お箸の国の牛タンシチュー「銀之塔」
東銀座駅の近辺をうろうろするのが好きだった。「だった」というのには訳があって、歌舞伎座が新しくなってから、辺りがなんとなく一変してしまった気がして、寄り付きにくくなったのだ。前には日本茶のカフェがあって、そこでお茶してから、マガジンハウスに向けて歩いて行った。おいしいラーメン屋とメンチカツの有名店があって、休日のお楽しみコースだった。
「だった」ばかりですみません。
変わらぬ東銀座の顔、「銀之塔」はビーフとタンのシチューとグラタンの名店である。この店を通りかかると観光バスの姿を見ることもある。なるほど、銀座で買い物して、歌舞伎を鑑賞して、ミックスシチューでおなか一杯になったらバスですやすや眠りながら帰途に着くのだろう。最高の週末。はとバス経由ですでにご賞味済みの方も多いのではないか。
ミックスシチューのセットを頼むと、小鉢とごはんと、シチュー、漬物が運ばれてくる。よくよく考えると不思議な組み合わせだ。すべてをローテしながらご飯を食べろと、そういうことなのだろうか?
こちらのお店のシチューは、どこか和食のテイストが残る、懐かしさのある味わいだ。もちろん、丁寧に処理されたビーフとタンはお箸で切れる柔らかさ。ご年配の方をお連れしても、友達と訪れても、鉄板に大丈夫。れんげではふはふしながら、みんな満足できること請け合いである。
また、日本の家庭料理を彷彿とさせるようなかわいらしい小皿や茶碗がポンポンとテーブルに並ぶので、外国のお客様にも喜ばれるのではないかと思う。
…東銀座の辺りはちょうど、銀座と築地の間だ。松竹の関連会社を多く見かけるところをみるとその昔は興業が盛んだったのだろう。遊びにやってくる若い衆や‥昭和に入れば家族連れが、そして築地帰りの労働者たちが気軽に飲んで食べて遊んだに違いない。
言われてみるとこの辺りから築地にかけての有名店にはとんかつやら天丼やらうなぎやら、働き盛りが喜ぶ食べ物が多い。
瓶ビールをぼくぼく注いで、ちょっと休憩。
昔の、軒先が薄暗く、怪しい雰囲気のあった歌舞伎座のことを思い出す。一幕歌舞伎をひやかしに見て、「ああ、あれが松たか子のお父さんか…」などと、ぼんやり思っていたものだ。東銀座駅の出口が狭くて、雨の日など歌舞伎鑑賞のために着物を着てやってきた女性たちがすそが汚れるのを気にして眉間にしわを寄せて階段を上がり降りしていた。…今では歌舞伎座は地下通路でメトロと直結し、ご婦人方の不愉快も低減したに違いない。
東銀座の出口を上がって、築地方面のダイナミックな街並みをながめながら、銀之塔を訪ねるなんて、おしゃれですね。うれしいことに、気軽に入れるお店だ。
シチューはごはんにあうと思いますか?どうぞお試しあれ
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