「なぜ音声なんですか?」と聞かれたときに答えること
こんにちは、Podcast Studio Chronicleの野村です。このnoteにアクセスいただき、誠にありがとうございます。
今日は私の職業を紹介させていただきつつ、「なぜ音声コンテンツの事業を行っているのか?」という問いにお答えしようと思います。
なぜ音声コンテンツで独立したのか?
私の本職は編集者です。新卒で出版社に入社し、雑誌の編集部に異動して以来、かれこれ10年以上、この仕事に従事してきました。
一方で今年1月には、会社員を辞めて独立し、ChronicleというPodcastのレーベルを立ち上げました。現在も編集者としての看板は下ろしていませんが、音声プロデューサーとしての仕事に8割以上の時間を使っています。
*作品例
編集者としてこれまでの仕事は、楽しいものでした。雑誌編集から始まり、書籍も手掛け、ブックライティングも行いました。前職のNewsPicksではウェブメディアの世界にどっぷり浸かり、ライター・編集講座も持たせていただいたことがあります。
つまり、自分のスキルセットや人との繋がりは、テキストを編集するところに偏っています。
それでも音声コンテンツの世界で独立したのは、なぜか。それは、音声コンテンツが時代の要請に合致しており、「いまやらなくて、いつやる」という気持ちになったからです。
理由①:情報過多と「深くて、近い」情報
現代の特徴を一言で表すなら「情報過多」です。言うまでもなく、スマートフォンから怒涛のごとく流れてくる情報は、明らかに現代人の処理できる量を超えています。
SNSを始めとする人気アプリは、一流の事業者が完璧なUI/UXで設計しています。すると、本当は見なくてもいいのに、つい我々は画面を開いてしまいます。そして、本来目にしなくていい情報を次々に目にし、疲弊します。
では、編集された記事はどうなのか。構造上、ユーザーが全ての記事に目を通すことは不可能です。すると、それぞれの記事がユーザーのアテンションを奪い合うことになります。
端的でぎょっとする見出しや、サムネイル画像が、スマホ画面を専有することになります。もちろん中には、作り込まれた良質なコンテンツはあります。しかしそれに出会える確率は、だんだんと下がっています。
これは私のような、新卒のときから情報産業に関わってきた立場から言えば、本当に悩ましい問題です。自分としては、手間暇をかけてコンテンツを制作したつもりでも、飽食の時代に食べきれない料理を作っているような感覚に襲われることがあります。要は、多くの人が「お腹いっぱい」なのです。
ただそんな中で、「人が直接語りかけるコンテンツ」は、やや様相が違うと考えています。よく言われることですが、テキストや動画に比べて、音声コンテンツではウソがつけません。発信内容にウソや取り繕いがあると、リスナーは敏感に感じ取るからです。
また、間口が狭く、一部を切り取って拡散することが難しいという性質から、じっくりと聴かれることが想定されます。そこで発信者は、より複雑な話、本音に即した話、親しい人を想定した話を展開することができます。
私はそこに、情報過多の時代における、情報発信の可能性を見出しています。
音声はテキストや動画に比べて、発見されづらく、拡散もしにくい。しかし一度足を踏み入れると、そこには豊穣な世界が広がっている。情報過多な時代だからこそ、「届きにくいけど、深くて近い」情報が求められているのではないでしょうか。
理由②:「ながら聴き」とダイバーシティ
今度は受け手の側から話をします。
これもよく言われる話ですが、音声コンテンツは「ながら聴き」ができます。朝起きてからの身支度、通勤、家事、運動、育児・・といったシーンです。
この作業中に音声を聴くことで、今までインプットに使えていなかった時間が、その時間に変化します。現代人は忙しく、朝から晩まで仕事に追われている人も多いです。それでいて健康維持のために運動をしたり、家の中を整えておく必要もあります。
その時間を情報収集に充てるだけで、「新たな時間が突然生まれる」かのようなインパクトがあります。
この特性は、「情報収集ができる人を増やす」という効果ももたらします。
たとえば、家事に多くの時間を使っている方。子育て中の方。農業を始めとする現場の仕事に従事されている方。ドライバーの方。こうした方々が、手を動かしながらインプットする機会を得ることができます。
余談ですが、私が1年ほど続けている「みんなのメンタールーム」というPodcastは、福祉職、医療職、主婦、自営業の方々からの反響を多くいただきます。おそらく何か作業をしながら、聴いてくださっているのではないかと推察します。
*みんなのメンタールーム
現に私も、日々の掃除・洗濯・料理の時間や、毎朝散歩する時間を、Podcastとともに過ごしています(無酸素状態になる筋トレは、耳に意識が行かず、うまくいきませんでした)
逆に言えば、視覚情報だけでゆっくりとインプットできるのは、贅沢なことであり、一部の限られた職業、ライフスタイルの方に限定されるのかもしれません。
というわけで、「視覚情報にアクセスできる人」を前提にしたメディアよりも、より多様な相手に、インプットの機会を提供するメディアだと思います。
理由③:音声コンテンツ市場の現在位置
では、ビジネスとしての可能性はどうでしょうか?
アメリカでは音声コンテンツの広告市場が順調に育っています。たとえばオトナルさんが出している、こちらのレポートに詳しいです。
一方で、日本では「発展途上」というのが正直なところです。
ざっくりとした肌感ですが、コンテンツ配信者の実力にあまり差がない場合、Podcastの再生数はYouTubeの十分の一から数十分の一程度にとどまるでしょう。
これはそのまま、広告市場の規模に直結します。細かい点を挙げると、YouTubeよりもPodcastの方がインプ単価が高いのですが、いずれにせよ、この市場は「まだまだこれから」であり、大きな会社が本気で参入できるほど大きくはありません。
一方で、Amazon/Audible、Spotifyといった外資のプラットフォーマーはコンテンツ投資を重ねており、VoicyやRadiotalkといった国内プラットフォーマーも順調に会員数を伸ばしています。その中で、稼げる個人配信者も増えてきました。
今の市場規模は「一人もしくは数人の集団なら、十分に収益が成り立つ。しかし数十人の集団だと、心細い」というのがフェアな評価だと、私は見てます。だからこそ会社員の立場ではなく、独立した立場になって動き回るのがいいのではないかと考えました。
理由④:何より、私自身が好きだから
①〜③は左脳的に考えたことですが、結局は私自身が音声コンテンツを好きだから、という理由が大きいです。
まず発信者の立場で言えば、私にとって「話して伝えること」は、ほとんど精神的負荷がありません。
自分の見聞きしたもの、感銘を受けたこと、問題意識を抱いたことをお話できて、それをリスナーの皆さんが聴いてくださるのは、無上の喜びです。
(ちなみに最近、肉体的負荷は自覚しています。さすがにPodcastを何本も配信していると、喉に影響が出ています)
さらに好きなのは、人の話を聴くことです。
大人になってから、人に指摘されて「強み」だと認識したのですが、私は誰の話であっても、何時間でも聴き続けられます。どんな内容であっても、その人固有の体験談は私の好奇心を掻き立てるからです。何を経験してきたのか、何を考えているのか、どんな見方で世の中を見ているのかが、気になって仕方がありません。
リスナーの立場で言えば、前述の通り、私はほとんどの隙間時間を、音声コンテンツとともに過ごしています。特に散歩の途中、掃除や洗濯、料理をしている最中です。
頭が冴えているときは、ビジネスやリベラル・アーツを題材にしたPodcast、頭が疲れているときは、雑談系やお笑い系のPodcastといったように聴き分けています。
これらは、新しい世界に出会えるとともに、考えを整理し、気持ちを前向きにしてくれる、大切な時間です。
何事も継続するためには、「精神的負荷が少ないものを選べ」とも言います。私にとって音声コンテンツは、紛れもなくそれに該当します。
誤解がないように付け加えると
ここまで、「なぜ音声で独立したのか?」というテーマでお話をしてきました。
ちなみに誤解がないように付け加えると、私は決して、これまで行ってきたテキストの仕事を辞めたわけでもないですし、その価値が落ちたとも考えていません。
情報収集の手段はテキストがメインですし、一人の、何にでも使える貴重な時間は、主に読書に費やしています。そして良質なテキストコンテンツを生み出す書き手・編集者の皆さんを尊敬しています。
ただ、自分が独立するとしたら、何をするかを考えたときに、これまで培ってきた経験、得られたスキルセット、コミュニケーションスタイル、そして時代の状況を鑑みて、「音声」という結論を出しました。
むしろ両方の制作経験を生かして、音声からテキストコンテンツに(具体的には、書籍に)繋げる流れが作れないかと空想しています。これについては、また別の場面で考えをまとめたいと思います。
正直、どれほどまでにこの市場が盛り上がるのか、そして盛り上がったとして私の制作するコンテンツが受け入れられるか、計算が立っているわけではありません。ただ、戦えなくはないな、とも思っています。
日々、聴いてくださるリスナーの皆さん、出演や運営面で協力してくださる皆さんに感謝しながら、信頼に足るコンテンツを制作していければと思います。今後ともよろしくお願いいたします。
(サムネイル画像:Soundtrap on Unsplash)