『普通の人でいいのに!』の葛藤の半分は、フェミニズムが解決できる
私が今回論じるのは、冬野梅子『普通の人でいいのに!』における、女性の生きづらさである。2020年5月期のモーニング月例賞 奨励賞を受賞した読み切り作品で、SNSを中心に共感や反感が巻き起こった。
終盤、みこが彼氏にラジオへのネタ投稿を「いい趣味じゃん」と評され、心の中ではラジオへのネタ投稿を「今までの人生の帳尻を合わせてくれる切符」と捉えていたみこが苛立ちを露わにし、彼氏を家から押し出すシーンがある。その後、「趣味だって バカにしやがって」といきり立ったまま、親交のある友人に電話をかける。
電話口で募らせる鬱憤は2種類ある。「理想の場所に見合うよう、正しい方向の努力をしてきた相手への僻み」、「パッとしない彼氏を(自分がそう感じているのと同じく)パッとしないと感じ、安堵していること」である。放送作家の伊藤への慕情のように、はっきりと切り分けられない出来事もあるが、みこの生きづらさは友人に暴露した「職業に関するもの」「恋愛に関するもの」に大別されると思う。そしてこの内、恋愛に関する生きづらさは、フェミニズムを学ぶことで解消される。
みこは「経理? ぽいわ~」と行きつけのバーで遭遇した客に言われるように、自らアクセスしに行く世界の中では地味な顔立ちや服装をしており、33歳という年齢もあって彼氏づくり、そしておそらくその先の結婚に執心している。しかし、作中でみこが「彼氏が欲しい」「結婚したい」と言ったことはない。マッチングアプリに手を出し、「普通の人でいい」とターゲットにする水準を下げ、相手の行動を冷静に分析しながらも意図に乗る。私はこれを読んで、そもそもこの人は恋愛をしたいのかと疑問に思った。
みこの恋愛に関して、重要な位置を占める人物が二人いる。みこが愛聴するラジオの放送作家の「伊藤」と、会社の元同僚で、みこと付き合うことになる「ヒロくん(倉田さん)」である。とある客に失礼な、しかし図星を突く言葉を投げられたことによって傷ついたみこは、伊藤の優しいフォローに対して「告テロ」と本人が表現するほど唐突なかたちで好意を告白する。結果、みこは言葉を選びつつ慎重にそれを断られてしまい、みこは翌日「当たり前じゃん お友達だもん リスナーだもん ファンサだもん 邪険になんかできないよ」「ああ… 恥ずかしい 愚かしい」と後悔する。元同僚の性格やデートの場所選びには細かすぎるほどの分析をしている描写や、マッチングアプリをしばらく使ってみていたという描写からもわかるが、みこは本当に恋愛経験が皆無というわけではない。割く時間や金額、メッセージのやりとり頻度など、人によって告白の成功可否の判断材料は違うだろうが、伊藤のことが本当に好きで、告白を成功させたかったのであれば、みこも自らの考える「脈あり」に向けて、もう少し努力できる点があったのではないか。さらに、百歩譲って伊藤が好きで仕方ないあまり、アプローチらしいアプローチが出来なかったとしても、告白が失敗に終わって頭を巡る言葉が「悲しい」よりも先に「恥ずかしい」「愚かしい」だろうか。みこは、「付き合えればいいな」と実現しないことが本人にもわかっている願望を持っていただけで、伊藤に恋していたわけではないのではないか。
また、この失恋の後にみこはヒロくんと付き合い始める。みこは食事に誘われた段階からヒロくんに対し冷静な分析をし、最後まで「普通にいい人」「悪い人じゃない」以上の評価をしない。それどころか、「なんだこの茶番は」「でも これが幸せなんだよね?」「些末な生活 インスタントな刺激 安心な娯楽 でも生活ってそういうもんでしょ」と独りごつ。この時点で、ヒロくんを愛し、今後一生を共にするのに相応しい量の愛情を持っているとは言いづらい。
みこのこれらの行動は、「自分の容姿や年収、年齢を考えると、普通の人でいいからとりあえず結婚を前提に付き合っておかないとまずい」という焦りに集約される。しかしそもそも、結婚をしなければまずいと感じるのは何故なのか。
まず、結婚を焦る理由には、日本における女性へのエイジズム(年齢を理由にした差別)、ルッキズム(肉体的特徴を理由にした差別)の内面化が考えられる。これらは日本の女性に対しては非常に日常的に行われることで、若くも美しくもない自分は「B級品」だ、というみこの価値観はここから生まれていると言える。年を経るごとに価値が目減りしていくのだから、普通の人でいいから、誰かと交際しないと、と考えるのだ。自らに下す評価そのものが女性蔑視的な社会に刷り込まれたものであり、年齢を重ねることや、世間一般的に見て美しいとされる容姿からは外れていることで生きづらさを感じるのであれば、それは己の不運や努力不足のせいではなく、社会構造に責任があることだと知れば、自らの年齢や容姿を卑下する感情は多分に薄まるのではないか。
また、そもそもなぜ結婚を焦るのかに関しては、女性の生涯賃金の低さ、出世が見込まれないことが理由と考えられる。女性と男性が同じ仕事を同じ年数していても、女性の出世が遅く、賃金が上がらないのは、企業の女性差別が原因である。結婚をしておかないと一人で生きていけないのは決して自己責任ではなく、女性の待遇を低く抑えている社会構造が悪いのだ。
無理をしてまで恋をし、理想を下げて婚活をし、結婚を焦るみこの姿に共感する読者は少なくない。なぜ結婚を焦らねばならないのか、なぜ自分を卑下するのかを紐解いて考えることで、性差別を内面化した多くの人に男女差別の実態を周知できるだろう。
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