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ツマヨム

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朗読好きの妻が、自作及びnoteクリエイターの作品を朗読しています。
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2022年1月の記事一覧

[朗読 3分] 「老紳士と子犬」(『おかげ犬②』)

「老紳士と子犬」 路肩に白い影が見えた。 久雄は車を止めさせ、自ら杖をつき影に近寄った。 「大丈夫かい?」 手を差し伸べると、その子犬は指を舐めてきた。 後部座席に並んで行儀よく座る犬に、久雄は懐かしさを覚える。 数十年も前のこと。 幼ない娘が庭で飼い犬とじゃれ合っている。 不意に久雄に気が付き、近寄って小石を手渡してきた。 「月の石なのよ、オリバーと見つけたの」 あの時の屈託ない笑顔。 仕事一途に生きた久雄は大きな成功を手に入れた。 町には自分の名のつく通りまである。 代償として失ったのは家族。 愛娘の面影はあの日のまま止まったきり。 もらった小石はいったいどこにやったろう…… チロン。 子犬の首元から巾着袋が落ちた。 乱雑に書かれた文字が見える。 「かげ……おかげ?」 中を覗くと500円玉が一枚。 久雄は思い立ち運転手に声を掛けた。 久しぶりに手にした千円札をその袋に入れる。 子犬はすっかり元気になった様子。 車を降りたがったのでそれに従った。 手を離すと一目散に駆けていく。 再び、オリバーと娘の笑顔を思い出した。 もし―― もし月の石のことを話したら、あの子は許してくれるだろうか。

[朗読 3分] 「男の子と子犬」(『おかげ犬①』)

「男の子と子犬」 こうきは五歳の男の子。 ママに秘密のことがある。 駐車場に作った段ボールのおうち。 そこに野良犬を飼っていること。 出会いは近所の公園。 石のトンネルの奥で鳴き声がした。 覗くと薄汚れた子犬。 お腹が空いてるのかな。 こうきは持っていたクッキーを分け与えた。 「うちでは飼えないんだよ」 それでもぴったりくっついてくる子犬。 まるで影みたいに。 こうきは知恵を絞った。それがはじまり。 洗ってやると白い犬だと分かったが、名前は「カゲオ」にした。 「来月お引越しするからね」 ある日、ママが言った。 一軒家に住めるのだろうか。そしたら―― 「今より狭くなる。田舎のアパート」 その晩、ママの目を盗んで外に出た。。 ミルクをあげカゲオに伝える。 「これで最後。あとは自分で買ってね」 白い巾着袋に、貯めていたお小遣いの500円を入れ、 マジックで「かげお」と書いて首に巻き付ける。 カゲオはワンと元気に鳴いた。 次の朝見ると、いなくなっていた。 こうきは泣きそうになって目をつぶる。 いつか、いつか、カゲオと暮らせますように――

[朗読 3分]『砂場の成人式』(ショートショート)

恵には常に違和感があった。 二十歳の誕生日に両親と思っていた人から初めて「真実」を聞かされ、ようやく腑に落ちた。もちろん二人には感謝しかない。大学まで行かせてくれ、一人暮らしの願望も仕送り付きで許してくれた。 恵は自分がかつて暮らしていたという町で新生活を始めた。その年末は実家にも帰らず、年明けも地元の友人たちの誘いを断り一人で過ごした。 その日。駅からアパートの途中にある児童公園に寄り道をし、ベンチで時間を潰した。ふと砂場の山が目に留まった瞬間、うわっと記憶の扉が開いた。 夕闇迫る砂場で誰かを待っている。 でもその人は迎えに来てくれない。 心細くなって叫んだ――お母さん! 恵は山に駆け寄ると、トンネルの穴へ声をかけた。 「大丈夫。あなたにはこれから素敵なお父さんとお母さんが出来て、二十歳になるまで幸せに暮らすことができるから」 あの時聞いた声そのままに、穴の向こうの小さな私に伝える。 「忘れないで。あなたの、私の成人の日」 ----- 元の記事: https://note.com/t_kanatsu/n/n15e0f206c0fc

[朗読 2分]『小さな泥棒』 詩: cofumi(こふみ) 【コラボ企画】

あなたは小さな泥棒 いつも私の笑顔をさらってく 幸せな気持ちをさらってく 小さな足でペタペタ歩く どこからどこに向かうのか 足跡が寄り道しているね お気に入りのカエル模様の長靴 コップで小さな水溜りを作り 大きな笑顔に泥水跳ねて あなたのちっちゃな口元が 何を食べたのか教えてくれる きょうは赤いイチゴだね 下から顔をのぞいては おねだり攻撃の作戦を練る 大きな瞳の魔法にかかる プレゼントするのが大好きね その小さな手に幸せがいっぱい 四葉のクローバーをありがとう あなたは幸せを運んでくる 小さな 小さな 泥棒 ----- 元の記事: https://note.com/hanausagi3/n/nbe9dbd480c89 Directed by かなつん__ʃ⌒ʅ__🖋 音楽:音楽の卵 http://ontama-m.com ガヤ音声: かなつん息子(当時二歳)

[朗読]『空飛ぶストレート』(ショートショートnote杯 家men賞作品)

僕のキャッチボールの相手は爺ちゃんだった。 「思い切って投げぃ」 僕にだけグローブを買い与え、爺ちゃんはいつも素手で受け止める。 どんなボールも。 硬式の球を使うようになってもそれは変わらなかった。 「悩んだ時はまっつぐ。お前のまっつぐは伸びが違うよて」 爺ちゃんの口癖だった。 高2の夏、肩を壊して野球を辞めた。 僕以上に爺ちゃんが落ち込んでしまい、持病が再発した。 そしてあっけなく逝った。 葬儀の日、僕は抜け出して河川敷にいた。 思い出の地にボールを埋めて区切りを付けようと。 不意に風が吹き、声がした。 「まっつぐを投げぃ」 僕は思い切り振りかぶり、受け手の居ない場所へボールを投げた。 白球はぐんぐん加速し、ホップしたかと思うとそのまま大空へ舞い上がり、太陽と重なって消えた。 式に戻ると今まさに出棺の時。 最期のお別れをしようと爺ちゃんを見た。 その手に、ボールがしっかと握られていた。 ※元の記事 https://note.com/t_kanatsu/n/na48a7ae75e5a