4年前のひとりごと〜短い闘病の末、いとこが旅立ってしまって思うこと〜
※鍵付のFBに書き連ねていた文章が出てきたので。
(長いです。ツイートの羅列。)
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自分らしく生きた人が、ある日突然一方的に自らの人生のリミットを突きつけられ、心身の苦しみの中もがきながらも時間とともに悔いはない、と受け入れていくプロセス。全く想像できないわけではない気がする。…でもわからない、突きつけられていない自分の思い込みだから、そこにリアリティはない。
本人の思いはわからない。だけど、家族のことを思うとたまらない。先立つということはそういうことなのだな、と思う。今はただ遺された家族の苦しみを想う。
闘病していた従姉が夕方旅立ったという報告を受けて。ちなみに、コロナではない。でも、コロナ禍に巻き込まれて、家族が面会させてもらえなかったり、故郷に帰れなかったりと多大なる負の影響はあった様子。。受け入れるしかないとしても、切なすぎる。
病気を家族にカミングアウトしたとき、でもこの人生に悔いはない、と話していたという彼女の言葉を信じるとしたら、わたしもそうだけど、一番心配なのは家族のことだ。両親に手を繋いでもらって息を引き取ったと聞いて、きっとそこに全身全霊で、わたしは大丈夫、って想いを込めただろうなと思った。
母が、旅立ったいとこの末妹(母にとっては実兄の三女。姪っ子)を駅まで送るために家まで迎えに行ったら、玄関先に見たことのないような蝶々がひらひら舞っていたそう。母は、「きれいな蝶々。いい方に、考えようや」と言って駅で別れた。
結局、いとこ(三女)は、着いた先で、姉の旅立ちを見送ることになってしまった。母は「あれはお迎えだったのかな」といったけど、わたしは「いや、きっとおねえちゃんと醍醐(数年前に先立ったその家の愛犬)、帰ってきてたんじゃないのかな」と言った。なんかすごくそんな気がした。
それに、見たことのないような綺麗な蝶々、っていかにも、こだわりを持って服飾のデザインに関わる職人的な仕事をしていたおねえちゃんらしい気がした。母「そっか、やっぱり(家に)帰りたかったのかな。だとしたら、(蝶々の姿で)帰れてよかったのかもって、ちょっとホッとする」
母は電話で、気丈に振る舞いながらもきっと様々内省して自身を責めたりもしているであろう兄夫婦を思って泣いた。そうだよね。つらいよね。人生には限りがあることなんて、誰だって知ってる。でも、実感をもってそれを受け入れなくてはならなくなった時の苦しみは、体感しないとわからない。
そして、大好きな祖母(母方)の容体が悪化し、他界するまでの数ヶ月間を思い出す。その時期は、わたしが人生で最大に(内的に)荒れ狂っていた時期と見事に重なっていた。高校を辞めていたわたしは大検(今でいう高認)を受けるために伯母の家に寝泊りして県庁に数日間通い、帰りには祖母の病室を見舞った。
祖母はもう身体的にもだいぶしんどい状況で、認知症も進んでいたようだったが、不思議とその時は、「⚪︎⚪︎が来とるだか?」と分かって、声をかけてくれることが多かった。尖っていたわたしも、祖母の病室では、穏やかな気持ちでいられた。
そんな中見舞いに来て、明らかに衰弱している祖母(母からしたら母)を目の前にして泣く母が、わたしは心底嫌だった。泣いて現実に無理やり引き戻さないで。これ以上、おばあちゃんを苦しめないで。身体的な「生」に執着しないで。楽にしてあげてよ。大好きな祖母だからこそ、そう感じていた。
でも、今になって思う。それは無理な話だ。わたしだって、母には生きていて欲しい。不思議な蝶々の話をして、わたしはこう思うの、そう?わたしはこう思う、そうか、それは少し救いだな、とか、そんなやりとりができる今を、当然、うしないたくはない。
母にも話した。(母にとってはそんなこと言われたくないだろうけど)わたしは正直、自分が死ぬことを怖い、と思ったことはあまりない。なんとかして生きたい、自分だけは生き残りたいとか、そんなふうに思ったことはない。そういう巡り合わせなら、受け入れるしかない、と思ってきた、と。
だけど、わたしがその荒れ狂っていた頃、まだ、15.6年ぽっちの人生に嫌気がさして、生きるのに向いてない、もう居なくなろう、とその方法を考えても実行できなかったのは、やっぱり家族や自分の大切な人たちが悲しむ、苦しむ、ことを想像したらたまらなくなったからだ。
自分はいなくなればそれでしまいだ。無になるんだから何もない。夢を見ないで眠っているようなものだろう。だから別に恐れることはない気がする。でも、遺された周りはそうは行かない。
当時は思いにズレもあったけど、自分は家族親類縁者特別な友人たちに愛されている、愛されてきた、という根本的な実感は、ちゃんと持っていたし、今もそう。親になりさらに、わたしの一存で勝手にこの世からいなくなることは許されないことだと感じる。皆に生かされている(肯定的な意味で)のだから。
だから誰かがその一生の幕を下ろす度、その人のつながりをおもう。その人を生かしてくれていたひとたちの悲しみをおもう。自分もその中のひとりとして。うしなうことは寂しい。でも、その人のおかげでまたそこからつながることもできる。
そしていま、皆を混乱に陥れている新型コロナウイルスは、人との直接的な触れ合い、つながりを絶たせるもののようだからこそ、なおさら不安をかきたてている、と思う。でも、そんなことでつながりは消えないし、生きている限り必ずまた出会えるし触れ合えるはず、とも思う。
心理屋だからというのも当然あるが、わたしはこの騒ぎが始まった頃からずっと、ひとびとのこころのほうが心配だ。
多くの人がかなり重度の苦しみを強いられている気がする。
(2020年4月27日)