23.2.3 博士号なんか取ってどうするの
こんばんは、多部栄次です。
ぼちぼち日記やっていきましょう。
ちょっと嫌なタイトルとなりましたが、キャッチーさを狙っただけに過ぎません(実際、人に言われたことのある言葉ですが)。少なくとも自分にとって博士号は必要で、大切なものだと強く感じております。ただ、自分の信じるものを思考停止で肯定的のみに受け止めず、一度懐疑的な視点で見つめ直すのもいいかもしれませんね。
先日、博士論文公聴会(本審査、ディフェンスとも)、および学力審査もありましたが、なんとか合格しました。合格させてもらえました。
あとは教授会で最終審査が通れば、晴れて学位取得となります。ただ基本的にここはよほど何かをやらかさないか、それこそ事故らない限りは通るものだと言われているので……って言われても安心できないのが僕の性格ですので、いつも通り研究に励みたいと思います。博論も最終提出(製本化)まで時間はありますし、いろいろ修正や加筆したいと思います。
ここまでいけたのは、ひとえに皆様のおかげです。
詳細は言えませんが、
鬱病になった自分を受け入れてくれて、自分の中途半端な行動も何一つ文句言わず自分のペースで大丈夫と言ってくれたり、再び籠ってしまった自分に電話をしてくれたり、研究指導も最後まで親身にしてくれた教授、
自分のクソみたいな人間性や価値観を受け入れた上で修正し、人間関係や生活の改善等、あらゆることに対して熱くサポートしてくれたアドバイザーの客員教授、
何もない自分に対し3年間の奨学金を貸し、また内定をくださった企業の皆様、
相談や話をしてくれたカウンセラーの先生、
診察と相談に乗り、薬を処方してくれた医師と薬剤師の方々、
研究や実験のサポートや論文投稿を教えてくれた助教やポスドクの先輩方、
半年以上休み、誤解されやすい休み方をしたにもかかわらず、変わらず接してくれた先輩や後輩の皆さん、別の研究室の同期やその後輩等、
自分の悩みやうつ状態の時に親身に話を聞いてくれた友人と親友、
自分のネット活動に対し反応を示してくれた方々、
そして見守ってくれたり、いろいろと助けてくれた家族
皆さんのご厚意がなければ自分はいまここにいませんでした。おそらく存在しているかもわからなかったです。生きているとしても廃人になっていた可能性だってありました。
だけど、こんな自分を受け入れてくれて、それで見放すことなく助けてくれたから、ここまで来れました。
僕がすごいわがままで強情極まりなかったからこそ、辞めさせたくてもそれができずに今に至るのかもわかりませんが、仮にそうだとしてもいいんです。少なくとも、会社と大学院との契約を破らずに済んだのですから…って僕が言える資格は全くありませんが。
僕にとっては奇跡以外の何物でもありません。でも、このいただく予定の学位は決して自分だけでなく、皆さんと一緒に取ったものだと考えています。自分の名前ではありますが、皆さんの学位でもあります(?)。だからこそ、この称号に恥じぬ行いをこれからして、お世話になった分の倍以上はお返ししたいですし、今後の若い人たちに還元できればと思います。
本当に、ありがとうございます。
まだ学位をいただいていないくせに何を偉そうなことを言ってんだと思われそうですが、学位は決して自分の実力が証明されたものではなく、あくまで指導教員や審査員らが承諾してくれたから得られたものに過ぎないと考えています。少なくとも、ぼく自身はそうだと思いますし、それに対して他の博士の皆さんは実力で取っているので頭が上がりません。
世界は広いんだと痛感しました。僕には無理だと、そう思っています。そのような方々と同じ学位をいただいている以上、泥を塗らないよう頑張りたいです。
だからこそ、社会に出たら仕事に専念したいと思いますし、学位だけでなく中小企業診断士と技術士取得も目指したいと思います。なんでもできると思ってんじゃねぇぞと言われるのも承知ですが、自分は目指します。何もない自分だとしても、何もしない自分にはなりたくないので。
ここからが本当のスタートです。ようやく一歩、前に進めます。
社会の厳しさは相当だと思います。博士号が所詮はただの肩書に過ぎず、それどころか足枷になるという話も耳にします。運転免許証みたいなものだと言われた話だったはずがまさか足枷だとは…
要は「博士なのにこんなこともわからないの」「博士なのにこんな簡単なこともできないの」と言われるようになります。こればかりは避けられない運命です。実力に乏しい自分ならばなおさらです。
(実際に力があるかどうかは問わず)大きな肩書があると周囲の期待や圧力は大きくなりますし、責任も伴うことが多くなるんだと、最近になってようやく知りました。経験してない以上、理解するまでには至っていませんが。
問題は、自分がどう行動して、どれだけ成果を残せるか、他人にどれだけ良い影響を与えられるか、どんな評判を得られるかにつきます(と教わりました)。
そう思うと、なんでしょう。浮かれている場合じゃないなと感じたりします。自分のなけなしの全力は出して、終わったはずなのにどうしてこんなにも胸も息も苦しいんだと。どうしてこんなにも怖くなっているんだろうと。どうして勝手に涙が出てくるんだろうと。
社会は実力(はもちろん大事ですが)以上に、評判に左右される。君は信用に値する人間として生きていますか? 以前、そう聞かれたことがあります。
鬱もまだ治りきってない時に言われると、思いのほかダメージが大きいですね。そんなもんあるわけねぇだろと。信頼性どころか人間性や生活力もなにもかもどん底に落ちている傷だらけの人間に残っているものなんて膨れ上がった劣等感と息をするだけの命一個だけなんだぞと。
ああ、自分は信頼されてない人間なんだ、価値のない人間なんだと思って、鬱が悪化しました。カッターを取り出したのもその時です。切った瞬間、取り返しがつかなくなると思って、数時間の葛藤の末に切ることはしませんでしたが。自傷してないなら鬱じゃないじゃんって声が聞こえた気がしますがきっと僕の幻聴でしょう(被害妄想)
そうなんですよね。合格したからといって手放しに喜べないのも事実なんです。人間関係と博士課程という甚大なストレスがほぼ解決したからと言って、霧が晴れるようにうつ病が治るわけではないんですよね。いやだいぶ改善はされましたが、再発のリスクだってあるわけです。その上、どれだけ自分が周囲を振り回したか。どれだけの人の時間を奪ってしまったか。どれだけの人の心のリソースを心配事で削ってしまったか。
合格できたのはよかったです。ただ、医師の言うことを無視して悪化したのも事実です。薬も飲まなくなり、公聴会前の週では全く動けない日もあり、使うはずのなかったカッターをずっと握っていたり、包丁を腕にずっと押し当ててそのまま引いて切ろうか否かずっと葛藤していたこともありました。
博士課程では相当のプレッシャーがかかるのはわかっていましたが、これで鬱になったのも否めません。このまま社会に出ると、何か負荷を感じるたびに言えに籠ってしまう可能性がゼロではない以上、本当に働いて大丈夫かということで内定先が危うくなったのも嘘ではないです。
やってみないと分からないのが正直なところですが、少なくとも、なにがなんでも自分はそこで働きたいですし、貢献しないと罰が当たります。お借りしたお金以上のものもいただいていますし。
それに、人間関係も完全には解決していません。お互い、表面的で、建前だけでなぁなぁにしているにすぎません。ここでしっかり苦手な人と話し合ってお互いの誤解(自分が相手に対して抱いている偏見)を解かないと、社会に出ても同じことを繰り返すでしょう。
鬱になったきっかけの人物ではありますが、厳しくも正論かつ優しさで言ってくれただけなんですよね。にもかかわらず、幼稚な自分は間違った受け止め方をして、反論もしないまま病んでしまったにすぎません。もちろんそれだけじゃなくて、家族関係におけるトラウマと重なって、そして研究という情緒不安定になることをやっていたのもあって、何もかも足りないと無力感を痛感した時期だったのもあって…まぁいろんな要因が重なってうつ病になったので、決してその人が悪いとかでないんです。むしろその人は被害者なんですよね。本来ならば、僕はその人に「厳しく言ってくれてありがとうございます」という立場なのに。
両親の問題は解決しました。あとは、その人ともう一度、話し合うだけです。それがたまらなく怖いですが、今月の内に腹を割って話したいと思います。
自分は確かにできの悪い、役立たずかもしれない。博士のくせにこういうと嫌味にしか聞こえないかもしれないけど、本当にそう感じるんですよね。
優秀ではありませんが、自分で研究はしたし、特許も取れて、学会も出て賞もいくつかもらって、査読論文もパブリッシュされて、博論も自分で書いて、発表資料も自分で作って発表もしましたが、それでもまだ社会で必要とされることは何一つしていません。すべて教授やスタッフ、メンバーらがいたから為せたことです。それに人間として求められる品格や知性も不十分です。信頼も実績も、社会の前では無に等しいです。
ただ、幸いにもご縁のおかげで働かせてくれる居場所があります。そこを起点に、ゼロから始めていきたいと思います。
さて、これらの話を以てタイトルの話に戻りますが、博士号なんか取ってどうするのという問いに対し答えるとすれば、
博士号は自分の限界を知っては地に足を付けるきっかけと、可能性を拓いてくれるきっかけを与えてくれたものであり、周囲の優しさと自分の視野の狭さを痛感させたものでもあると。そして化学の世界の解像度を高めてくれるきっかけとなったものだと僕は思います。心から、この道に進んでよかったと思います。
最後に言いたいことがあるとすれば、
この研究室と教授に、この会社と社長に出会えてよかったと。
そしてこの家族の下で生まれてよかったと。
だから、これからも死なないようにしていきたいと思います。そう思えただけでも、一歩前に進めたのではないでしょうか。
画像引用させていただきました。m_oonote様、誠にありがとうございます。
それではおやすみなさい。明日も良い一日を。
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