クライミングホールドで懸垂すると何が良いのか。論文紹介

  クライマーが「ボルダリング・クライミング」以外で行うトレーニングの代表格といえば、ビーストメーカーをはじめとするフィンガーボードを使用した保持力強化かと思います。

 私は基本的に週1クライマーです(月1の時もあれば3ヶ月に一回になることもあり・・・)。ムーンボード3段を目標に、日々フィンガーボードでのトレーニングに励んでいます。そんなとき、ふと思いました。

浅いホールドと深いホールドで、筋活動は何が違うのか。
本当に浅いホールドでやることが、保持の強化に繋がるのか。
そもそも保持力の「どのパラメーター」を強化することが良いのか。

以下、個人的な経験です。
私は指を痛めたくないため、薄いホールドは使わずに、メトリウスのウッドロックリングスを使ってトレーニングをしています。

上から38mm、20mm、15mm

そしてあるとき、今までは全く出来なかった8mm(ビーストメーカー)での懸垂ができるようになりました。ジムに行った時はムーンボードと強傾斜しか登らないので、8mmほどのカチなんて触りません。でも懸垂が出来ました。

この時にも、上述した疑問に加えて
「薄いホールドにぶら下がることが出来たのは、果たして「保持力」が要因なのか、またはそのほかの能力なのか。」という疑問も生まれました。

ん〜難しい!!!

スポーツ医学・科学の中でも、スポーツクライミングはまだまだ発展途上で、バイオメカニクスなどの研究は少しずつ出てきています。「今までは当たり前のようにそう思っていたこと」を科学的に検証し研究し、「本当にそうだった」こともあれば「実は違った」なんてこともあります。私は普段「理学療法士」の仕事をしているため、そのような疑問に当たると、基本的に論文を探します。もちろん今回も論文を探してみました。

・climbing ・finger flexor  ・finger strength   などのキーワードで検索し、面白いものが見つかりました。

Performing pull-ups with small climbing holds influences grip and biomechanics arm action.(小さなクライミングホールドを使用した懸垂運動は、グリップと上腕のバイオメカニクスに影響を与える)

前置きが長くなりましたが、今回の記事ではこちらの論文を要約して紹介します。

まずこの研究者さんは「懸垂するときのホールドが変わることで、何が変わるんやろか」と思われたそうです。思うことはみんな一緒なんですね。
過去の研究において、鉄棒や大きいホールドを使用してアームパワーを計測することや、小さなホールドにぶら下がったときの筋活動については報告がありましたが、「動的な場面での筋活動」の研究はありませんでした。
「じゃあワシがやったろ」ということで、この研究者の方が計測・統計を始められました。

今回の研究対象になったクライマーは10名です。いずれもフレンチグレードで7c~8b+を登るエリートクライマーです。

そして結果は

小さなクライミングホールドでの懸垂は、大きなクライミングホールドや鉄棒での懸垂と比較して、最大パワーが減少しました。

パワーが減少したということは「懸垂の速度」「懸垂時の指の力」が減少したということです。
これは想像がつくと思います。鉄棒やガバで懸垂した方がやりやすいです。(これが何故なのかを考えるのが面白いですよね)

そして、クライミングホールドの深さが懸垂や指の筋活動に与える影響について述べられています。

ホールドが浅くなると、懸垂のパフォーマンスは大幅に減少しました。


「指の力」「速度(パワー)」「回数」などのパラメータが落ちました。

具体的な数値で表すと、指屈筋の最大筋活動の88%から94%までしか活動しませんでした。

これがなぜかを考察されています。(ここから先は今回の研究結果から考えうることであるため、更なるリサーチが必要と述べられています)

懸垂はご存じのとおり、体を垂直方向に持ち上げる運動です。
この動作を行うとき、もちろん足は床から離れますので、姿勢を制御するために起点となる支持面は「掴んでいるもの」になります。つまり上半身をうまく利用して、揺れる体を制御しなければなりません。

大きなホールドや鉄棒は、握り込んでいます。鉄棒は親指まで回し、大きなホールドはガバです。(下図は論文から引用した研究時の写真です)

 ガバは握り込めますので、垂直方向の力だけではなく、前後方向の力も加えることが出来ます。下図のようなイメージです。ここまでガバでは無さそうですが。

そのため懸垂中に体が前後に振られそうになれば、前後方向の接触面があるためその方向の制御もしやすくなります。

では薄いホールドではどうでしょうか。

下方向にしか接触面がありませんね。そのため、上部体幹や腕・肘でバランスを制御する必要が出てきます。

これを研究者の方は「上半身の協調戦略の変化」と

言っています。

「基本動作」と思われている懸垂動作ですら、上半身のフラレを制御するための力が必要かもしれないということが分かりました。

浅いホールドで指屈筋の活動が減少した要因は「フラレを制御する」必要があったため。

浅いホールドで腕の最大パワーが減少した要因は「フラレを制御する」必要があったため。

これはとても有益な情報かと思います。(まだまだ追加研究が必要と思われます)

保持、特に指の屈筋を「強く」したい場合は(浅指屈筋・深指屈筋の最大筋力の強化)、浅すぎるホールドではなく、上半身のフラレを制御できる程度の深さを選択し、ウェイト負荷で強度を上げた方が良いかもしれません。(決して追い込まずに)

逆に、浅いホールドでの懸垂運動は、浅いホールドでの上半身のコントロールに役立つ可能性があります(上肢のコーディネーション強化)。「安定した懸垂を悪いホールドで行う」という目的になります。

引く力を強くしたい場合(ターゲットは広背筋など)は「ガバ」で「できる限り早く・大きく」懸垂をすることが重要です。

クライミングのトレーニングは過酷で、指も肘も肩も痛めるリスクと隣り合わせですよね。
強化したいターゲットに合わせてホールドを選択することで、指や肘の損傷リスクの軽減にも繋がります。

このような研究とトレーニング現場は、意見が一致しないことが多い印象です。
しかし、研究者の方々の努力によって、スポーツ(スポーツ医学も含め)が発展していくことも事実です。
このような知見はどんどん取り入れていきたいと思います。


ちなみに、「保持力のパラメータ」に関しては、筋持久力が重要という報告が多いようです。確かに、「後半で悪いホールド出てくると持てない」とかは、保持の最大筋力よりも持久力だなとも思いました。


冒頭でお伝えした「8mm」でも懸垂ができたことは、今回紹介したものというより、「運動学習」「運動の転移」などが要因だと思います。この辺りはまた別の記事でお伝えします。


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