
楠橋:
高浜さんの事業承継にかける強い思いを感じます。その背景を教えてください。土屋を設立して数年。高浜さんもまだ50代前半ですよね。
高浜:
人間はいつ亡くなるかわかりません。 理論上は一時間後に死んでいる可能性もあります。だから突然の事態に備えるためにも、事業承継の準備は早ければ早いほど良いと考えるようになりました。
楠橋:
なるほど。たしかに死んだとき、事業承継について何もしてなかったのと、少しでも準備をしていたのでは、残された人たちの負担が大きく変わりますよね。ところで高浜さんは以前より事業承継に関する知見を深められているかと思うのですが、その中で見えてきた課題などはありますか?
高浜:
これまでの情報発信において、事業承継を「受け継ぐ側」の発信が多く、事業を「渡す側」の声がほとんど聞かれない現状があります。「渡す側」の声とは、事業承継が行われる前の段階での声のことです。私は「渡す側」の情報発信が少ないことは、事業承継における重要な課題であると感じています。
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楠橋:
事業を「渡す側」の声が少ないことは、どのような点で問題があると思いますか?
高浜:
事業承継の成否は、事業を「渡す側」が大きく影響を及ぼすと考えています。事業承継とは多くの場合、渡す側が「こうしたい」という道筋に、「受け継ぐ側」が合わせる形であるためです。だから「渡す側」次第で、会社・従業員・顧客・設備などに大きな影響を与えることになります。場合によっては「渡す側」の一存により、従業員や顧客の生活に支障が出る可能性もあるんです。それだけ重大なことにもかかわらず、多くの「渡す側」の人は事業承継について語ることが少ないと思っています。
楠橋:
確かに適切に事業の承継を行わないと、従業員の雇用やサービスの利用者にも大きな影響が出そうですね。そう考えると、事業承継は創業者・経営者にとって非常に重要なテーマだと感じます。高浜さんは、これまで多くの創業経営者にお会いしてますよね。お会いした方々はどうだったのですか?
高浜:
事業承継について真剣に考える創業者は少ないと感じています。事業をしている人は、事業を承継することを考えていない、または考えたくないという人も多いですね。
楠橋:
やはり事業が忙しく、事業承継について考えるのは二の次・三の次になってしまうんでしょうか。
高浜:
そうですね。ほかにも自分は事業のトップマネジメントを司っており、それが存在意義と考えている人も多いようです。なかには、事業承継をすることは自分の存在意義を奪われることだと思っている人も見られます。「自分の死後や引退後は、会社を売却すればいい」くらいに考えている方もいるようです。でも私自身は違う考えを持っています。
楠橋:
創業者だと、自分と会社の境界が曖昧になっているケースもありそうですね。高浜さんは異なる考えということですが、高浜さんの考えを聞かせてください。
高浜:
事業を始めた以上、経営者には従業員や顧客のために事業を守る責任があります。自分の死後・引退後に事業をどうしていくかは、非常に重要なこと。なのに、それについて考えていない経営者が多い今の状況だと、残された経営陣・従業員・顧客・そして経営者の家族が困り果ててしまう事態が多発するでしょう。
楠橋:
そうならないためにも、経営者は生きている内から事業承継の準備に取り組まなくてはいけませんね。高浜さんの話を聞けば聞くほど、事業承継の重大さを感じます。ただ、高浜さんのように事業承継の勉強を始め、事業承継について真剣に考えている方はやっぱり少数派ですよね。
高浜:
はい。少数派だと実感しています。だからこそ、事業承継の重要さや学んでいることを発信するのは、意義があることではないでしょうか。事業承継について本気で考える経営者が少ないという現状を打破し、事業承継の意義を社会に広めるために、メディアを通じた発信を決めました。
楠橋:
このWebメディアの記事を読んで、「事業承継について考えてみよう」と思う方が一人でも増えたら嬉しいですね。
事業承継を目指し、家族への早期教育を実施
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楠橋:
さきほど高浜さんは、事業承継の準備を早期に進める重要性を話されました。今はどのような準備が進んでいるのでしょうか?
高浜:
はい。その前に説明したいのが、事業承継にはいろいろなやり方があることです。親族内事業承継、M&A、IPO、MBOなどです。M&AやIPOは「売買」によって事業を譲り渡す仕組み。一方で、親族内事業承継は「つなぐ」ことを重視しています。自分(土屋)にとっては「つなぐ」形の方が合っていると思うので、親族内での事業承継を考えています。選択肢として売買を捨てているわけではありませんが。
※注釈
M&A:企業の合併・買収
IPO:株式の公開
MBO:経営陣による株式や事業の買取
楠橋:
ちなみに高浜さんの場合のご家族は、奥様とお子様が2人ですよね。ご家族とは事業承継に関してどういったコミュニケーションが行われているのでしょうか?
高浜:
我が家では弁護士を交え「ファミリーガバナンス契約書」を作成し、家族間での合意形成を図っています。自分が死んで株式を相続したり、生前に株式を贈与したりしたあと、どのような体制で会社を運営していくかについて妻と何度もコミュニケーションを行い、備えています。子供はまだ小さいのですが、今のうちからオーナーのあるべき姿や会社経営のようなものを、少しずつですが教えていっていますね。
楠橋:
奥様は分かる気がしますが、まだ小さなお子様ともコミュニケーションを開始されているんですね。 お子様とのコミュニケーションも、やっぱり早く進めておくことのメリットがあるのでしょうか?
高浜:
将来、自分の子供に事業を承継させたいなら、小さなころから事業や会社に触れ合う機会を与えるべきだと思います。例えるなら、スポーツ選手や音楽家が小さなころからスポーツや音楽をやっているのと同じですよ。
楠橋:
なるほど。わかりやすいです。
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高浜:
なかには配偶者や子が承継を希望しない可能性もあります。承継してもらう可能性を高めるためには、早い段階から配偶者や子供が会社に触れる機会を増やすことが重要です。そのために私は妻や子供に、会社の経営のイベントに同席してもらうことが少なくありません。
楠橋:
単純接触効果によって、会社へのポジティブな感情をもってもらうのですね。たしかに、よくイベント等で奥様・お子様をお見かけしますが、そういう意図もあったのですね。私自身、景子さん(高浜氏の妻)にはさまざまな場面で非常に良くしていただいています。
高浜:
ほかの理由として、会社への感謝の念を持ってもらうことがあります。会社の利益によって自分たちが生活できているという気持ちを持ってもらいたいから。承継した際に、会社の経営陣や社員の生活を守るという意識を自然と持つように。
楠橋:
たしかに知っている人がいる会社だと、自然と好印象になりますね。
高浜:
配偶者や子供が、会社に対してどのような感情を抱いているかは大切なんです。悪い印象だったら良い結果にはなりませんから。
楠橋:
重要ですね。もし配偶者や子供が会社と接点がなかったり、名前くらいしか知らなかったりする場合だと、承継したときに会社や関係者の人生を考えず、簡単に大きな影響のある行動をしてしまうかもしれません。それに土屋の介護事業は、社会的責任が大きいです。利用者にも迷惑がかかることは、避けなければいけませんよね。
高浜:
そのとおりです。私たちが提供するサービス重度訪問介護の利用者は、全国に約900人います。利用者の約30%は筋ジストロフィー症などの難病を抱えており、人工呼吸器が必要な方々です。重度訪問介護によって、望まない施設での生活を送っていた方々が、在宅生活で自分自由や生きがいを取り戻しています。家族や友人と過ごす時間が増えることは、利用者にとって大きな喜びとなっているのです。
楠橋:
もし土屋が事業を継続できなくなれば、利用者はサービスを受けられなくなります。そういう事態に陥れば、利用者はふたたび望まない施設生活を送ることになります。利用者の方の自由や生きがいを取り去ってしまうことになりかねません。
高浜:
土屋の事業は利用者にとって不可欠な存在であり、私たちは高い社会的責任を負っています。妻や子供には、こういった事業の重要性も感じてほしいのです。
事業承継は合理性よりも「情」「絆」の問題
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楠橋:
高浜さんが親族間の事業承継以外の選択肢、たとえばM&Aを選ぶ可能性はゼロでしょうか?
高浜:
可能性はゼロではありませんが、M&Aを選ぶときは極めて限定的な状況のときだけになると思います。経営効率の観点から見れば、M&Aは合理的な選択肢であることは間違いありません。しかし事業承継は、合理性ではなく「情」や「絆」の問題。だからこそ、より個人的で感情的な要素が絡んでくるのです。
楠橋:
合理性よりも感情の問題だから、ご家族に会社や事業に対してポジティブな感情を持ってほしいんですね。
高浜:
私がM&Aを選択しない最大の理由は、一緒に働いてきた仲間との別れが辛いから。M&Aをしたとき、経営陣が一新されるケースがほとんどです。例えるならM&Aは臓器移植。買い手側は自分たちと連携しやすい人材を経営の中心に据えます。
楠橋:
確かに買い手の立場になって考えると、経営陣の入れ替えをして、買い手のカルチャーに合わせたスムーズな運営をしたくなるのも分かります。
高浜:
苦楽を共にしてきた人たちが会社を去ることに、私は耐えられません。事業承継を経験した人にM&Aを選択しなかった理由を尋ねると、多くの場合、同じ答えが返ってきました。
楠橋:
ともに何度も修羅場を乗り越えてきたからこその思いですね。ちなみに高浜さん自身も、買い手として同業者のM&Aをいくつか経験していたと思います。そのときはどういった背景だったのでしょうか?
高浜:
介護業界では後継者不足が顕著であり、大きな課題となっています。後継者不在に悩む同業経営者からM&Aについて相談があり、その会社を救済し、事業を守るためにM&Aを行いました。私が経験したM&Aは事業の存続を第一に考えたもののため、経営陣は自主的に退陣されたので、さきほどのような辛いケースではありません。
楠橋:
そうなんですね。このように関係者全員がWIN-WINとなる場合は、M&Aが適した選択といえるかもしれません。
高浜:
はい。ただし同じ状況が土屋でも実現できれば理想的ではありますが、その確率は低いのではないでしょうか。
土屋が目指すのは所有と経営の分離
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高浜:
注意してほしいのは、事業承継という言葉には「所有権の承継(株式の承継)」と「経営権の承継」の2通りの意味があることです。両者は分けて考える必要があります。よく分からずに、この2つを混同しているケースも多いんです。
楠橋:
そもそも両者の違いについて知識が不足していることも、事業承継がスムーズに進まない要因のひとつなんでしょうね。ちなみに高浜さんが準備している事業承継は、どちらの承継になりますか?
高浜:
所有権の承継(株式の承継)です。土屋の場合、所有権は妻や子供に引き継ぎ、経営権は現在の経営陣が担う形で、所有と経営を分離することを目指しています。
楠橋:
この形であれば、所有者は普段別の仕事に従事することもできますね。
高浜:
だから私は子供たちに、積極的にほかの分野でキャリアを築いてほしいと考えています。個人的な願望では、子供たちには医療の道に進んでもらいたいですね。
楠橋:
医療と介護・福祉は相乗効果がありそうな印象です。将来的に土屋の介護事業と連携ができるかもしれませんね。
高浜:
経営者の中には、子供に経営のノウハウを学ばせる目的で、金融業界に進ませる人も多いようです。しかし私の考えは違います。経営者にはモラルが求められるので、人間性を磨けるような仕事の経験が重要だと信じています。経営者の判断が、多くの関係者の人生を左右することがあるからです。
経営者が避けては通れない事業承継について考えるきっかけを与えたい
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楠橋:
事業承継に関する高浜さんの考えや思いを聞いてきました。事業承継について、今後の展望や課題などはありますか。
高浜:
事業承継の準備は早い方がいいとは言いましたが、一方で事業承継に完璧な形は存在しないとも思っています。さきほど述べたように、事業承継は最終的に「情」の問題だからです。それでも絶対に準備しないよりはした方がいいので、可能な限りの準備を進めています。事業承継についてしっかりと準備している会社は土屋くらいしかないぐらいに周到なんじゃないかな。でも自身の実感としては、やるべきことの6割くらいだと感じています。
楠橋:
なるほど、特に大変なプロセスはどんなところでしょうか?
高浜:
事業承継の準備のプロセスは、ほかの経営陣や従業員といった周囲から理解が得られにくいのが欠点でしょうか。「将来的に必ず対策しなければならない」という長期的な視点を、短期の取り組みに持ち込んでいるので致し方ないと思います。
楠橋:
会社の所有権のことですから、イメージしづらいかもしれませんね。
高浜:
そうですね。また対策として「なぜ事業承継の準備として、こういうことをするのか」という点を、しっかりと説明することに力を入れています。ただし「完全に理解してもらうのは難しい」と割り切るのも大切。少しだけでも理解してもらうことが重要なんです。少しだけでも知っているのと、まったく知らないのでは、周囲が抱く思いが変わってきます。
承継後は文化活動や社会貢献活動、いろいろな人との交流を楽しむ
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楠橋:
私は事業承継したあとに楽しく幸せな人生を送れるかどうかって、重要なことだと思うんです。高浜さんは60歳で退陣予定と公表していますが、その後はどんな人生をイメージされているのでしょうか?
高浜:
引退後の人生の楽しみより、経営者としての責任を果たすこと、つまり最良の状態での事業承継を完遂することが最大の目標ですね。その後は静かに会社や子供を見守りたいと思います。
楠橋:
それは意外な答えですね。僕は勝手ながら高浜さんには、退陣後の人生も楽しく過ごしてほしいなって思いがあります。たとえば高浜さんは哲学科を卒業されていますが、読書を楽しもうとかはないですか? 読みたい本をたくさん読むとか。
高浜:
今でも結構読めているのですが、読書はしたいですね。哲学書を読んだりとか、ほかにも座禅したりとか。文化活動のようなことはやる可能性があるかな。そういったのは好きなので。ほかにも寄付や社会貢献活動もすると思います。あとは、さまざまな人と会って会食したりして交流をしたいですね。
楠橋:
たくさん楽しみがありそうで、それを聞けて安心しました!(笑)