[短編小説] 虜
男の名は新井、50過ぎの薄汚い男であった。
若い頃から色男と言う訳ではなかったが、歳をとり禿げあがった白髪まじりの頭に、黒ずんだ顔、身体は弛んでおりいつからか腹も出てきていて醜い男だった。
家賃が安いだけが取り柄のアパートに1人で住み、日雇労働者として生きていた。
新井の住む安アパートの隣の部屋には、老女と孫だかひ孫だかの2人暮らしであった。
老女は近所のよしみか、新井にも良くしてくれた、"豆と高野豆腐を煮たの"だとか"魚の煮付け"などだとかよく食べ物を分けてくれた。
老女は新井に気を許していたのだろうか、よく孫だかひ孫だかの智子を迎えに行くよう頼んだ。
智子は学校から1人では帰れず、老女が迎えに行くか同級生に送ってもらっていた。
新井が智子を迎えに行くといつも無表情のまま駆け寄ってきて、手を差し出してきた。
何を考えているかよく分からない少女であったが、手を繋いで帰る時は嬉しそうにしているようにも新井には思えた。
新井に少女愛好の趣味はなかったが、智子に懐かれている感覚は好ましく思っていた。
智子が16歳の時、老女は死んだ、聞くと智子には身寄りがないという、すぐさま自分が引き取ると新井は勝手に決めた。
その日のうちに新井は智子に手を付けた、智子は嫌がるどころか心無しか嬉しそうにも思えた。
新井は商売女くらいしか経験がなかったので分からなかったが、智子は未通女ではなかったのかもしれない。
新井は智子に客を取らせるようになった女衒である、日雇労働にも行かず、1人では心配だからと商売中も同じ部屋で見続けていた。
1人では学校から帰ることも出来ない娘だからと新井は自分に言い訳していたが、智子が客と寝ているのを眺めながら、自分が智子を抱く時より高揚感を覚えていた。
新井は智子を抱く時は必ず避妊した、また客にも必ず避妊させた、智子に子供はまだ早い新井は自分ではそう思っていたが、その実赤ん坊が怖かったのである。
休みの日には少しいい物を智子に食べさせた、近所の定食屋から焼き鳥だのおでんだのを買ってきて、智子に食べさせる。
智子は食べている間も無表情であったが、実は喜んでいるように新井には思えた。
しばらくそうやって暮らしているうちに、新井は智子のことをよく分かった気になっていた。
智子の月のものが来なくなったのに気づいたのはそんなある日の事、新井は智子を一切表には出さずにいたのに。
お腹の子の父親は新井か、客か避妊だけはしっかりとしていたはずなのに、新井は訝しんだが結論は出なかった。
産婆も呼ばす智子は1人で赤ん坊を産んだ、取り上げたのは新井だが。
いつも無表情のはずの智子が赤ん坊を抱き上げた時だけは嬉しそうに見えた。
新井は恐れた智子と誰かの、もしかしたら自分の子供、白痴とうだつの上がらない自分との子供。
訳ありの赤ん坊を処理する産婆のやり方を、新井は知っていた、実行した。
赤ん坊の亡骸を処分して家に帰ると、智子はいつも通り無表情ではあったがどこか悲しそうであった。
それから智子は何も口にしなくなった、新井は思い付くありったけのご馳走を用意したが智子は頑なに食べようとはしなかった。
智子は死んだ、餓死か衰弱死かは新井には分からなかったが、ただ呆気なく死んでしまった。
赤ん坊を処理しなければ良かったか、しかし自分と智子と赤ん坊との生活など考えるだけで気が狂いそうになると新井は思った。
新井も何も口にしなくなった、智子の亡骸に寄り添うようにして、いつしか新井も死んだ。
-了-