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粋な人

年の瀬の百貨店を、「牧野枚方えびす祭」の福娘さんたちと練り歩くということをし始めて、5年ほどになる。

福娘さんに馴染みのない東日本の方にご説明すると、えびす祭は七福神の中の一柱で商売繁盛にご利益があるとされる「えびす様」のお祭りである。えびす祭は「十日戎」とも呼ばれ、一月十日の本宮を中心に、三日間行われる。そのお祭りで、福笹や熊手、箕などの縁起物をお授けするのが「福娘さん」だ。

彼女たちは金色の烏帽子(えぼし)を被り、金色の鈴を振り、えびす様のご利益を皆にお授けする。巫女ではないので、神社の外へ出て練り歩き、福を振りまくと共に、お祭りの告知をするという広報担当の役割も担うこともある。

京阪百貨店の枚方店さんとくずは店さんは、大きなマグロを一尾、この日のために仕入れしてくださり、福娘さんと一緒にマグロも練り歩いたあと、鮮魚売り場の方が解体した側から出すということもしてくれる。えびす様は、海の向こうから釣竿と鯛を携えてやってくる神様だから、鮮魚売り場とは相性が良いのだ。店長さん自らが、練り歩きを先導してくださるのがありがたい。

さて練り歩きで私が担当しているのは龍笛での囃子方である。神社の外での活動であるため神職の装束は着ない。紺の着物に白のご神紋入りの黒ハッピを羽織って龍笛を吹く。福娘さんたちはその龍笛の音色に合わせ、「商売繁盛、家内安全」と唱えながら、神楽鈴を振って歩く。

練り歩きは伝統的なものでもなんでもなく、私が考えたものである。京都の名家出身の姑は生前、練り歩きに出かける私を見て、「そないなチンドン屋みたいなことして‥」と、溜息をついていた。が、商売人の血を引く私は、こういうことをする時にこそ水を得た魚のようになっているのが自分でもよく分かる。

いつもお買い物をしている百貨店を、堂々と音を出して練り歩けるのはとても楽しい。何より、偶然居合わせた百貨店のお客さんたちが「わ、縁起がよろし」「ご利益あるわ」と喜んでくださるのがうれしいのである。

こういうことに対して「おもろいやん。やってみよ」とすぐに乗ってくれるのが相棒の宮ちゃんだ。宮ちゃんは本業は不動産だが、神社のことをあれこれお手伝いしてくれる商店主たちの組織「宮組」の組長でもあり、福娘の練り歩きの設営から、地元商店街との橋渡し役まで、そのはんなりとした口調でじょうずにまとめてくれる。練り歩きの時には私と同様、着物姿で囃子方。鹿の角でできたバチで鐘を鳴らし歩く。

マグロと一緒の練り歩きを終え、鮮魚売り場の前で、福娘さんたちが、関西流の手打ちである「大阪締め」を執り行ったあと、皆が盛大に拍手をする。その時、私の袖を引っ張る人があった。

「あ、この引っ張り方は、、、」とすぐに思い出した。一年前、同じ場所で、同じタイミングで私の袖を引っ張り、

「いいものを見た。これから宝くじ買いに行く」

と言った女性だった。私はそのことをすぐに思い出して、「あれからどうしはりました?」と聞くと、間髪入れずに

「千円当たってん」

とおっしゃる。そして一昨年にここで撮った写真をスマホでシャッと見せて、「あんたもきれいやで」と囁いて去って行った。

帰りには百貨店の方が、全部大トロのお寿司をお土産に持たせてくれた。

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年が明けて、寝ずの三が日が過ぎた1月5日、今度は年始のくずはモール・京阪百貨店くずは店へ練り歩きに出かけた時のこと。

予定よりもずいぶん早く着いてしまったので、サンマルクカフェでお茶をして待つことにした。もちろん福娘さんたちは衣装を付けたまま。かなり目立つけれども致し方ない。

福娘さん5名、囃子方2名の7名でお店に入り、宮ちゃんがお店の方に事情を説明する。

私は福娘さんたちに「最後にまとめて払うから、好きなのを注文して」と言い、全員が注文を済ませた後に支払いをしようとしたら、店長さんが、さりげなく「社割で○〇円です」と、社割にしてくださった。

その上、サンマルクカフェ名物の「チョコクロ」(チョコのクロワッサン)を我々全員に持たせてくださった。

お店の方は、そこでお茶をしていた他のお客さんにも、チョコクロを配っておられた。お客さん方は、福娘さんと居合わせた上に、チョコクロも頂いて、新春から縁起がよろし、と嬉しそうだった。後から思えば、チェーン店だから、たくさんのチョコクロは店長さんの自腹だったかもしれない。

もちろん、我々もサンマルクカフェさんの商売繁盛をご祈念申し上げ、その日一発目の大阪締めをさせていただいたのは言うまでもない。あの日、その場に居合わせた全員が、これから先、サンマルクカフェに入るたびに今日のことを思い出して、幸せな気持ちになるだろう。

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えびす祭の日の晩、お賽銭箱に、銀行の小切手が入っていた。額面は2,951円。なんでわざわざ小切手? と思ったが、2951=福来い、なのだった。

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神社での一年は、一言で言えば「雅(宮び)」である。
が、えびす祭に関しては、思わぬところで「粋」な人に出くわす。
どちらも日本人の美徳だから、これからも書き留めていきたい。




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