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2024年②

この時期、新装版のアガンベンのバートルビーを読み直してた。月曜社の本は装丁は美しいものが多い。昔は日本の本は醜いとか思ってたけど最近むしろ逆。旧版は高額になっていたので新しく素敵なバージョンを予約購入し何度も読み直している。メルヴィルの作品自体をアガンベンやデリダだのドゥルーズだの多くの人間が、ある特定のタイプの現代美術作品にとって最重要文献の一つにした、『ブヴァールとペキュシェ』と同じかそれ以上のものに。これは考えられる中で、何かを生み出した者に対する最大の賞賛であり、何かを作る人間の思い描く理想の一つの形である、という思想を私たちは欲望のレベルでインストールされている。ヨーロッパの教育の伝統が私たちの人間関係にまで及ぼす力、シュテーデルの社会、朽ちてしまったケルンと、行き場を失ったニューヨークの民。インサイダーの生皮を剥がし被ることでパーティーに忍び込んだ他者たち「こうせずにすめば、よかったのですが(笑)」。実際のところ、そうせざるを得なかったのですが。20世紀は19世紀に比べたら18世紀に対する17世紀のような(重要でない)時代になるというデュシャンの言葉を思い出す、それは奴の戯言の一つに過ぎない。おそらく20世紀後半の重要ないくつかの動きは21世紀の動きの端緒として捉えられるようになるだろうし、ただそうなってほしいという願望。でもそしたら20世紀は本当に17世紀。過去を振り返る場合は無駄なものが目に映らないので、どうしてもそうなる。『過去はいつも新しく 未来はつねに懐しい』をパラパラとめくる。

春の日記を見ると副鼻腔炎に関する記述が多杉。今も原因不明のアレルギーで両鼻が完全に塞がる数日間を過ごしていて、それによる不眠、発話の困難さ、食事を楽しめないし人前で鼻水をダラダラ垂らし続けている情けなさも相まってノイローゼに近い状況に陥っている。勤務校の先輩は鼻の神経をとる手術をして、人生が変わったと語っていた。30代に必要なのは保険適用外の数多の手術だとつくづく思う。それらは誰かにとって本来必要最低限なものから成功をささやかに誇示するためのものまで当たり前に多様だ。
お薬のアレルギー等はございますか?と毎度の様に薬局で聞かれる、抗生物質でお腹を下すことは良くあるので、抗生物質を飲むとお腹をくだします、と答える。日常生活に支障のない程度でしたら続けていただいて大丈夫ですが、あまりにも支障を来たすようでしたらお医者様にご相談ください。日常生活に支障のない下痢と日常を台無しにする可能性のある下痢...顔面の骨の下、副鼻腔に溜まり切った膿を出しきって鼻呼吸を楽しみたいなら下痢くらいは我慢してください、ということでもある。医者も科学者である、科学者は結果に対して残酷なまでに最短のルートを選ぶ。18歳の頃、友達の小指が取れてしまったことがある。屋外に設置された螺旋階段の2階部分から飛び降りた際に、小指だけ2階に置いてきてしまったのだ。小指はがっちりと一本の柵を掴み続けていた。救急車を呼ぶ別の友達、私は『バキ』の人体破壊シーンを熱心に読むタイプの子供だったので、全速力でコンビニに氷と水を買いに行く。指を拾い上げると、20cmはあろうかというきしめん程の太さのヒモが指から垂れ下がっていた。カップに氷水を作り指を浸し、救急隊に渡す、同乗した救急車の中で救急隊員から「これは80点です」との評価が。減点理由は指をポリ袋か何かにいれてから氷水につけるべきだったらしい、今度からは気をつけようと思う、私のせいでふやけきった青木ちゃんの小指。その後指の取れた友人の主治医は、一晩中かけてほとんど全ての神経を縫合したが、どうもくっつきが悪いということで、そいつ本人の脇腹を切り裂いて、その中に指の取れた側の手を突っ込み、お腹と手がすべて癒着して一つになるまでそのままにしましょう、という提案をした。指がきっちりくっついた頃に、またお腹から手を切り出せば、指もしっかりくっついているだろうというアイデアだった。彼はその後入院期間中にお見舞いに来てくれたことをきっかけに仲睦まじくなった女性と相部屋の病室内で何度か性行為に及んでいたと言う。腹と手が結合された人間とのセックス。
別の友人、Mは画家であり、大学時代からの後輩である。言語と絵画の関係性を自作の詩を題材に用いながら検証していくというスタイルが一部で評価され国内外でいくつかの個展を開催してきた彼、画家、詩人であり画家になる前までは、卓球日本代表選手を養成するジュニアチームで卓球技術を研鑽し続けてきた。ある日原因不明の手の痺れでラケットを握ることすら困難になった彼は、左手に利き手を変更してプレイするという涙ぐましい努力も虚しく、卓球を辞めざるを得なくなった。その後彼と彼の母親、妹の住むアパートは隣家からの貰い火で全焼、区からの補助は彼女たち一家に一晩のホテル代を渡すだけだったと語る。片親で貧しい下町育ちの彼は、この話になると毎度のこと落涙を禁じ得ない。妹は中学の体育教師に妊娠させられそのまま結婚した。その後芸術家へと転向し作品を作り続けている彼だが、年々悪化していく件の謎の痺れと目に見える形状の変化の原因を突き止めるべく満を持して変形した手で紹介状を握り締め東大病院に入院した。二週間にわたるあらゆる最新鋭の精密機器を使用した検査の末、医者が下した結果は「頭を開けてみないとわからない」であった。最後に医者はこう言った、脳を開けて見てみれば色々わかるんだけど、グチャグチャになっちゃうので元に戻せる自信がない、どうする?

『若松孝二全発言』を読む。よく考えてみればすごいタイトルだ。「全発言」。去年写美で開催されていた映像と写真のグループ展、日本最高の美術館職員であると信じてやまないTさんとこの著者がキュレーションを手がけていた展覧会を通してこの本を知る。それは中々素晴らしいもので、中平の60年代後半の写真や、大島渚の東京駅紛争秘話みたいなビデオを楽しんだ、『略称・連続射殺魔』の上映は都合が合わず断念。本について、日本の映画業界はキ◯ガイばかりだという持論を一旦脇に置いてラッパーの発言集に近いなと思いつつ素直な気持ちで読了。パレスチナについての高校生並の文章のテキストが心を打った。そういえば足立正生も上述の展覧会に出ていたが、山上がテーマの映画はどうだったのだろうか、見てないし見ることもなさそうだけど、あの映画の最も賞賛すべき点はその製作から発表への速さだ(2022年中に公開されてた筈) 。テリヤキボーイズとのビーフに端を発したseedaとギネス間の謎のビーフにおいて、Seedaのアンサーの数々から幼い私は速度それ自体の持つ強度を知った。資本制が社会に強制する消費の速度とは無関係の、むしろ時としてその速度を上回り置き去りにすることで資本制を嘲笑することができるような動物的な速さ。メディアや表現の目的によって悪影響を及ぼす諸刃の剣ではあるが、速さは一つの手法である。消費すら不可能にする反応としての速さ。私はラッパーでもないし学生運動も絶対してなかったと思うので自分の人生は速さと無関係にあるしそうあり続けたいと思うが...そんな関係ない人たちのことよりも、山上が自分の人生にも影響を及ぼしたことをいつか落ち着いたら何か形にしなくてはいけないと考える。
飲み屋で聞こえてきた人生で一番やばい会話「〇〇はガチの左翼の人脈があるから、森達也とかから最新の山上情報を得てるんよ。」

4月はLAからあるギャラリストがアートフェアのために来日し私の実家に泊まっていた。元々アーティストだった彼女とその相棒は学部でライティングを学びアートフォーラムに記事を書くバイトをしながらロンドンの田舎のベイプショップの地下を間借りしたギャラリーを運営していた。世界を股にかけるユダヤ人コミュニティのツテをきっかけにコロナ直前に一緒に日本で展覧会を開催したことで仲良くなった彼女はその後英国から突如ロスへと移住し一年の学費が田舎に一軒家を買えるくらいかかることで有名なウォルトディズニーが設立に関わったという学校のMFAプログラムに通い、下らないアメリカの学生生活に失望しながらもロスの快適な気候を楽しみ、肌を焼き体を鍛え、大量のアデロールを摂取することで修士論文を書き終えた。ケツをデカくするためにクレアチニンをわざわざ飲む人と、それを避けるためにの夕飯を必死で作ってきた私。そしてビザを得るために新しいビジネスとしていかにもアホそうなアメリカ人の金持ち男と組んでイーストハリウッドでギャラリーを始めたことで共通の日本人作家をリプレゼントすることになった我々は自分達の収入と作家の人生を左右する責任の重い一連托生の関係になった。空港まで迎えに行った車内で早速マッチングアプリを起動させた彼女は無類のアジア男好きであり、歩いていると日に三度は通りがかりの男を見てソーホットと呟き、朝方の松屋で一人牛丼をかっ込む疲れ切った若い男をイギリス英語でナンパしようとする彼女を制止するのには骨が折れた。アートフェアに伴うカンファレンスのためおよそ50人程の国際的な美術関係者と観光地に行く企画が催された。この手の企画が大嫌いなのだが2年連続で同僚に役目を押し付けていたのと大先輩に来いと言われ仕方なく参加、カンファレンス中に私はいびきをかきながら寝ていたらしい。ラトビア人達が浴衣ではしゃいでるのを苦々しい気持ちで眺めながら日本のオバさんギャラリストキュレーター諸々たちの行き場のない業界への不満を浴びせられ続け正論で答えようものなら貴様の如き若輩にはまだわかるまいと返されることを延々と繰り返す。相槌と形だけの同意を繰り返したところでその労力に対して得られるものの少なさを悟りその場を切り上げホテルの外へ逃げた。海へ飛び込んで死のうと思い海岸に向かったが夜の海が恐ろしすぎて中止。そして愛用していたKindleを旅行の移動のゴタゴタの中で失くす。ホテルは何度電話しても探すと言って連絡を返さないのだった。本当に短い時間だったけどありがとう。何回同じことを繰り返すんだ俺は。
同じ失敗を繰り返し続けるということが人生の手段と目的になりつつあることを悟る、人といふものはどのみち失敗するのであるからそれならば自分の方法で失敗したいのだと語っていたアーティストがいた。一方で陰謀家は人やものの動きを予想し操作することで目的を達成しようとするので、失敗は単なる陰謀への障害に過ぎないと考える。他に考えられるとすれば別の陰謀に取り掛かる際に失敗を防ぐための参考になる位だろう。そういう形の失敗に興味はない。私の惨めで取り返しのつかない、繰り返されつづける純粋な失敗たち。純粋で完全な失敗とは何か?それは生まれてきたことである、とか言えば如何にも含蓄がありそれらしい答えにはなりそうだが、一部の人々は実際にそう考えている。川上未映子ほど好きでもないのに何度も読んでしまう作家はいないのだが、上述の「主義」に興味がある人にとって『乳と卵』および『夏物語』はわずかな参考になるかもしれない。失敗を元に生まれてきた私は、まず母がその失敗を肯定したことに存在が基礎づけられているとも考えられる。会ったこともない生物学上の父は、その失敗を肯定できずにいまだにどこかを逃げ回っているのだ。私は畜生の血を引く半獣人である。もし避妊の失敗で生まれた子供だけを祝福する宗教があるなら入ってもいいなと思う。


続く

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