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この世の哲学的仕組み(ブルシットジョブと地球刑務所仮説)

哲学的にこの世を語る。
地球刑務所説である。
中出ししたら代わりに囚人が生まれる。囚人が祝福する。囚人が囚人を育てる。囚人は囚人に子供作らないの?と煽る。
子供を作れない囚人もいる。彼らは囚人を増やさないし彼らが死ねば何も残らない。
人生で1番泣くのは生まれた瞬間である。
終身刑が決まった瞬間、囚人たちに祝福される瞬間、どれも地獄である。
せいぜい2割くらいの人生のピークに謳歌し後は消化試合である。ピークに入る前の半分程度は記憶が朧げであろう。
逆に労働者はピークを過ぎた人間が権力を持っている。
公立小中ではヤンキー気質の運動神経にリソース割いている人間が権力を持っている。
今の時代、生きやすい、繁殖能力が高いと言われるのはマイルドヤンキーである。彼らが模範囚ということになる。
勉強しない、悪口で結束する、地元から離れない、自分らの価値観がすべて、、などなどの特徴が模範囚であり、やはりこの世は刑務所なのである。
マイルドヤンキーではなくて、インテリマイルドくらいの層は地元で役所や銀行などに勤めてる層とする。彼らはブルシットジョブで高額の住宅ローンを返すための無駄な仕事を行い続ける。これも模範囚である。穴掘って埋めて(ブルシットジョブして)囚人つくって(子供作って)やはり模範囚である。

この世に適応しているのは模範囚であるということと、囚人をこの世に新たに産んでいること、この二つだけは確かである。
医者は囚人の健康を確認する人間。
教師は囚人を育てる人間。
スポーツ選手は囚人に夢を与える存在。
高学歴は不要な教養(古文漢文を筆頭とした)をたくさん学んだ囚人。
早死にしたのは刑期の軽い囚人。
独身男性は新たに囚人をこの世に作ってないから刑期が軽い。善人は早死するというが悪人が早死することはないという。これもやはり囚人理論である。
この世で刑務所に入る人は何であろうか?囚人の中の囚人ということになる。精神病棟でいう隔離病棟である。
政治家は囚人を欺き統べる。(欺かない政治家は殺されている。)国のために特攻した若者は刑期の短い善人であった。戦後復興で財を成したものは悪人であり、模範囚の中の模範囚の中のエリートというべきものであった。
この世が刑務所であるなら、看守が1番偉いのか?看守は誰なのか?という問題がある。マニュアルさえあれば管理職はいらないが、管理職は看守である。親も医者も教師も看守である。医者や教師は教科書などマニュアルがあれば誰にでもわかることを有り難がって教えてくるやばい囚人である。そういう意味で、看守は不要であるのに囚人から搾取している。これが本質ではないだろうか。上場企業の社長も大半はマニュアル化できる社員から搾取している本来不要な看守。
ブルシットジョブで残業してローンに充てるホワイトカラーも効率化しないで必要賃金をノンブルシットジョブから搾取している本来不要な看守。
成功者には看守の要素があり、看守は本来不要である。
看守は性悪説であるため、性善説と性悪説の概念については掘り下げる必要がある。

一旦ここまでとする。


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