何故一般人の私たちは、著名人の不倫報道に劇的なリアクションを取ってしまうのか
2021/7/31夕方以降、Twitterでトレンドを占めたとある声優の不倫報道。今回の不倫報道に限らず、芸能人をはじめとする著名人の不倫報道に対して、大きなリアクションを取りがちな私たち一般人。どうしてなのかをなるべく冷静に考えてみた。
はじめまして、こんにちは。蓮城徹と申します。しがない一般人です。私は歌手のLiSAさんファンであり、今回の鈴木達央氏の週刊誌報道については色々思うところがありますが、個人的な感情はさておいて、根本的にどうしてなのかを考えてみました。気になった方はどうかお付き合いください。
さて、週刊誌報道の詳細な内容については元記事をご覧いただければと思いますが、今回に限らず著名人の不倫報道が出るたびに私を含め、いろいろな方がリアクションされることが多いと思います。一体、何が私たちの感情を突き動かすのでしょうか。いくつか考えてみました。
私たちの感情を突き動かすもの
1.わかりやすい問題提起の仕方による内容理解の迅速さ
2.他人の失敗を確認することによる仄暗い喜びの感情
3.他人の失敗を確認することによる自身の立ち位置の再確認
『1.著名人への親近感による代理感情の発奮』
普段私たちにとって著名人は遠い存在といっても良いです。TVの向こうにいる存在、もしくは雑誌等の紙面の向こうにいる存在、さらにはガードマンやスタッフに仕切られた、敷居の向こうの存在。誤解を恐れずに言えば、ある意味崇拝の対象と言っても良いでしょう。
しかし、不倫は家庭の問題です。私たち一般人も家庭を持っています。夫妻という形だけでなく、両親、もしくは子息女の場合もあります。つまり、家庭の問題は私たち一般人にとっても極めて近しい問題であり、想像が容易な問題なのです。想像が容易、ということは私たちも感情移入しやすいということになります。
少し脱線しますが、ある分野の研究において新発見がされた、という例を挙げて説明します。”ある分野に詳しい人”にとってはその新発見の凄さや先進性、今後の生活の発展的影響が想像できるので、強い喜びを示したり、内容によっては批評することが出来ます。しかし、”ある分野に詳しくない人”からすると、その新発見がもたらす影響を想像することは難しいです。これは当然のことです。何故なら知らないのですから。なので”新しさ”自体をほめたりすることに終始します。これは何とか理解しようとした結果ですね。
不倫の問題についても同じ現象が発生していると考えられます。家庭の問題なので私たち一般人にも起こり得ることです。なので自分ごとに置き換えて想像することができます。そして自分でも想像できることが、普段崇拝の対象となっている著名人の家庭に起きた。これはけしからん、となるわけです。
『2.仄暗い喜びの感情』
これは簡単です。他人の失敗をみて喜びを感じてしまうのは誰しも通る道だと思います。それを大々的に「ゲラゲラ」と笑うか、心の中で思うだけに留めるか、それだけの話です。
『3.自身の立ち位置の確認』
これは1の代理感情と重なる点も多いですが改めて説明します。前述したとおり、普段私たち一般人は著名人に対してある種の「崇拝的感情」を持っています。崇拝までいかずとも「優れた能力・実績を持つ人として尊敬する対象」になっていることが多いと思います。そんな尊敬の対象である著名人の家庭で不倫問題が起きた。つまり、「尊敬する人達の家庭でもトラブルが起こるのに、トラブルを起こしてない自分はなんてまともなんだ」と自己の再評価が起きます。これが”立ち位置の再確認”と示したものです。
これらの要因から、私たちは著名人の不倫報道に極めて強くリアクションを取りがちなのだと考えられます。勿論その著名人が普段自身が応援している相手であればもっと強い気持ちを取ることもあるかと思いますが、今回はあえて一般的な著名人という視点でも見ていただければと思います。
不倫報道そのものの賛否は、新しいネタが出るたびに議論されがちですが、世間を一瞬にしてニュースに惹きつけるその報道の仕方自体は、専門報道にも見習ってほしいと思いました。忘れないように述べておきますが、不倫はダメ絶対派です。今回の報道における関係者はきちんと説明してほしいものです。このnoteに関する皆さんのご意見をTwitterなどでもいただければ嬉しいです。ありがとうございました。