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性悪説のレッテル貼りの集団ストーカーという看守ムーブ

集団ストーカーは1人の囚人を集団で看守がいじめる構図である。
看守は本来不要である(マニュアルがあれば管理職はいらないなど)大きい組織では部分的に看守を置かないと成立しないから中間管理職が無数にいる。
組織は看守の源泉である。
組織が無ければ看守は生まれない、家族、部活、友人、結婚、すべて組織になると看守になる。1on1なら看守と囚人の場合と対等な場合があるだろう。
地位や名声が看守であり、集団ストーカーで秘密を守った(悪いことをして冤罪をでっち上げた)は看守として出世する。
性悪説によって生じる看守で冤罪をでっち上げる(偽証する)がこの世の正攻法であると言える。
つまり、性悪説と偽証がこの世を支配する真髄
性悪説で性善説を唱えて(偽証して)行うのがハニートラップ、スパイ工作、フレネミー
性善説で性悪説を唱えて(予め予告して)行うのが法規制
ここのすり替えがこの世が刑務所化している原因なのかもしれない。

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