「保持力だけではない」を神経的な側面で考える

 クライミングにおいて保持力が重要な要因の一つであることは、様々な論文で報告されています。
 「Finger Strength」「Finger flexor Strength」「Finger flexor performance」などなど、様々な呼び方で表現されています。重要なことは呼び方ではなく、それをどのように計測して数値化するかです(呼び方を統一することも重要ですが)。身体機能を数値化することはとても重要です。成長目標を可視化することはモチベーションにも繋がります。

 計測方法は私が見つけた中では2種類ほどありました。
①20mmハングボードに加重して両手でぶら下がる。加重量+自体重を%で数値化し、最高グレードと関係性を出す。 (例:体重60kgの人が6kg加重なら110%)

②片手で、20mmのハングボード(引く力を計測できる特殊なもの)引く時の力を計測する

いずれも多くの研究者の方々が、信頼性と妥当性を追求している最中です。クライミングパフォーマンスを決定づける要因である「保持力」を、最寄りのジムで手軽に計測できる日がきたら、また色々と楽しくなりそうですよね。

 ただ、強い方々からよく聞くのは「保持力だけじゃないよね」という言葉。クライミングをやっている方なら、ほとんどの方が耳にする言葉ではないでしょうか。
 これはおそらく、フィジカル的な側面(体幹の強さ、四肢の柔軟性などなど)、技術的な側面(ムーブ精度、ホールディングなどなど)、精神的な側面(高さに対する恐怖心、フットホールドへの荷重などなど)、様々な要因があるはずです。

 保持力以外の側面は今回は置いておき、保持力という側面だけで考えていこうと思います。

 これはセラピストの世界では有名なものですが、「運動の変動性」と言い、同じ課題を遂行していても筋活動パターンは変動する、というものがあります。
 例えば、荷物を持ち上げる動作を数回反復した時、見た目は全く同じでも筋活動は異なっています。逆にこれが「全く同じ筋活動パターンで動作を遂行してしまう」と、腰痛になりやすくなったり(腰痛患者がそのようなパターンだったり)、必要以上に筋力を発揮してしまい緊張が上がりエネルギー効率が悪くなったりします。

 これを「保持力のトレーニング」というものに置き換えて考えます。

 一般的に保持力のトレーニングは、ビーストメーカーなどのハングボードを使用して、とにかくぶら下がったり懸垂したりしますよね。例えば「10mmで、しっかりホールディングして、真下から肘をある程度伸ばした状態でスタートする」という条件で行うとします。この条件における筋活動パターンは強くなっていきます。この条件における筋活動パターンは強くなるんです。もちろん、指屈筋力や肩の引く力の強度は高くなりますので、筋力アップは可能です。
 このトレーニングを行い、「クライミング」として効果が出た場合、それは「そのフィジカルが足りなくて出来なかった課題」を落とせたということになります。

こんなイメージです。保持する筋力だけが足りていなかった課題です。

 では、保持力という側面において、「保持力だけではない」となると、どのようになるでしょうか。先ほどのハングボードの条件でトレーニングを4週間以上続けてもトレーニング結果が出ない場合、以下のようなイメージになります。

保持力という側面で考えた場合の、できなかった課題に足りない能力

 これは一例で、例えば肘がかなり伸び切った状態でホールディングを開始するなど、かなり運動パターンに差が出る場面では、なかなか効果が現れにくいです。

このような、スポーツ活動中に生じる不確定な要素を「ノイズ」と呼びます。

 クライミングで言うノイズは、「湿気」「セッション(精神)」「マットの有無」「体幹の振られ具合」など、いろいろなノイズがあります。

 これらのノイズに対して、様々な筋活動パターン(バリエーション)を得ていくことにより、様々なホールディング場面でトレーニング効果が現れていくと思います。

 この「運動の多様性」は、どのようにして鍛えていくのか。
 まずはクライミング自体をすることです。様々なホールドに様々なポジションで保持をする。これを繰り返していくことで、その保持に対する神経筋活動が活性化され、学習され、適応し、クライミングスキルへ転移します。

 ではフィンガーボードで鍛えることに意味は無いのか?

 そんなわけ無い!!!

 保持力は、クライミングパフォーマンスを決定づける最重要因子の1つです。これは明らかです。
 保持はクライミングの「主要動作」です。個人的には、懸垂よりも大事な主要動作だと思います。

 この主要動作に、様々な筋活動パターンが組み合わさることで、様々なスキルが練達されていきます。

 これが「運動学習/Motor Learning」と呼ばれるものです。
 新しく獲得する運動技能は、過去に獲得した(又は経験した)様々な運動に関する記憶から、「こういう動き方をすれば良いのかもしれない」と脳が判断して、その結果から少しずつ修正していきます。(スキーマ理論と呼ばれるMotor Learning Theoryです)

 保持力を鍛えることはトレーニングです。それをクライミングスキル/パフォーマンスへ転移していくには、壁の中で練習し、脳が様々な新しい刺激を感じることによりクライミングへ適応されていきます。

 それでは、私もぶら下がってきます。

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