仁義なき闘い

私が当時働いていた百貨店の部署(売り場)の隣が家電売り場で、当時は通路に面してブラウン管のテレビが並んでおり、その中にテレビデオというテレビとVHSビデオデッキが一体型になったテレビがあった。

そこに当時は土曜日夕方に宝塚歌劇を中継する番組があり、ブラウン管テレビを占領する「歌劇少女」と呼ばれていた高校生くらいの女の子と、日曜の夕方になると必ず笑点にチャンネルを合わせるおじさんで「前座見習いおじさん」と呼ばれている推定50代後半の人がいた。

別段チャンネルを変えるくらいは文句はなかったが、歌劇少女も前座見習いおじさんも味をしめてきたのかその態度がだんだん大胆になってきた。

売り場の上階はCDとミュージックテープの売り場で、当然VHSテープも販売していたのですが、彼らがどういう了見だったのか知らないが、テープを上階で買ってすぐに家電売り場にの14インチのテレビデオにそのビデオテープをセットして観だすのでした。落語と歌劇が週に何度か激しくエンドレスリピート。落語に至ってはホールや演芸ホール収録なのかビデオ内で観客が笑う部分でおじさんも大笑いする。いや、わかるけど、わかるけどさ。

自宅で観ろよ。

気づいたら他の販売員もやんわりと注意するのですが、2人は注意された直後はしおらしくなり引き下がり、しばらくするとまた戻ってきて同じことを繰り返す。

「ああ、また来たよ(苦笑)。ちょっと注意して来るわー」というのが一連の流れでした。

それが歌劇少女がどうやら本気で宝塚を受験するのか、テレビデオの前でダンスの練習を始めた。しかも人気の少なくなる閉店前1時間を狙ってダンスのビデオやレッスンビデオをセットしては本気踊り。時に宝塚特有の集団のラインダンスの最後にキメる掛け声の「ヤッ!!」まで間の手で入る。

そこに電気売り場で怒っているのを見たことがない、口癖が「スンマヘンな〜(関西弁でごめんなさいや失礼しますなどの意味)」と言っていた「仏のNさん」呼ばれるおじさんが最初はものすごく丁寧に「スンマヘンな〜、ここ他のお客様も通りますねん」と直接迷惑と言わないお断りをしていた。Nさんが普段から平身低頭なのをどこか舐めきっていたのだと思う。

今まではスポーツ観戦などでテレビのコーナーに人だかりができることは多少なりともあって賑やかしのようになっていたが、流石に売り物のテレビデオを私用で使うのは如何なものかと。そしてそんな攻防が続いて事件が起きた。

ある日歌劇少女とテレビの前座見習いおじさんがテレビデオの前で口論を始めたのだ。

当時枝雀さんが亡くなってメモリアルの全集が発売されていた。そこにテレビデオに確認をするために来たおっさんと歌劇少女。そこに迷惑な2人、初めての会合。

そこにガールミーツボーイならぬ恋の話が生まれるわけもなく、おじさんと少女の仁義なき闘いが始まった。

「おい、ここはなぁ、俺が先に見つけてんぞ、退けや」

前座見習いおじさんはそれまで販売員が注意すると小声で呟きながら、「はい、すみませんでした…」と首根っこ掴まれてしおらしくなる猫のように大人しくなり退散していたのに歌劇少女の前では一歩も退かず。そしてとても圧力をかけた憮然とした物言いだった。ところが予想に反して歌劇少女も一歩も退かなかった。

「宝塚の入団テストでダンスがあるからここはダメです!」

本当にこんなことを言った。いや、だからそこはあなたの部屋じゃないし。

流石に売り場は公共の場だし、無断使用しているテレビデオは売り物だ。騒がれても他のお客様に迷惑なので、売り場は違うが目の前だったので「お客様…申し訳ありませんが、そちらでお使いになってるテレビデオは売り物です。なので、ビデオはお家に帰ってご覧ください」

そう伝えたら歌劇少女まさかの逆ギレで叫んだw

「じゃあどこで練習すればいいの?!」

多分事情を知ってる人でお客様以外の販売員たちが口には出さなかったが全員で

いや、知らんがな。

とツッこんでたと思う。今までに歌劇少女と前座見習いおじさんは販売員に何度も何度も注意されていた。そりゃもう何度も。そこに上記の逆ギレ。

それには注意した私の後ろにいつのまにか立っていた「仏のNさん」がこれまで見たことがない怒りの形相で仁王立ちをしていた。Nさんはそれまで聞いたこともない大きくフロア全体に響く声で

「迷惑じゃ、帰れーーーーっっ!!」

と強い口調で2人に向かって言った。フロア全体に響いたので「あの【仏のNさん】が怒ったのは相当なことだ」と後に語られることになる。

そして仏のNさんは怒らせると大魔神以上に恐ろしく、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!という凄まじい威圧感を纏ったラオウかスタンド使いかという進化(?!)で、その様子を見ていた販売員全員が「Nさんを怒らせたらあかん」という共通の認識ができた。

そんなNさんの怒りを察知していた他の販売員が呼んでくれたようで警備員がNさんの後ろに待機しており、警備室に連れられていく歌劇少女と前座見習いおじさん。
前座見習いおじさんに至ってはシャツの首根っこ掴まれてシュンとしておりさながらコントの一場面のようでした。

それから2人がテレビデオを占領することは無くなったのですが、後日、2人を引き取りに来た保護者(?!)を見た販売員から「歌劇少女に保護者が来るのはわかるんだけどさー、前座見習いおじさんに年取った親らしき人が土下座せんばかりの勢いで謝ってるのは見てて憐れだったわ」と言ってたので、たぶん歌劇少女も前座見習いおじさんも自分が何をして何で怒られているのか分かってるようで本当のところはわかってなかったんじゃないだろうか。今となってはわからないけれどね。

今はもうテレビもブラウン管から液晶やプラズマの薄型タイプに代わり、VHSのビデオもHDDレコーダーやBDレコーダーなどに変わったし、今は百貨店ではなく家電量販店がその販売に取って代わったけれど、秋から冬にかけて家電量販店のテレビコーナーで笑点や宝塚歌劇の映像がチラッと流れていると思い出す話です。

ところで、ここでの仁義なき闘いの勝者は歌劇少女でも前座見習いおじさんでもなく「仏のNさん」だと思うのは私だけだろうか。

#百貨店 #変人ホイホイ

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