懐かしい人
ピアノサークルに入る前、好きな人がいた。
例の発表会で出会った音大のピアノ科卒のKさん。
顔合わせで初めて会った時、「なんて綺麗な人だろう」と思った。外見や雰囲気は、ピアニストで女優の松下奈緒さんに近い。一目惚れだったかもしれない。
当時、私は専門学校を卒業したばかりの21歳で、Kさんは10歳以上も年上。
東京の専門学校に通っていたとはいえ、田舎のガキだった私は、Kさんの都会的な雰囲気、そして何より、大人の女性としての立ち振る舞いに、これまで出会ってきた女性とは全く異なる魅力を感じていた。
「都会的な雰囲気って?大人の女性としての立ち振る舞いって?」と聞かれると、どうにも上手く説明できないが……。
しかし、その恋が成就しないことは百も承知だった。Kさんには婚約者がいたし、私には彼女がいた。
「彼女がいるのに、別の女性に一目惚れってどういうことや!」
と言われそうだが、好きで付き合っている彼女がいるのに、どうしようもなくKに惹かれている自分に戸惑っていたのも事実。
じゃあ、お互いフリーだったら、どうにかなったか。
ハッキリ言って、それはない。
同じサークルで、友人としてはそれなりに信頼され、仲が良かったが、おそらく男性としては相手にされていなかった。自虐ではなく、本当にそう思う。
当時はピアノを弾く人と言えば、9割以上がクラシックの人たちで、私のように西村由紀江、ジョージ・ウィンストン、アンドレ・ギャニオンなどのイージーリスニング系を弾く人は本当にごく一部。ピアノサークルのメンバーと話が合わなかったり、異端視されることもしばしばあった。
そんな中、Kさんはクラシックはもちろん、イージーリスニング系もかなり弾く人であり、サークルの中では一番気が合った。ここまで来ると、もうKさんと会うためにサークルに行くようなものである。
Kさんは、掴みどころのない人だった。しっかりしていて、でもどこか飄々としていて、相手をうまくかわしたり、いなしたりするのがとても上手い。
美人でピアノが上手くて、年齢が30代前半ともなれば、良くも悪くも話題になり、人気者になる。特に男性からはあれこれ言われるのだが、決してイラっとする素振りを見せることなく、でも自然に「その辺にしておきなさいよ」という空気を出し、撃退する。「大人の女性としての立ち振る舞い」というのは、多分こんな感じなんだと思う。
そんな様子をいつも間近で見ていたからこそ、私はKさんに敬意をもって接していた。21歳のガキなりの、好きな人に対する愛情表現だったのかもしれない。
だからこそ、私と長い間、仲良くしてくれたんだと思う。「友人としてはそれなりに信頼され、仲が良かった」と言える根拠だ。
その付き合いは細く長く、私が37歳まで続いた。
もう一度言うが、ドラマみたいな出来事はない。それで良かったんだと思う。
恥ずかしさを堪えて言うならば、Kさんは私にとって「女神さま」みたいな人だった。
そういう人と出会えただけでも、幸せなこと。
最後に会ったのは、確か山梨の演奏会。
北海道に移住してからは、一度も会っていない。
たまに「ああ、どうしてるかな」と、とても懐かしくなるのである。
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