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氷河期より愛をこめて「浅草今半」新宿京王精肉店

失われた20年とも、30年ともいうが、バブル崩壊後の1990年代初頭から2010年代の不況は本当にひどいものだった。私のような庶民は、「いや、そのうちもうちょっとくらいは景気も良くなるかも…」なんて安易に考えていたものであるから、余計に始末が悪い。青春期から青年期にかけての貴重な時間にあなたも就職氷河期の憂き目にあったくちですか?お互いタイヘンな時代でしたね。

しかし、タイヘンな時代だったからこそ、とりあえず、生きて、クウ・ネルができていればもうけもの、と腹を括った方が得というものだ。振り返るのはやめにして…と思ったが、今回は失われた20年の中で得た貴重なグルメをご紹介したい。

「浅草今半」といえば、人形町今半とならんで、すき焼、しゃぶしゃぶの超有名店。路面店の店先に観光バスが乗り付け、その味を堪能しようとする多くの客でごった返している。選りすぐりの黒毛和牛をお店で頂くなんて、ほんとにぜいたくな話だが、「浅草今半」は精肉店も営んでいる。新宿京王百貨店の地下二階に、ずいぶん昔からその精肉店が出店していて、私は新宿に遊びに行った帰りは必ずこちらに立ち寄るようにしている。

雑誌やテレビ番組などで取り上げられることが多いのは、「浅草今半」のハンバーグだ。ふんわり、長方形に近い丸型に成形されていて、ラップをはがして家で焼くだけでおいしくいただけるようになっている。数回購入したのだが、ほんとうにフライパンで焼くだけでお店のハンバーグの味が再現できて感動ものだ。難を言うと、夕方以降に店舗を訪れても売切れているということ。何でも、京王百貨店のヘビーユーザーのマダムたちは百貨店の開店直後にこちらのハンバーグを購入するのだそうだ。ハンバーグ一つで熾烈な戦いが行われているのですね。

私が忘れられない今半の一品。それは今半の牛スジだ。ただしいつも店頭に並んでいるものではない。私の記憶が正しければ…本当に日本が長期的な不況に陥っていたころ、なんとか就職にこぎつけた私は、たまたま今半の前を通りかかり、例の売切れたハンバークのショーケースの隣に、ビニールに包まれたスジを二袋発見した。専門店の牛スジだけに、さぞかし旨かろうと考えて一袋購入。家に帰って袋を開けると、今まで見たこともない、厚みがあってつやつやと輝く大きなスジが出てきた。

料理本などを参考に、スジを洗って水からさっとゆで、再度よく水洗い。汚れや血などをきちんと落とす。これを適当な大きさに切り分けて、牛筋煮込みとカレーを作ってみた。その出来立てをひとくち…!

これが信じられないくらいうまい。うまみの大洪水といっていい。スジが新鮮で、品質が良いとここまでのお味が出るのか、感動。

以来、毎週京王百貨店に通って、スジがあるかどうかを確認するようになった。不況のころには比較的手に入った今半のスジだが、やがてだんだんと店頭から姿を消してていく。今半の別の精肉店では販売しているかもしれない。それとも残念だが、スジを売らなくてもお店の利益が十分出るようになったということか?まあそれはそれでよいことだが。私の料理スキルでは、通常のスジでは目を見張るほどのお味はでない。今半でなくちゃ。

昨年、何年かぶりで今半のスジが売られているのを発見し、即購入した。かつてのものよりもやや身が薄いスジだったが、相変わらずお味は最高だった。スジ煮込みというとさぞかし手間暇がかかっていると思われるかもしれないが、ちょっと下処理したスジと大根、ゴボウ、ニンジン、こんにゃく、焼き豆腐を一口大に切って、煮込んで醤油で味付け。仕上げに長ネギを刻んでのっけるだけだ。これだけで居酒屋のあの「煮込み」の5倍くらいおいしいものが出来上がってしまう。ご飯のおかずにも十分すぎるほどの一品となる。

氷河期ならではのグルメ・イン・新宿?いや、フロム・新宿か。

また不況になったら、今半の店頭においしいスジが並ぶことも増えるのだろうか。こわいような、うれしいような、かなしいような。




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