#003_加藤則芳さんを辿って │ ロングトレイル
とにかく歩いてみよう
加藤さんの多大なる影響
ロングディスタンスハイキングの何も知らず、週末にそこら辺の手近な山をうろつくだけのツマラナイ会社員だった自分が、今、こうやって信越トレイルの運営に関わらせてもらっている。これまでに就いたどんな仕事も霞んでしまうほど、この経験は何にも代えがたい。
月並みな表現しかできないのがもどかしいが、本当にたくさんの縁に恵まれ、とにかく自分はこのトレイルに「呼ばれた」のだと、勝手に思ってしまう(正しくは「押しかけた」のだが)。
そのきっかけをくれたのは、紛れもなく加藤則芳さんだった。日本国内のアウトドア業界に多大な影響を与えた作家/バックパッカーである。
Appalachian Trail(AT)のことを調べるうちに知った加藤さん。お恥ずかしながら最初は「ATをスルーハイクした日本人」ぐらいの認識しかなかった。それだけでも自分にとっては十分すぎるほどのインパクトだった。
果たして彼がどういう旅をしてきたのか、どんな思いで長い道のりを歩いたのか、そしてどんな人となりを持った人物なのか。とても興味がわいたので、彼の著書や関連本を調べ、近所の書店やネットショッピングで手あたり次第入手した。
自然保護の父と加藤さん
中でも気に入ったのが「森の聖者ー自然保護の父ジョン・ミューア」だった。
ジョン・ミューア(John Muir、1838年4月21日-1914年12月24日)は、ヨセミテ渓谷やセコイア国立公園の保護に命がけで貢献した、アメリカを代表する自然主義の作家。特にシエラネバダのウィルダネスを巡る体験を綴った彼のエッセイや著書は、現代に至るまで実に多くの人々に親しまれている。
ミューアの波乱万丈な生涯を描いたこの伝記は、彼が如何にして自然保護の重要性を説き、アメリカの国立公園システムを今日まで稼働し続け得るものにさせたかを、臨場感たっぷりに伝えてくれる。
ミューアと加藤さんの熱量が見事にリンクしたこの一冊、何度読んでも飽きることがない。
行き着いた信越トレイル
しばらくは読書を重ねる日々が続いた。
加藤さんの書いた本はどれもエキサイティングでウィットに富み、自分の知らない世界―ウィルダネスの魅力や長く歩く旅の醍醐味、我々人間が元来持ち得たはずの自然との一体感といったものをつまびらかに見せてくれる。読んでいて苦痛を感じるどころか興奮を抑えきれない。こんなに何冊もの本を同時期に読んだのは、たぶん一生のうちにこれが最初で最後かもしれない。
信越トレイルのことを知り、意識するようになったのもこの流れからだった。関連本の中に「信越トレイルを歩こう!」(ガイドブック)と「信越トレイルと加藤則芳」(インタビューブック)があったのだ。
ATの管理運営方法をお手本に、長野と新潟の県境にある関田山脈に作られた80km(当時、2021年に苗場山まで延伸し全長110kmとなった)の信越トレイル。
既存の道や古道も利用しながら、自然への負荷を最小限にとどめるため、重機を使わずに人の手で拓かれ、整備されている道だ。「1本の爪でひっかいたような木こり道」というコンセプトに心惹かれた。
豊かなブナ森を擁する関田山脈の主峰・鍋倉山。1986年9月に国有林の伐採計画が持ち上がるが、当時の地元住民による反対運動が辛くも実り計画は中止となり、そのことを取材に訪れた加藤さんが結果的にこのトレイルの立ち上げに深く関わるようになったという。
自然と人間とのかかわりについて将来へのビジョンを示したジョン・ミューアと加藤さんの姿がダブって見えた。
現場へ行けということか
そしてインタビューブックを繰っていき、あるページで指が止まった。加藤さんの奥様、奈美さんが記した「あとがきにかえて」だった。
そこには、2010年に加藤さんがALS(筋萎縮性側索硬化症)を患い、現在は執筆や講演など思ったような活動ができなくなってきている、とある。この本の発刊は2012年、今は2014年。
嫌な予感がした。
恐る恐るネット検索、すると、加藤さんは既にこの世を去っていた。
2013年4月17日。まさに自分が加藤さんの本を買い漁り始めた矢先だ。
一歩届かなかった。そう思った瞬間、悔しくて悔しくて仕方が無くなった。今の今まで加藤さんは生きているものと信じて疑わず、何ならどこかで講演会でもやらないかなぁ、一度お会いして直接お話を聞きたいなぁ、と呑気に考えていたのだ。なんとしたことか。乗り遅れるにもほどがある。
そこからまたしばらく、どうにも煮え切らないモヤモヤ感を抱えながら読書を続けたが、ある日ふと思ったのだ。
もうどんなに本を読んだって、ネットで情報を漁ったって、加藤さんのアップデートはそこにはない。だったら彼が礎をとなり命を吹き込んだ信越トレイルを、この目で見てみよう。自分の脚で歩いたら「リアルな加藤さん」を実感できるかもしれない。
秩父や奥多摩のデイハイクか、遠出してもせいぜい八ヶ岳とか北アルプスをちょこちょこかじるファンシーな感じの山行しかしてこなかった自分が、「ロングディスタンストレイルをスルーハイクする」という未知の行為に初めて現実的に向き合った瞬間だった。
(つづく)
※この投稿は「&Green」に2022年5月13日掲載済みの記事を転載・加筆修正したものです。
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