最後のウイルス ⑥ 「連載小説」

感染7日目

幸太郎は研究所のある大学の中まで来ていた。研究所のエントランスに入るとそこには研究員と思われる男が座っていた。向こうも気配に気づいたらしく声をかけてきた。
「昨日の放送を見てこられた方ですか?」向こうは驚いた気配もない。その姿からは疲労感が見て取れる。
「はい」幸太郎は緊張していた。
すっと立ち上がり通路を奥に進んでいく、ついて来いということらしい。
通路は光で照らされてとても明るかった。しばらく進むと電子ロックされた扉があった。
研究員が自分の指紋をかざすと扉が開く。中に通されると自分の目を疑った。

そこにはショッピングモールから引き返す時に見た男がいたのだ。
ただその男は5メートル四方の檻に入れられていた。
あの時と同じようにその中を走り回っている。
ぶつかっては転び、起き上がってまた走ってぶつかる。薄ら笑いを浮かべながら。
男は頭からは血が出ていた。何度も自分でぶつけているせいか傷のあたりが青黒くなっていた。幸太郎は目を背ける。

「本当に見えるみたいね。」女性の声がした方を見ると、
白衣を着て髪を一つに束ねた女性がいた。
「ここの責任者の堀川よ。ウイルスの研究をしているの。ちなみに私も症状は出ていない」
渡された名刺には博士とあった。
幸太郎は自己紹介をしてすぐに
「この男の人この間街に行った時に見ました。一体どいうことなんですか」

「このウイルスは視覚と聴覚だけではなく人間の五感全部を奪うウイルスで最後に失うのは触覚なの」博士は続ける
「怖いのは触覚を失う時にくる幻覚症状のようなもでこの男の人は体をぶつけても痛みを感じていなくしむしろ快楽を感じているかもしれないの。」


三日前 博士はドローンを飛ばして街を探索していたらしい。その時にこの男と同じ症状が出た人を都内に10人ほど発見し、そのうちの一人と接触することに成功した。

堀川はぶつかって転んでいる女の人に声をかける
「大丈夫ですか?先ほどから見ているとわざとぶつかって転んでいるようにも見えるんですが、、、」
するとこんな答えが返ってきた。
「私はぶつかって転んでいるんですか?数日前から体に何が触れても感覚がないんです。何かにぶつかっている感覚もなければおしりを地面につけている感覚もないんです。ただ、たまにふわっと宙に浮く感覚があってそれがとても気持ちいいの。空に浮かぶ雲に乗り込むような感覚なの。」
博士はこの女の人が転ぶ瞬間の体が移動する時に快楽を感じているんではないかと仮説を立てた。三半規管の異常ではないのかと。そしてこのぶつかる女の人も薄ら笑いを浮かべていたらしい。

博士は檻の中に視線を移しながら、
「この男の人は昨日保護したの、症状が一番ひどそうだったから。」
「睡眠薬を投与しているけど起きたらずっとこの調子なの。脳波を測定したら転ぶ瞬間にやはり快楽を感じているわ。」博士は悲しそうな表情をしている。
「もうこちらの声も聞こえてないし。彼に記憶もあるのかもわからない。」

「治療法はあるんですか?ワクチンとか?僕にできることは?」幸太郎はすがるように聞いた。
「今のところないわ。あったとしても私が生きてる間にできるかどうかもわからない。」
「あなたにきてもらったのは一応血液サンプルを取らしてもらいたいっていうのはあるけど、一番の理由は私の他に症状が出てない人がどれくらい居るか知りたかったの。」
「僕に何かできることはないんですか?」
「ええ。この症状はどれくらいのスピードで進行するかわからない。明日人類全員がこうなるかもしれないから時間は大切にしたほうがいいわよ。今日はありがとう。」

                  続


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