鉱物小噺 ■黄鉄鉱■

*鉱物紹介にスパイス的にストーリーを付けました*

「ラウル、長官からお呼び出し」

 両手に書類を抱えたダハカが感情のこもらない声で言う。何かミスでもしたんじゃないか、と責めるような、いや、彼女の事だ、そもそも、単純に、伝言役という小間使いにされたことが気に食わないのだろう、彼女の冷めた視線に、もう少し愛想というものを身に付けてくれればいいのに、と思う。

「俺に?」

「そう、だから早く行って」

「俺何もやらかしてないよ?」

「私は事情を知らないんだから、私に弁解しても無駄。」

 愛想も素気もないダハカの受け答えと、責めるような視線に耐え切れず、席を立つ。思わず、漏れた「あーあ、俺、長官苦手なんだよ。」という独り言は用は済んだと言わんばかりに歩き出したダハカの耳にはきっと届かなかっただろう。

 ラエルテス長官

 就任したばかりの長官、もっと言うならば、不祥事を起こした前任の長官の代わりとして、クリーンなイメージを取り戻すべく異例の抜擢の後、鳴り物入りで就任した長官だ。年頃はラウルとさほど変わらない。その、就任だけではなく、公正さや誠実さに重きを置いたお堅い組織の中で、へらへらと軽薄に笑う態度や、長く伸ばした髪と、何から何まで“異例”の長官なのだ。

 別に…組織のすべてを良しとする気はないし、彼を悪くは思わないけど…、と思う。この旧体制的な組織に彼のような先進的でフラットな人間は合わないのではないだろうか、と。

 いや、あの彼にしてみれば、組織との軋轢など大した問題ではないだろう。

 長官執務室と書かれたプレートのある扉の前に立ち、扉を5回ノックし、返答を待ってから、扉を開ける。

「失礼致します。四課所属のラウル・ファスティルと申します。」

 就任した際に、彼が部屋に入りたければ、ノックを5回しろと宣言した。面食らう我々に向かって、5回もノックさせるのは不服かい?と言って我々をさらに困惑させた。今まで、長官という生き物は神のごとき存在で、執務室は聖域であり、そこに入り、個別で話をするなど、ありえなかったからだ。

 ラウルの上司がやんわりとその旨を伝えると、彼は、ざわつく管理職たちを心底見下すような目で見ながら、にやにや笑いを浮かべ、「ああ、どうぞ、私のような若輩者に対して、そのような旧石器時代のようなルールを適応してくださらなくても結構ですよ。」と言い放ったのであった。

 そう、今と、同じような笑顔で。

「あ、楽にしていいよ、まぁ、そんなこと言っても君たちはしないか。」

 崩しかけた姿勢を戻すと、その様子を見た長官が吹き出すが、すぐに目の笑っていないいつもの表情に戻る。

「先の事件の残り火が燻っていてね。君には火消しに行って欲しいんだ。君は先の事件でとても活躍したみたいだし、周囲からの評価も悪くない。だから、適任かな、と思って。ああ、でも……」

 長官がラウルを見据える。

そう、ラウルは、この、獲物に狙いを定め、距離を測る猛禽類のような目が苦手なのだ。

「それは、私の就任前の話だ。」

 静かで、落ち着いた、それでいて一瞬で相手を凍らせるような声だと思った。

「あ、そうだ、ところで、君は、黄鉄鉱という石を知っているかい?」

 急に表情が和らぎ、口調も明るくなる。真意を図りかねて、返答できないラウルを気にする様子もなく長官は話し続ける。

「鉄と硫黄から出来ていてる硫化鉱物でね、化学組成はFeS2だ。 モース硬度は6前後と硬い部類の石だ。パイライトとも呼ばれていて、パイライトの語源は、えっと、ギリシャ語の“火”という意味の言葉だったかな?実際、ハンマーなんかで叩くと火花が散るらしい。色は真鍮のような淡い金色で、結晶の形は六面体や、八面体、正十二面体をしていて、結晶の分類は等軸晶系だ。

 この石が面白くて、どう見たって人工物じゃないか!と言いたくなるような直線的な形をしているんだ。色も金色で光沢も金属そのもののように眩い。

 実際、その光沢故だろう、魔を跳ね返す魔除けや己の未来を映す物として、まじないの類にも使われていたという歴史もある。そうだね、うん、確かに、このよく切れる刃物で切り落としたような直線や輝きを予備知識なく見たら、自然が造った物だとは思わないだろうし、それが自然の造形と知ったら畏敬の念を抱く気持ちも理解出来る。」

 黄鉄鉱という石を流暢に語る長官の手には、どこから取り出したのか、黄金色の立方体が握られている。長官が光にかざすように動かすとその立方体はたしかに眩い輝きをみせた。

「因みに、この、宇宙人や未来人が造ったような造形の石が他に何と呼ばれているか君は知っているかい?」

 猛禽類の目がこちらを見る。

「愚か者の金、だよ」

 長官が目を細める。その笑顔は愉快な話でもしているかのようだ。

「その、見た目と輝きから、金に間違える人も多かったらしい。錬金術師は卑金属から金を作ったというが、黄鉄鉱でだましていたという説もある。

 面白いと思わないかい?こんなにも金色に輝くのに、金としてのその価値はまったくないんだ。この輝きに対するその実の虚ろさに、うすら寒さを通り越して愉快な気分にならないかい?」

 (さあ、獰猛な猛禽類は獲物との距離を測り終え、捕らえるべく羽ばたきの準備を始めたぞ。)

「あぁ、ところで、ラウル・ファスティル、君は先の事件でとても活躍したみたいだね、部下からの人望も厚いようだ。きっと今の君はさぞ輝いて見えるに違いない。」

  長官が無造作に放った金色の立方体がコロコロと転がり、ラウルの目の前でピタと止まる。

「さて、そんな君に問おう。」

 

「君は、金と、黄鉄鉱のどちらかね…?」

 

 長官が嗤う。

“さぁ、自身の価値を証明してみせろ”

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