『これ描いて死ね』に救われた
『これ描いて死ね』に救われた。
面白い!と思う漫画はたくさんあれど、救われたと思うのは稀なことだ。
その熱さを語ろうにも、最近は友人と会う機会も減り(そもそも漫画仲間が少ない)、妻に語ってもニコニコ聞いてもらえるだけ(十分ありがたいが)。悶々と溜め込んだ熱量は変なところから溢れ出し、仕事の合間に鈴木みそ先生にレコメンドするという、奇妙奇天烈な行動に出てしまった。
そんなわけで吐き出す場所が欲しいと思い、noteを書いてみようと思い立った次第。急に何が刺さったのか書くのもいいけれど、せっかくなので簡単な作品紹介からしてみよう。
〈作品概要〉
『これ描いて死ね』
作者:とよ田みのる(https://twitter.com/poo1007)
出版社:小学館
〈あらすじ〉
伊豆大島に住む高校一年生・安海相(やすみあい)は、島に一軒だけある貸本屋の漫画を読破するほど漫画好き。そんな彼女は、『ロボ太とポコ太』という作品に心をガッシリ掴まれている。ある日、安海がその作者・☆野0(ほしのれい)のTwitterを見ると、「ロボ太とポコ太の新作 コミティアで頒布します。」との投稿が。安海はすぐさま船に乗り、東京ビッグサイトに向
かうのだった。
〈主な登場人物〉
●安海相
主人公。伊豆大島に住む女子高生。漫画は何でも大好き。『ロボ太とポコ太』のポコ太が“スタンド”化している。高1の春、コミティアに参加したことで、「漫画って、自分で描けるのか。」と気づく。
●手嶋先生
安海の学校の先生。“漫画否定派”。
●赤福
安海の友達。安海と一緒に漫画同好会を立ち上げる。藤田和日郎作品、命。
●藤森
旅館の娘。元美術部。漫画同好会に入り、安海と一緒に漫画を作る(作画担当)。“漫画はそんなに読まないが”、諸星大二郎作品が好き。
<何に救われたのか>
①漫画は嘘じゃないよ
私は漫画が大好きだ。単行本は紙で3000冊くらい所有し、月に5〜10冊くらい新たに買い、WEBでも毎日何作も何作も読んでいる。そして、単行本を本棚に並べてニヤニヤ眺めるような人間だ。
しかし、どこまでいっても私はいち読者であり、その楽しさの作り手ではない。
何故そんなことを思うのかというと、私は、学生時代からずっと編集者として漫画の作り手側になりたいと思っていたから。でも、結局そうはなれなかった。だから、歳をとるにつれ漫画を読むのが苦しいと思うこともあったのだ。こんなにたくさん読んで何になるの?無駄じゃない?いや無駄じゃないよ楽しいし、と仄暗いモヤモヤの中にいた。しかし、そんなモヤモヤを安海が晴らしてくれたのだ。
ここで、手嶋先生のセリフを引用しよう。
それに対して安海は
と言い切る。
そう、嘘じゃないのだ。先にモヤモヤと言ったが、本当はわかっていた。無駄なわけがない。今だって、読んできた全ての物語が私の支えになっている。安海の言葉のおかげでそれを心で理解でき、これまで漫画に膨大な時間とお金を注ぎ込んできた自分の人生が救われた気がした。
②漫画って、自分で描けるのか。
大好きな☆野0先生コミティアに参加すると知り、安海は1人船に乗って本土に渡った。そこで出会うたくさんの同人作家たち。安海は「これ、ご自分で描かれたんですか?」と聞いて回る。
これまで読むものだった漫画を、描いている人がこんなにたくさんいる。しかも、自分と年齢が近い人もいる。
これ本当にあなたの頭から、手から生まれてるの⁉︎という気持ち、すごくわかる。ありがたいことに、雑誌の編集者の仕事をしはじめてから何名かの漫画家さんを取材する機会があった。ただ、会えば会うほど漫画家という存在の非現実性を感じてしまう。同じ人間がこんなに素晴らしいものを作るなんて、にわかに信じられない。
ただ安海がすごいのは、
と思えたこと。もし、私も学生時代に漫画家さんに会えていたら? いや、無いか。
③仲間になる!!
安海のそばにはいつもポコ太がいる。周りの人には見えない、いわばスタンド能力のような存在だ。スタンドと違うのは、意思を持って話すこと。最初は漫画が大好きな安海だから、主人公だからキャラ付けのための…くらいにしか考えていなかった。しかし、その存在意義に気付いたシーンがあるので紹介したい。
それは、藤森が勇気を出して「仲間になる!!」と、安海に話しかけたシーン。藤森は同級生とまともに会話できないほど、ド級の引っ込み思案だ。そんな藤森が意を決して安海に話しかけようとした時、背後に光が…。なんと、藤森の心を掴んだ漫画「ネコ太とニャン太」のニャン太がスタンド化する。
思わず共感を叫んだ。そうだ、頑張る時、はたまた苦しい時、漫画のキャラクターが背中を押してくれることってあるよね、と。まさに「漫画は嘘じゃない」。再び私の心は救われた。
<まとめ>
漫画道、バクマン、G線上ヘヴンズドアetc…。名作と呼ばれる漫画家漫画は沢山ある。素敵で面白い作品ばかりだが、そのすべてが“漫画家の”漫画だ。だから読者は、孫悟空の物語を読むのと同じように、満賀道雄と才野茂を、サイコーとシュージンを、町蔵と鉄男を、ある種ヒーローとして見る。多分。
でも『これ描いて死ね』は違った。安海はただの漫画好き代表だ。だから、同じくただの漫画好きである自分を重ねて、声を出して共感したくなる。ともすると、救われた気持ちにすらなるのだ。
1巻の帯には、「漫画を愛する全ての人に届けッッッ‼︎!」と書いてある。単行本を読み終えた後にそれを改めて読んだ私は、そうか、全ての漫画好きを救う物語なんだと勝手に理解することにした。
これから先、安海が漫画家として成長し、“漫画家漫画”の側面が強くなっていくかもしれない。それでも、私は安海が“ただの漫画好き”だったことを知っている。だから、彼女の成長に自分を重ねて、あるいは作り手になる夢を託してこの作品を読んでいくだろう。
ちなみに、本作は漫画最高!と愛を語るだけの作品ではない。タイトルのとおり、「これ描いて死ね」と思うほど自分を追い込まなければ“プロの漫画”は作れないという創作の厳しさも、厳然たる事実として描かれている。そして同時に、創作に賭ける情熱の美しさも描いていた。だから、“漫画家漫画”としての面白さも感じられるのだ。
というわけで、この記事を読んだすべての漫画好き方々にお伝えしたい。「これ読んで死ね」。
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