宇宙漂流お父さん First Contact【エピソードまとめ】
宇宙漂流お父さん『First Contact』のまとめました。
内容は同じです。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
地球が見えなくなってしばらく経つ。
それでも、太陽は確かに確認出来る。
太陽系惑星は比較的近い間隔で点在しているのだが、そろそろその惑星群から抜けてしまう頃だ。
地面のないガス惑星・海王星に一番近づいた人類として、歴史に名を連ねる事だろう。
ただ、その記録を地球にお届け出来ないのが残念だ。
「地球より青かった。」
ガガーリンの名言を文字った一言をつぶやいてみた。
スマホに、声も吹き込んでおいた。
私が息絶えても、いつか誰かがこの記録を見つけてくれるかもしれない。
そんなちょっとした事に楽しみを見出しだしつつある一方通行の宇宙旅行中だ。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
何年も人と話さない帰還が続くと、人は言葉を忘れてしまうのだと実感した。
意味の似た言葉を選ぶのが難しくなったり、漢字表記はもう出来ないものもある。
「まずいな…」
何がまずいのかというと、自分がここにいるという記録を、文字や音声で記録できなくなってしまうから。
「今さらだけど、やってみるか…」
本当に今更。
その日から、毎日かかさず映像日記を残す事に決めた。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
【 1日目 】
「今日も宇宙は暗い。地球はもう見えなくなった。」
ちらっと、外が見える窓を見る。
「それでも、寂しくはない。地球にも綺麗な星空はたくさんあったが、ここは毎日満天の星空だ。帰ったら、この話しもたくさんしたいな。」
ほんの一分ほどの映像を撮り終える。
映像のタイトルには「1日目」と記した。
宇宙に来た時のはバタバタして、こんな記録を取る余裕がなかったから、ようやく余裕が出てきたのだろうか。
ー 明日からも、この映像を撮ってみよう。-
久しぶりに明日のことを考えながら生きている実感が沸いた。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
【 2日目 】
「今朝も夢を見た。誰かの声が聞こえてくる。
『起きて、そろそろ起きてもいい頃だよ』
懐かしい声で呼びかけてきたから、もしかして!と思って、目を開けたけど、やっぱりいつもの天井。
毎日夢を見てて、その声に誘われるように起こされる。
残念だけど、寂しくはない。むしろ、空耳でも声を聞けて嬉しい。
そんな事でも、この宇宙船で一人じゃないと思える。」
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
こんな他愛もない動画日記を毎日撮っている。
動画に何か大きな変化があるわけじゃないけど、毎日生きている事を確認出来る。
ふと窓に目を向ける。
毎日、違う星のアートが広がっている事も併せて報告したりする。
動画日記を始めて一ヶ月ほど。
変化は突然訪れた。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
【 30日目 】
「おはよう。今日は30日目。元気だよ。
ただ、昨日から何かがおかしい。
ちょうど窓から見える星が、近くに見えているのだけれど、星に影が落ちている。
その星の影が、どんどん大きくなっているように見えるんだ。
ゆっくりだから、まだ何なのかわからない。ずっと見ていこうと思う。」
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
日記に入れた音声の通り、星の影が大きくなっているように思う。
その影は、最初は何も気にならないごく小さな黒点だった。
星を周回する小惑星かなにかだと思っていた。
しかし、それは時間を追うごとに大きくなってきている事に、今朝気づいた。
まだ肉眼でも双眼鏡でも何かを確認できない。
何しろ黒い。
これは、眠っていられない。
「今夜は徹夜か。」
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
「ねむい...」
本来ならもうとっくに寝床に伏している時間。
自由きままに寝て起きて、という生活が出来ない私は、何となく体内時計に準じて、しっかり寝起きしている。
だからこそ、深夜ともいえる今、眠気がちゃんとやって来た。
カフェインを摂取したい。
そんな衝動に身を任せ、あつあつのコーヒーを汲みにキッチンの方へ歩き出した。
「ふぅ...さすがに眠いな...。」
睡魔と戦いながら、ふわふわした気持ちで窓の方へ戻って来る。
「...えっっっっ!!!?」
目の前になっている事に驚きと動揺を隠せない。
今このコーヒーを淹れに行ったたった数分。
多分、2分あったかどうか。
窓に映る光景は、2分前のモノとは似ても似つかない。
「こ...これは何だ...。」
窓の外は、星が近くの恒星の光に煌々と照らされていたはずだ。
その星に、黒い影が落ちていてゆっくりと大きくなっているように見えていた。
しかし、目の前はほとんど光を感じない。
全面が真っ黒になってしまっていた。
眼前に広がっていた星の光や、その他の星たちはどこにも見えない。
「どういうことなんだ...。星は...あの影は...。えっ、もしかして...。」
ー もしかして ー
今、考え付く限りの[もしかして]を振り絞っても、一つの答えしか出てこない。
ー あの影が、目の前に ー
もうそれしか思いつかない。
目の前の、一面の真っ黒は“ あの影 ”としか考えられない。
目を離した数分で、とんでもない大きさになったのか。
それとも、眼前まで近づいて来たか。
ー 怖い ー
宇宙を漂流し始めて不安はあったが、ほとんど諦めてしまっていた。
それに、怖いと思ったことはほとんどなかった。
初めて、宇宙の恐怖にさらされた。
どうすればいいんだろうか。
答えなんてないんだろうけど、思考を張り巡らせていると、またも思いもよらない事態に陥った。
【 ドドオオオオオオーーーーーーーン 】
信じられないほどの轟音と振動と共に、何かがこの宇宙船にぶつかった。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
窓の外は相変わらず真っ暗で、轟音が鳴り響いた。
「な、なな、なんなんだ!!!!?ちょ、ちょっと大丈夫か!!?」
何かがぶつかったような音がしているが、それよりも宇宙船の耐久性の心配が真っ先に浮かんでくる。
ここは宇宙空間。
放り出されれば、おそらく2分と持たない。
【 ギィギギギギィィィ… 】
どうしようかあたふたしている中、外では何かが宇宙船と接触したようなギリギリとした音が聞こえてくる。
不安が不安を呼ぶ音と振動。
しばらくすると音が止み、足元から伝わってくる揺れも止んだ。
じっと窓を見ているが、何も動きはない。
「...おーい。」
『............。』
当然と言えば当然だが、反応は返って来ない。
外は宇宙空間でほぼ真空。
もし何かとぶつかっているとして、そこに意思疎通が取れる何かがいたとしても、真空で声は伝わらない。
静けさだけが流れていく中、何度も外を見たり、宇宙船の中を見渡したりした。
中から見るに、何も起きてはいない。
もしかして、夢?
というわけではなさそうだ。感覚が研ぎ澄まされている。
目もパッチリと冴えている感覚がある。
夢でないとすれば、ほぼ間違いなく宇宙船に何かがぶつかっている。
どうやって確認しようと思案していると、
ー コンコン、 ー
すぐさま音のする方向に目を向ける。
「え、そっち?」
思った方向とは違う。窓とは逆。
ー コンコン、コンコン、 ー
ノック?扉の方向からノックのような音が聴こえた。
音は定期的に、かつだんだん回数が増えてくる。
ー コンコン、コンコン、コンコン、 ー
「は~い。」
しまった!と思ったが、もう声にしてしまった。
家にいる時のような返事をしてしまった。
ー コンコン、コンコン、コンコン、コンコン、 ー
ノック回数は増していく。
これでは、埒が明かない。
私は、音のする方に歩みを進める。
ー コンコン、コンコン、コンコン、コンコン、コンコン、 ー
扉は二重になっている。
宇宙服を着て、船内側の扉を開け、二重扉の中に入る。
ー シューーーーーーーーー! ー
二重扉を密閉し、空気を抜けていく音がする。
ー コンコン、コンコン、......... ー
途中から音が消える。もうほとんど真空だ。
「さぁ。何がいるのか。」
勇気を出して、宇宙側の扉に手を掛ける。
ぐるぐると、大きな鉄のバルブのようなロックを回していく。
(ギギィ)
音は聴こえないが、何となくそんな音が鳴っている気がした。
扉を宇宙空間の方へ押し込んだ。
「!!!?」
扉を開けると、声にならない驚きの光景が広がっていた。
「え、こ、こんな...。な、何だこれは...」
この宇宙船の扉にぴったりとドッキングしたかのように、通路が続いていた。
通路の構造を見渡す限り、しっかり密閉されているようにも見える。
機械的な構造。
静かな空間。
今ここは真空状態だ。
何か音がしていても聞こえるはずがなかった。
通路の向こうは薄暗いが、光源が見える。
赤色の小さなライトが点灯している。
そのすぐ下の壁にスイッチのようなパネルが見える。
「進む、しかないか。」
このまま放置しても、この通路がこちらの宇宙船にドッキングしているようで離てくれそうにない。
しかし、あっちに行きかけて、宇宙船が切り離されてしまったらどうしようか、という恐れを感じながらも、思い切って前に進もうと決めていた。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
通路の奥、距離があるわけではないのだが、正面には扉が見える。
近づいてみると、さっき見つけたパネルには、読めないが文字のような物が描かれている。
それに、『ボタンを押す/ボタンを押さない』と読み取れるような絵が添えてある。
パネルをタッチすると、扉が開くのだろうか。
もし開かなかったり通路ごと切り離されれば、腰に繋がっている命綱を頼るしかない。
「お父さんのいい所見せないとな。」
地球にいる娘にいい所を見せたい。謎の見栄を張る。
そうでもしないと進むだけの勇気が沸いて来ないのが本当の所だが、こんな時でも家族に背中を押される。
ー (ピッ) ー
ー ・・・・シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ ー
空気が注入され、圧力が増す。
少しずつ音が聞こえて来た。
そこで鳴っていた音は、扉の機会音、空気の流れる込む音。
空気音がしなくなり、ライトがグリーンに変わった。
入っていいというサインだろう。
どうやら、この宇宙船自体は人類に近いテクノロジーを持った生物が作ったもので間違いない。
ー ギィィィィィィィィ ー
扉は意外にも簡単に開ける事が出来た。
軽い扉を開け、中が見えてくる。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
誰もいないように見える。
開かれた扉の奥は、暗い中にも点々とライトが点いている。
ー ドスン!ー
扉を閉めた途端、重力を感じたかと思ったら、ストンと床に倒れ込んでしまった。
「いたたた......って痛くはないけど言っちゃうな。」
しばらく立ち上がれず座り込んでいたが、少しずつ目が慣れて来て周囲の様子がわかって来た。
「すいませーん。誰かいませんかー?」
返事は返って来ない。
壁面には、スイッチは入っていないが、所々にパネルや画面が付いた機械のようなものが埋め込まれている。
その中に、一つだけ異彩を放つものがあった。
木造で両開きの扉と、いくつかの引き出しのついた棚だろうか。
宇宙船生活を続ける中で、木造のものを見る機会は全くなく、懐かしい感覚を覚える。
「さすがに開けるわけにはいかないな...。」
人の家に勝手に上がり込んでいるような状態。そこで棚を勝手に開けるなんて、泥棒と変わらないじゃないか。
そう心では思っているが、自然と手が伸びる。
「いやいや、人の家だぞ。」
地球人としての葛藤は、宇宙空間では無意味だったらしい。
ー カタッ キィィィィ ー
「あっ...」
ほぼ無意識に開けてしまった。扉は軽く、建付けもいい。
罪悪感を感じながらも、中を覗き込むと、そこは信じられない光景が広がっていた。
「こ、これって...絵じゃないよな...動いてる...。」
驚きつつも冷静に目の前に広がっている光景を分析してみる。
そこには、どこか見たことのない街が映し出されている。
映像、というよりは、その向こうに街が広がっているような、そんな感覚だ。
「…踏み出すしか、ないよな。」
人類の偉大な一歩になるかもしれないな、と想像を膨らませながら、木造棚の扉の中に入ってみた。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
宇宙船に乗ってから(乗る気はなかったのだが)随分と経つのだが、誰とも会わずふわふわと宇宙を漂っているような気分だった。
それが一夜にして全て変わってしまった。
黒い物体がドッキングしコンタクトを試みて来た。
決死の覚悟で、ドッキングした宇宙船を訪ねてみたのだが、無人の宇宙船だった。
そこで見つけた『どこかに繋がっている扉』に飛び込んでみた。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
「うわ、、、暑い」
踏み込んだ扉の中は、特別な事が起こる事もなく、入るまでに覗き込んでいた風景と何ら変わらなかった。
宇宙船にいる時は適温で保たれていて、久しぶりに【熱】というものを感じたからだろうか。
ちょっとした温度の変化でも、暑く感じてしまっているのかもしれない。
「んー、どうしようか…街っぽいのは見えるけど…。」
草原が広がる風景の奥に街が見える。
街は西洋風の石造りの建物が多い。木造よりは随分頑丈そうな造りだ。
「ここは、一体どこなんだ…」
街に行って見るか、それともこのまま引き返すか。
ここが、地球なのか他の星なのか。
人がいるのか、別の生物が支配しているのかさえわからない。
ー PiPiPiPi -
左腕に付いている装置が鳴っている。
≪ 大気:有り/酸素濃度:範囲内/有害気体:検知無し/呼吸可能 ≫
表示を見るに、ここには人間に必要な空気があることを示していた。
重力もあり、負荷も必要以上に大きいわけではなさそうだ。
地球でも見たような鳥のような生物も飛んでいて、植物も豊かに生えている。
地球に変わる居住地が必要な人類にとっても、かなり条件に合っていそうな星だ。
しかし、地球以外の星であったとして、人類の次なる居住地に成り得るとしても、これだけ条件が揃っていれば進化した生物が住んでいるに違いない。
「ここは…帰るべきか…。」
もし、先住民がいたら迷惑をかけてしまうかもしれない。
迷って帰ろうかと考えていたその時だった。
『あなたは誰?』
驚いて振り向くと、そこには人がいた。
人間?ここは地球?
湧き上がってくる疑問を抑えらなかった。
「すいません、ここはどこなんですか?」
しまった。名乗りもせず質問だけしてしまったじゃないか。
もし、敵対的な意識を持っていたら、攻撃をしてくるかもしれない。
少し身構えて堅くなってしまったが、それは杞憂に終わった。
『ここは、ナルサスですよ。旅で来られたんですか?南の方から?』
「あ、いや、ナルサスでしたか。はは。」
いきなり嘘ついてしまった…。
多分、旅人だと思っている。言葉も通じるし、日本なのかもしれないけど、ナルサスってどこなんだ?聞いた事ないな。
『ナルサスはいい所ですよ。城下町で活気ありますし、新鮮な食べ物が多いですから。ゆっくりしてって下さい。』
「ありがとうございます。」
『じゃ、仕事の途中なんでもどります。あ、ナルサスに来た事ないなら一つ気をつけて下さい。』
一拍置いて、
『”高台には登るな”。これだけは、守ってくださいよ。』
「えっ、」
なんで?と聞く前に立ち去ってしまった。
その男の名前も種族も聞く事が出来なかった。
”高台には登るな”
最後にその言葉が気になったが、その高台がどこにあるかも知らないし、何があるかも知らない
とにかく、街は平和なようだし、少し寄ってみようか。
ここがどの国なのかも、わかるかもしれない。
地球だったら、このまま家に帰れるかも。
期待と少しの不安を残して、街に向かって歩き出した。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
それにしても、人と話したのが久しぶりでうまくしゃべれなかったなぁ。
家族と会えるかもしれない、と思うと期待してしまう。
ナルサスは城下町だそうだ。
城壁に囲まれた街。
外にも、木造や石造りの小屋がいくつか並んでいた。
街に続く道を歩いていると、左は海が一面に広がっている。
時折すれ違う人が、じろじろこっちを見て来る。
≪宇宙服を着たまま歩いている変なやつ≫と思っているのは間違いない。
街の城壁には、所々にシンボルマーク描かれていて、この街か国を示しているのだろう。
街の入り口、門番のような鉄の鎧を着た兵士のような人たちがいる。
その頭上、壁面にクロスしている旗も見たことがない柄だ。
日の丸ではない。
ここが日本である望みはほとんど絶たれてしまったようで、少し気落ちしてしまった。
「南の方から着たんですけど、通っても大丈夫?」
衛兵らしき人物に問い掛ける。
『問題ない。ただし、あなたがどこから来たかだけ聞かせてもらえるか?』
こっちをジロジロと見ながら、明らかに疑っている。
中世ヨーロッパのような服装や鎧を着ている人達の中を、宇宙服で歩いているんだから仕方がない。
「東京です。日本の。」
『トーキョー?ニホン?どこなんだ。南の方にそんな国あったか…?』
『兵長、南にはそんな国ありません。本当に二ビアの者なのか怪しいですね。』
あれ?これヤバくないか?
明らかに国外の者としてマークされかけてる。
「すいません、ちょっと急ぎますんで」
『ちょっと待て。そのトーキョー、ニホンってどこにあるんだ。』
「いや、、その、、、島国でして…」
『島国だと!?』
更にいらない事を言ってしまったらしい。
足早に門をくぐろうとした瞬間に、右腕を掴まれてしまった。
『ちょっと来てもらおう。』
「えーっと、、、はい。」
兵長と呼ばれる者の声に反応して、衛兵が何人も集まり一触即発。
抵抗する事が出来そうになく、そのまま腕を前で縛られて拘束された。
『何のためにここまで来たのか。話してもらおうじゃないか。』
ナルサスというこの街に、私は拘束されたまま入ることになった。
宇宙に出てから初めて人と話したかと思うと、あっという間に捕まってしまった。
私はこれからどうなってしまうのか。
空を見ると、夕闇が覆っている。
拘束されたまま入った街は夕飯時だからなのか、香ばしい肉の匂いが立ち込めていた。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
拘束されたまま連れて来られた場所、ここはどこだろう。
途中から城の前まで連れて来られ、そこからは目隠しをされた。
夕暮れ時の街の喧騒の中、幾分か歩かされ、今やっと視界が開けたところだ。
そこは石造りの広大な建物の空間。
外の様子はわからない。
ただ一つわかる事は、両脇を抱えられどこかに連れていかれている事。
それだけだ。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
ー ガシャン、ガチャガチャ、カチッ ー
『静かにしてろよ。明日また話を聞く』
「勘弁してもらえませんかね。帰りたいんですけど。」
『お前が何者かもわからないまま、野放しに出来るわけがないだろう。我慢しな。』
言ってる事はごもっともだが、言われてるこっちはたまったもんじゃない。
拘束されたまま通された個室で、しばらく話を聞かれた。
何者なのか。
どこから来たのか。
なぜここに来たのか。
大雑把にではあるが、色々と聞かれた。
その質問攻めの会話から、いくつかわかった事がある。
この星には東京は存在しないし、日本もない。
そして、ここは地球じゃなかった。
あの扉を開いた時の高揚感はなくなってしまった。
しかし、人がいるこの星に辿り着けた事は幸運なのだろう。
「この星は空気がうまいな...地球よりも。」
『何か言ったか?』
「いや、何でもないです。今夜はここ?」
『あぁ、牢屋で申し訳ないが、素性がわからないうちは我慢してくれ。』
質問攻めが終わった後、そのまま牢屋に連れて来られてしまった。
途中、宇宙服から簡素な服に着替えさせられたが、洗い麻のような素材でチクチク痛い。
洗ってはいるが、何度使い回されたものなのだろう。
小さく開いた穴のような窓から見える空は、すっかり暗くなってしまった。
看守を残し、衛兵たちも行ってしまい、静寂に包まれている。
「はぁ...眠いな。」
扉をくぐってから、街まで少し歩いて来て、質問に答えただけなのに妙に疲れている。
宇宙を漂流し続けていたが、船内で少し歩くくらいで体力が落ちていたのかもしれない。
それに人と話す機会は全くなかった。
聴こえるのは船内でBGMの歌声くらい。
久々の会話に、張り切って話してしまっていたのかもしれない。
少し、寝ようと思う。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
ー カチッ、ガチャガチャ、ガシャ、キィィィ ー
牢の扉が開く音で目が覚めた。
『起きろ。そろそろ時間だ。起きれるか。』
「...ぁあ、、朝ですか...」
昨日ずっと担当してくれていた衛兵だ。
言葉こそ慣れ慣れしいが、いいやつっぽい。
『朝だぞ。一応、上の者が来るから、しっかり話してくれ。』
「あー、尋問?」
『尋問とは人聞きが悪いな。事情聴取だ。不審者に話を聞くのは当たり前だろ。』
「ですよね。わかりました。ところで、お腹が空いてまして...」
『あぁ、それも今から行く部屋に持って行くように言っておこう。この後に総長が来るから、ついて行ってくれ。じゃあな。』
昨日の衛兵は、今日は担当ではないのか。
さっと立ち去ってしまった。
ー ぐぅぅぅぅーーー... ー
それにしてもお腹が空いた。
恐らく夕方くらいにここに来たので、それから半日何も食べていない。
『おい、”地球人”。』
特に何も持ち者がないので、身だしなみだけを整えている間に、少し歳のいった衛兵が話しかけて来た。
「はい、”地球人”ですよ。」
『衛兵総長のサトーだ。出てくれ。話を聞きたい。』
「昨日のとこですか?」
『いや、違う。来ればわかる。』
おや?再び質問攻めが始まるのだと思っていた。
無機質な牢を出て、衛兵の総長に続く。
『あとは私だけでいい。』
衛兵総長の部下たちが立ち去って行った。
来た通路とは反対方向にある扉の前で立ち止まった。
『さぁ、帰っていい。』
「えっ、帰っていいんですか...?」
『お前がニビア人でないのはわかるが、他のどの国の者でもない事はわかった。』
「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えて。」
ニビアという国の他のどんな国が存在するかはわからないが、この中世ヨーロッパ風の街に留まっている理由はなさそうだ。
『おい、これが必要だろう。』
「ありがとうございます。」
取り上げられていた宇宙服を受け取った。
なぜか少しきれいになっている。
「じゃあ、また。」
衛兵総長のサトーは、何も言わずに扉を閉めた。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
城下町の入り口まで歩く道中、昨日からの事を考えていた。
突然ドッキングしてきた謎の宇宙船から、この見知らぬ星にどうやって飛んだのだろう。
船内の扉がこの星につながる何かがあったはず。
物凄い距離を空間移動したことは間違いない。
「活気のある街だな...。みんな表情が生き生きしてる。」
海が近く港も栄えているようだ。
城下町で国の中でも中枢都市なのだろう。
街の中心部は市場になっていて、新鮮な海産物や野菜なんかが並んでいた。
それでも、この街に入るまでにすれ違う人はそれほどいなかった。
小規模な国なのだろう。
だけど、民衆を見て羨ましく思えた。
「みんないい顔してるな...。」
ここに残ろうか。
そんな事が脳裏をよぎった。
でもなぁ、
ー お父さん、起きて。そろそろ時間だよ。 ー
あぁ、家族に会いたい。
妻に、娘に会いたい。
まだ諦めるわけにはいかない。
地球に帰るんだ。
そんな決意を固めながら、
宇宙船へと帰るための扉を開けようとした...はずだった。
「嘘だろ...」
扉は消えてしまっていた。
「これじゃあ、帰れないじゃないか...」
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
「嘘だろ...このままじゃ帰れないじゃないか...」
確かにそこにあったはずの木造の扉が消えてしまっていた。
確かに、扉を通って宇宙船からこの星に降り立った。
扉がなくては、宇宙船に戻る方法がない。
ショックを通り越して、茫然としてしまっている。
宇宙船とこの星の位置関係さえもわからない。
もし、この星に宇宙開発の技術があったとしても、扉無しに戻ることは出来ないだろう。
「どうする...」
そもそもあの扉はなんだったのか。
突然ドッキングして来た謎の宇宙船にあった棚の扉だ。
その扉が何であるか説明はできない。
それが空間を超えて通れる扉だったとしても、その扉がずっとこの場所と宇宙船を繋いでいるとは限らない。
しまったなぁ…。
完全に私のミスだ。これくらいの事は予想できていたはずだ。
ナルサスに降り立って、『ちょっと街を見てみたい』『何か手掛かりがあるかもしれない』と思ってしまった。
『ここが地球かもしれない』とも思ってしまったから、仕方がなかったか。
「還れないのかな...」
もうどこに地球があるかもわからない。
地球よりも綺麗で澄んだ空を見上げて、今一度故郷を想った。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
昼も夜もなく、ナルサスの街は活気に満ち溢れている。
さっきお別れしたばかりでもう戻って来るはずはないと思っていたのに、またここにいる。
街に戻る前に、周囲の原っぱを歩き回ってみたが、木の扉は欠片さえも見つからなかった。
海から離れて森が見えて来た所で、諦めて帰って来る事となったのだ。
「もう一度、ここでお世話になるか...。」
昼時は過ぎているだろうか。
先程まで通るのに苦労したメインストリートは、少し人が減っていた。
『どうです、美味しい魚入ってますよ!』
「あぁ、食べたいんだけどね、ちょっと持ち合わせが無くてね。」
『そうですか、また今度!その時々でいいもの入ってますから!』
最近ではあまり見ないタイプの魚屋だな、と思いにふけっていたが、今の会話でもわかるように、私にはこの国のお金がない。
どんな国どんな星でも、やはり通貨は存在するようで、この活気のある市場を満喫とは行かないようだ。
「それより、どうしよう...」
それほど体力のある方ではない。何しろそこそこの歳だ。
宇宙船内で鈍らないように、最低限の運動はしていたが、この星に来てからというもの、久しぶりの喧騒に疲れが溜まっているような気がする。
うろうろと街を歩いていると、入口付近に金属製の釣り看板に「森のクラゲ亭」と書いてある。宿だろうか。
- チリーン -
石造りの建物に木造の扉。いかにも中世欧州の雰囲気が漂っている。
入ったはいいが、もちろん手持ちのお金はない。
ダメ元でお願いしてみるしかない。
『いらっしゃい。何の御用で?』
50歳くらいには見える男が声を掛けて来た。多分、この宿の従業員だろう。
「泊まる所を探してて。ただね…。」
『ただ?なんです?』
「宿付きですぐ働ける所を探してるんですよね…」
さすがに、お金がないのに泊めてくれ、とは言えなかった。
しかし、どうだろう。その従業員は意外な事を言って来た。
『あんた、金がねえんだろ。』
「えっ、あ、あぁ、はい。」
どうやら、一文無しなのはバレていたらしい。
なぜだろう…。服装はおかしいかもしれないが、財布を出しているわけでもない。
次の一言で、何故バレていたかはすぐにわかった。
『昨日、手錠掛けられて連れてかれるの見たんだよ。今朝も外に出ていく所を見かけた。』
なるほど。それで今ここにいるんだから、文無しなのは簡単にバレるよな。
すると、意外な返答をもらえた。
「困りましたよ。ここ来たのも初めてでして...。」
『仕事あるよ。安い給料だけど。ちょうど人探してる人がいるんだ。』
「本当ですか!?」
『あぁ、その人が来たら声掛けてやる。あと、泊ってくなら狭い部屋だが貸してやるよ。』
「わぁ、ありがとうございます!ただ、そのホントにお金ないので...」
『宿代は、まぁいらないよ。部屋綺麗に使ってくれればそれでいい。』
驚いた。どこの誰かもわからない客に、なぜここまでしてくれるのか。
不思議に思ったが、頼るしかない。
働き手を探している人が来るまで、まだ時間があるような事を言っていた。
しばらく、フロアで待たせてもらう事にした。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
何時間経っただろうか。
もう夕暮れ時になったが、従業員からの声はかからない。
だが、わがままを言えるような立場ではない。
「ちょっと外の空気吸ってきますね。」
『はいよ。』
宿は宿泊だけではなく、入口フロアに飲食スペースもある。
この時間になると、仕事を終えた男たちが一杯引っ掛けに来るのだろう。
それまで、空いていたテーブルやバーカウンターの席が埋まって来た。
さすがに、何も飲まず食わずで居づらくなってしまった。
「昨日よりも涼しいか。ここにはどうも四季があるのかもしれないな。」
従業員が暇そうなタイミングで、少しこの辺の事について聞いた。
ここの国はニビアでナルサスという街である事は間違いないらしい。
この港町は城下町でもあり、山の上に城が立っている。
僕が拘束され連れて行かれたのは、城を下った所にある一時的に拘留するような簡易な施設だったという。
城のある山頂を境に、反対側にも街があり、その街に行くには山を海沿いにぐるりと回る必要があるそうだ。
反対側の城下町はカザンという。
城下町が二つあるが為に、それぞれの街はライバルのような立場にあるそうだ。
ライバルといっても仲が悪いわけではないが、遠方から来た旅人なんかがどちらに泊まるか迷うほど街の発展を競い合っている。
特に、三年に一度、同じ時期にそれぞれの街が主催するフェスティバルが3ヶ月に渡り行われ、お互いの街の往来が多くなるそうだ。
二つの城下町で行われるフェスティバルの通称はキャッスル・タウン・ミーティングと言われていて、ニビアで一番盛り上がる大イベントなのだ。
そして、今まさにそのキャッスル・タウン・ミーティングの真っただ中で、人の往来が増えている時期だそうで、怪しい者もたまに紛れてい入って来る事があるようだ。
それで、ちょっとした事で僕が怪しまれたんだろう。
「賑やかな理由はそういう事だったんだな。楽しそうだし、家族と来たいもんだ...。」
地球に戻れるかもわからないのだが、地球との往来が出来る技術があるのなら、是非とも旅行に訪れたい素敵な街だ。
だが、まず帰る事を考えて行きたい。それだけは確かだ。
しばらく、街の人の往来を見ていると、中からコツコツと窓をノックする音が聴こえた。
親切にしてくれている従業員だ。
どうやら、件の人が現れたんだろう。
すぐ中に入り、従業員が指差す方にいる人に声をかけた。
「すいません。働き手探してるって聞いて。」
『はいはい。聞いてるよ。じゃ、行こうか。』
「えっ、あ、もうですか。」
『誰にでも出来る事だから。とりあえず来てくれるかな。』
「わかりました。ちなみに、何するんですか?」
さすがに、何をするかは聞いておきたい。
見知らぬ街で、初めて会った人について行くわけだし。
『えーっと、まぁ、大丈夫大丈夫。ついて来てー。』
「えー?!」
聞き返す暇もなく、スタスタと宿を出て行ってしまった。
『荷物預かっておこうか?』
親切な従業員が一声かけてきたが、
「大丈夫です!ほとんど何も持ってないんで!いってきますー!」
従業員の更なる親切はお断りして、見失う前に慌てて宿を出て、割と早歩きの男の背中を見失わないように、必死でついて行った。
そして、連れて行かれた場所がどこだかわかった時にはさすがに驚いた。
なんと今朝出たばかりの牢屋がある施設だったのだ。
『じゃあ、これ着て、上に立っててくれればいいから。』
「え!?これって鎧...。どういうこと?」
『ほら、今タウンミーティングやってるでしょう。今日どうしても行きたい所があるんだけど、誰も変わってくれないのよ。だから、よろしく!』
「いやいや、衛兵の仕事なんて出来ないですよ。」
『いけるいける。今日はみんなイベント行っててこの辺には人が寄り付かないから。じゃーねー』
鎧と一緒に見た事のない硬貨を雑に投げつけて走って行ってしまった。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
「重い...。動きにくい...。本当にこれでいいのか...?」
入口に一人突っ立っているだけ。
武器も持たされたが、使い方さえわからない。
いい時間だし、少し離れた所に見える街が賑わっているのが視界に入って来る。
「いいなぁ。って言っても、遊んでる余裕ないけど。」
独り言を言って、一人寂しくなってしまう。
「明日、もう一度、扉を探してみるか。」
この後いつ来るかもわからない、仕事をほったらかしていった衛兵を待ちながら、明日の事を考えていた。
すると、意外な人物が声を掛けて来た。
『おい、ここで何をしているんだ。"地球人"。』
声を掛けて来たのは、衛兵総長のサトーだった。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
『おい、ここで何をしているんだ。"地球人"。』
名前も知らぬ衛兵に仕事を押し付けられ呆然としていると、今朝僕を釈放してくれた衛兵総長に声を掛けられた。
「あ、あなたは確か衛兵のお偉いさん。」
『偉くはない。この辺の衛兵をまとめているだけだ。』
「こんな時間まで、見廻っておられるんですか。」
『あぁ、今日は日を跨ぐ頃までは代わりが来ない。』
大変だなぁ。早朝から夜中まで。
この国には勤務時間外なんて考え方はあるんだろうか。
『ところで、何故おまえがそんな格好しているんだ。』
「あ、いやぁ、これには事情がありまして…。」
『事情ね。聞かせてもらおうじゃないか。』
今朝牢屋からここに辿り着くまでの流れを説明した。
もちろん、扉の話しはせずに。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
話しを終えたあと、衛兵総長のサトーは建物の中に戻って行った。
『何かあったら声を掛けてくれ。トラブルがあれば、笛を鳴らせ。』との事だ。
「あと何時間か…。」
警備員のような感じだろうか。
遠くで賑わっている”音”が聴こえて来る。
ニビアの国の一大イベントだ。
仕事サボってでも行きたいほどとは、どれだけ楽しいのだろう。
興味はあるが、僕がここにいる理由は遊びに行くためではない。
ー どうやって地球に帰るか。どうやって宇宙船に戻るか。 ー
この空の向こうの地球に帰る方法。
その為に、あの宇宙船に戻る方法を探さなくてはならない。
この星がどれだけ地球に似ていて、どれだけいい星であっても、僕の帰るべき場所は地球だ。
そんな事を考えながら、にぎわう街を見下ろしていたら、いつの間にか朝日が昇り始めていた。
あの男、帰って来ないじゃないか。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
朝になって、昼の番の衛兵が交代に訪れた。
更衣室がないので、サトーに連れて行かれた部屋に行ってみた。
ー コンコンコン ー
『なんだ?』
「僕です。"地球人"。」
ー ガチャ ー
扉には鍵が掛かっていたらしい。
そりゃそうか。寝ていたのかもしてないし。
『どうだ。何もなかったか?』
「はい。幸いというか何というか。」
『そうか。それじゃあ、これ。』
おもむろに封筒を差し出してきた。
「え、これって…」
『一応、給料だ。』
「でも、頼まれた衛兵の人にもらいましたが…。」
『それは別だ。一日でも働いたら、こっちから出さなくちゃならん。それにお前、この国の通貨はほとんど持って無いんだろう。』
「あぁ、そうです…。本当に頂いちゃっていいんですか?」
さすがに気が引ける。ここに住み着くつもりもないし。
『手持ちがないと、飯もろくに食べられないだろう。』
「その通りで…。それじゃ頂いておきます。」
『困ったらいつでも来い。』
どのくらい価値があるかもわからない貨幣の入った袋を受け取った。
「困ったらいつでも、か…。いま困り果ててるんだけどな…」
宇宙船まで戻る算段をつけるには、宇宙開発の技術がないといけない。
宇宙開発技術に取り組んでいる者や技術者は、果たしてこの星にいるのだろうか。
技術者を探すにも、まずこの星でどう立ち回って行くかを、決めなくてはいけない。
夜中ずっと立っているだけではあったが、少し疲れたし眠い。
この国の通貨を手に入れた事だし、街の入り口にある”森のクラゲ亭”に向かい、とりあえず部屋を借りよう。
街は朝にも関わらず多くの人が生き交ってはいたが、まっすぐ宿に向かった。
親切な従業員に部屋を案内してもらった時に、慣れないチップも渡してみたが、この国の貨幣価値がわからず、渡し過ぎていた様で驚かれてしまった。
この従業員のお陰でここに泊まることも出来て、いざとなったら衛兵総長に助けを請う事も出来るようにあった。
少しチップを弾んでも、バチは当たらないだろう。
そして、宿の部屋に入った瞬間、泥のように眠ってしまった。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
半日は寝ていただろうか。
花火のような轟音と共に、目が覚めた。
窓の外は時折花火が上がっているようで、その音なのだろう。
本当に毎夜毎夜ドンチャン騒ぎしている。
昨日は街の反対側の丘の上にある牢屋のある建物から見ていたが、ここまで近いと音も凄い。
こんなんで夜眠れるのだろうか。
とは言え、もう今日は日中十分に眠ってしまった。
「さて、これからどうして行くか...。」
ゆっくり休める場所も見つかった。
しかし、宇宙船に戻るための手がかりは何もない。
この星に来た時に開いた扉は、その時その瞬間は確実にこの土地に繋がっていた。
誰かがその扉を開けたのか。それとも偶然扉が繋がったのか。
手掛かりはどこかに無いのか。全く思い付きやしない。
いつまでもここにいるわけには行かないが、このままだとこの星で一生を過ごす事になる。
「行ってみようかな。」
暗がりで考えを巡らせても仕方がないか。
3年に一度の騒がしい街に繰り出してみることにした。
軽く準備し、階下のフロアに降りて行く。
親切な従業員に一声掛けて、玄関までてくてくと歩いていた時だった。
『君、”地球人”だね。』
心臓が飛び出るかと思った。
なぜ僕を地球人だと知ってるんだ?!
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
『そこの君だよ。”地球人”くん。』
知らんふりをして通り過ぎようとしてみたが、明らかに僕に向けた言葉だった。
僕の事を地球人と呼んでいる。
地球の事を知っている?
「ぼ...僕の事ですか?」
『そうだよ。君以外にここに”地球人”がいるのかい?』
やっぱり僕の事だ。
地球人って事を知っているのは、衛兵総長のサトーだけだ。
地球にも宇宙船にも帰れず困ってはいるが、あまりこの星で地球の話をするのは、得策ではない気がしていた。
何しろ、あの扉の事を話したら笑われるに違いない。地球の存在だって知られていないはずだ。
「地球?知らないなぁ。」
『え、何言ってるのよ。君は地球人で間違いないよね。知ってるよ。』
どうやら確信があるらしい。しらを切っても聞き入れてはくれなかった。
もしかして、あの衛兵総長の知人?それなら合点が行く。
「もしかして、サトーさんのお知り合いで?」
『えっ?サトー?...あ、あぁそうそう。サトー、サトーね。』
やっぱりそうだった。地球人の話しをしてしまったんだろうか。
口は堅そうな人だったのに。
でも、口止めしていたわけではないし、偉そうな事は言えない。
むしろ拘束を解いてくれたり、仕事を与えてくれる。助けて頂いた身だ。
「サトーさんには、この街に付いた時にお世話になりました。もし、お会いしたら、地球人が感謝していたとお伝えください。」
『うん、いいよ。ところでさぁ…』
少し引っ掛かりがあるようだ。言いにくいのか。
「なんでしょう?」
『あー、ここじゃ何だから、部屋に来る?』
「はぁ。」
『じゃぁ、マスター!お勘定!』
突然、部屋に誘われた。
声を掛けて来たのは、まだ若い女だ。二十歳前後だろうか。
部屋に誘われてホイホイ付いて行ったらまずいんじゃないか?と思いつつも、僕の事を地球人だと知っている人に興味が沸いてしまっていた。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
彼女の部屋は、僕の部屋のちょうど向かいだった。
『どうぞー』
「お邪魔します。」
年頃の娘がいる父が、娘とそう歳も離れていない女性と二人きり。
良くない。これは良くないぞ。
声を掛けてもらったから来たが、話をしたらすぐに部屋を出よう。
「ところで、何か言いかけていましたが、何でしょう?」
『話しなんだけどさ、、、あ、お酒飲む?』
「はぁ…」
彼女のペースに巻き込まれている気がする。
お互い初対面。どんな人かもわからない。
『ウイスキーでいい?』
「はい、ウイスキーは好きなので。」
『はいよ。』
グラスに注いだウイスキーは、ロウソクの火に照らされ鮮やかな色を放っていた。
ー カツン ー
『”地球人”に乾杯』
歓迎されているのだろうか。何かからかわれているような気がする。
ストレートのウイスキーは久しぶりだ。
ましてや、宇宙で漂流していたので酒など飲めるはずがない。
「美味しいですね。少し独特の辛さがまたいいですね。」
『ニビアには酒造がたくさんあってね。これは一番近い川のとこにある酒造のお酒だよ。』
「そうなんですね。こんなお酒何年ぶりかです…。」
お酒が長年入っていなかった体に染み渡る。
この宇宙に放り出される日、何が起こったのかはわからなかったが、帰り道で安い発泡酒を飲んだ。そのとき以来だ。
『あれ?もう酔ってる?』
「しばらく飲んでなかったからね…」
体も頭も言う事を聞かない。重く感じ始めた体を椅子に全て任せて力が抜けて行ってしまった。
『ふふふ、おやすみ。”地球人”さん。』
瞼の重さにも抗えず、意識が遠のいて行った。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
『お父さん、起きて。』
ん?これは夢かな。目の前に、懐かしい顔が見える。
わずかに開いた瞼の隙間からだが、娘がこちらを見つめていた。
「...っ……っ...。」
声は全く出ない。口もほとんど開いてない気がする。
『お父さん!?お父さん、起きてる!?』
さっきの心配そうにこちらを見ていた娘の表情が驚いたものに変わり、少し慌てているように見える。
今、気づいたが部屋が全体的に白く、カーテンだけが淡いクリーム色だろうか。ここは病院かもしれない。
『目開けれる?!お父さん。私だよ!』
口も動かず呼吸は浅い。ほとんど体の感覚もなく、娘の声に耳を傾けている。
重いながらも瞼だけが動き、アイコンタクトで合図はしてみたが、これで何か伝わるだろうか。
『ずっと寝てたんだよ。もうすぐ二年になるかな。』
少し表情が柔らかくなった娘の表情を見て、心が少し穏やかになった。
『お母さんに連絡してくるね!』
個室の扉を開き出て行った。最後にウインクをして。
僕が地球に帰らなければならなかった理由だ。
今まで諦めず想い続けていた価値があったな、と思った矢先の事だった。
ー おはよう ー
脳に直接語り掛けてくるような声が響き渡る。
ー 早く、こっちだよ ー
声がした瞬間に、強制シャットダウンのように瞼の重みが増し、ブラックアウトした。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
夢だったのだろうか。妙に現実的な夢だった。
目覚めた時、目の前にいたのはウイスキーを酌み交わした女性だった。
しかし、さっきと雰囲気が違う。
『おかえり。早速だけど、あなた地球からどうやって来たの?』
不思議な質問を投げかけて来た。しかも、さっきの軽快な口調ではない。
まだ、酒で頭がぐるぐると回っているような感覚がある。
「えっと...なんでそんな事聞くんですか?」
『いいから、ここにどうやって来たのか言って。』
「扉がこの星に繋がっていて...すぐに街の外れまで来れたんです。」
『扉はどこ?』
「わかりません...昨日探したら、無くなっていました…」
僕は何故答えてしまっているのだろう。
違和感を感じ続けているのに、質問に全て答えてしまう。
『じゃあ、その扉は...どこに繋がってるの?』
「僕の乗っていた宇宙船にドッキングして来た何かです。」
『その何かは、どこにあるの?』
「わかりません。宇宙船に近づいて来て、ぶつかったかと思ったら、ドッキングしていました。そこの戸棚の扉がここに繋がっていて...」
『やっぱりまだあったんだ…。』
ウイスキーを酌み交わした女性は、何かに気づいたようだ。
宇宙船について何か知ってるんだろうか。
「もしかして、宇宙船に戻れる方法はあるんですか…?地球にも...。」
『地球に戻る方法はわからない。でも、宇宙船になら戻れるよ。』
「本当ですか。すぐにでも戻りたいんですけど…」
体の重さは抜けないが、宇宙船と聞いて戻りたい意志を口にした。さっき見た夢か現実かもわからない状況で、改めて帰らなければという気持ちが強くなった。
『明るくなったら、見に行こうか。扉のあったところ。』
「はい。そうしましょう...」
『じゃ、”地球人”さん。少し寝ておきなよ。』
「わかりました。わっ...」
椅子から立ち上がろうとして、足がもつれてしまった。
結局椅子に逆戻りだ。
『あぁ、私が出て行くから、ここ使っていいよ。じゃあね。』
ー バタン ー
聞き返す間もなく、部屋を出て行った。
それと同時に、部屋のロウソクの火も消えた。風が吹いたのだろうか。
そのまま、静かに椅子に沈み込んで眠ってしまった。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
ーーー ナルサス衛兵施設 ーーー
ー ガチャ ー
『総長、お呼びでしょうか。』
「あぁ、先日の話しで聞きたい事があるんだが。」
『な、何の事でしょうか?!』
「お前、守衛の仕事を誰かに任せていたな。この街に初めて来たどこの誰かもわからぬ者に。」
『あーいやいやいやー...はい。申し訳ありません。』
衛兵総長の仕事は、失態を犯した部下を戒める役目もある。
先日、地球人に衛兵の仕事を任せた部下を呼び出したのだ。
ただ、あの日は拘束している者がいなく、牢屋は空っぽ。
夜閉鎖しても良かったのは衛兵団の共通認識だった。
従って、叱る為に呼び出したのではないのだ。
「まぁ、いい。あの日の事はいい。それより、仕事を任せた相手の話を聞きたい。あの者がどこにいるかわかるか。」
『はい。恐らくですけど…ナルサスの入り口にある森のクラゲ亭だと思います。そこで紹介してもらってので...。』
「そうか。ありがとう。下がっていい。」
『失礼しました。』
何故聞いたのかというと、あの”地球人”がやはり気になる。
すぐに戻る事は...恐らく出来ないはずだ。
あの様子だと、事情を知っている人も居ないだろう。
「様子を見に行ってみるか…」
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
『おきゃくさーん。おーい。起きてー。』
頭が鉛のように重い。瞼もなかなか開いてはくれなかった。
『大丈夫ですか。ここお客さんの部屋じゃないですよー。』
「あ、あぁ、、、はい。ごめんなさい。」
『誰も入ってない部屋なんですけど、自分の部屋に戻ってくださいねー。何で開いてたんだろ...』
親切な従業員は、ぶつぶつ呟きながら階段を下りて行った。
注意はしていたが、怒りはしないようだ。本当に親切な人だ。
重い体をやっとの思いで持ち上げ、自室で顔を洗う。
この土地の文明の力なのか、蛇口をひねればちゃんと水が出て来た。
海も山もあり、話を聞く限り川もある。
豊かな街なのだと、改めて確認できる瞬間でもあった。
ー コンコン ー
不意にノックの音。
もしかして、昨晩の女性か。この部屋を知っているのはここの従業員か彼女くらいだ。
「はい。開いてますよ。」
何気なく返したのと同時に、開いた扉の前には、衛兵総長のサトーが立っていた。
まさかの来客。衛兵の総長ともあろう方がこんな所まで来る事があるのだろうか。何かしでかしてしまったのかどドキドキしながら声を掛けた。
「あれ?何でここを知ってるんです?何かまずい事しちゃいましたか…」
『いや、この街で困っているんじゃないかと思ってな。どうだ。不自由はないか。』
「いえ、今のところは何とかやってます。わざわざこんな所まですいません。」
『いいんだ。』
「そうだ。もしかしたら、地球に戻れるかもしてなくて。」
『そうか、良かったじゃないか。』
「はい。もし、これが最後なら、ありがとうございました。」
まだどうなるかはわからないが、サトーとの出会いがなければ、今頃野宿で途方に暮れていただろう。感謝してもし切れない。
『帰れるといいな。』
この星から離れる方法に関して何か詮索されるんじゃないかと思ったけど、何も聞き返しては来なかった。
「まだわからないですけど、、、お元気で。」
『元気でな...”地球人”。』
最後の”地球人”に何か別の感情がある気がしたが、そのまま衛兵総長は立ち去って行った。
それから間もなく身支度を終え、もう帰って来るかわからない”森のクラゲ亭”を後にした。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
謎の女性との会話に途中から朝まで眠ってしまってた。
酒を飲みフワフワとした気分になってしまったのだが、色んな事を聞かれてすべて素直に答えてしまっていた。
その女性が、私を”地球人”だという事を知っていたからだろうか。
それだけではない何かの力が働いていたように思う。
誰にも話していなかった宇宙船の話までしてしまった。
なぜ話してしまったんだろう...。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
さて、いつどこで会うかを決めていなかった。
森のクラゲ亭を出て、すぐに行く当ては失ってしまっている。
何かを知っていた謎の女性に会わなくてはならない。
「とりあえず、扉のあった場所かもしれない…」
女性との会話で扉の話をしてしまっていたので、もしかしたらその辺りにいないだろうか。
街を出たその足で、扉があったはずの場所に戻る事にした。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
『君は勘が鋭いな。』
やはりその女性が現れた。
声を聞いてわかるほどには特徴がある声をしている。
「ここくらいしか思い当たる節が無くてね。それより、起こしてくれてもよかったじゃないか。」
『ごめんねー。酔っ払ってたからー。そのままにしておいたよ。』
「ぐっすり寝てしまったよ。従業員さんに起こされるまでずっとね。」
『そっかそっか。それより本題だ。この辺りに扉があったんだよね。』
宇宙船から来た時、確かにこの辺りに出て来たはずだ。
もちろん、何度確認しても跡形さえ残っていない。
「そうなんだ。ちょうどこの辺りに、このくらいの大きさで…」
体全体を使って、大きさを表現する。
大人だと少し体を小さくしてくぐらなければいけないサイズ感を伝えた。
『そっか。それじゃ、いい事教えてあげる。誰にも言っちゃダメだよ。』
そう言うと、少しずつこっちに向かって歩いて来た。
「な、何なんだ?」
『宇宙船がどこにあるかわからないんだよね?』
「そうだ。どこにあるかも、帰り方もわからない」
『実はね…帰る方法知ってるんだ。』
「本当ですか!?」
驚いた。帰る方法を知っているのか!
ここには宇宙開発の技術があるのか?
それとも、扉のような不思議な力を使うのか?
「どうやってやるんですか?!」
『それはね、、、ここから街を挟んで山の向こう側にあるんだよ。』
「山の向こう…。何があるんですか?」
『"宇宙探査機"さ。』
「それに乗れば…」
『そう。それに乗れば、宇宙船に戻れる。』
宇宙船に戻れる。
地球に戻る為に、まずは宇宙船に戻らなくてはいけない。
迷いはない。
僕は期待に胸を躍らせて、その女性の後を付いて行った。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
山は腰と膝に来る。
曲りなりにも一子の父だ。歳も若いわけではない。
サラリーマンだった地球にいたことから、運動不足は否めない。
「そろそろですかね…。」
『なんだ、体力ないなぁ。もうすぐもうすぐ。』
さっきから、何度ももうすぐという言葉を聞いている。
山登りは娘との親子遠足以来か。
何年も前のことだし、あの頃はもうちょっと体力があっただろうか。
『ホントにもうすぐだよ。ほら。』
山の雑木林の中の山道を歩いていたのだが、突然広場のような場所に出た。
そこには、大きな岩のような塊が鎮座している。
『ちょっと待っててね。』
その大きな岩のような塊には、草木が摘み上がっていて、それをバサバサと除けていく。
すると、それほど大きくはないが、鉄の塊が現れた。
「これが…」
『そう。これが宇宙探査機さ。これで宇宙船に帰れるはず。』
「で、どうすればいいんですか?場所はわかりませんよ。今も進んでいるはずだし。」
『もちろん、ここからも見えないしね。必要なものが一つだけある。』
私が出来ることなら何でもする。帰れるのなら。
『その宇宙船の時に、長期に渡って宇宙船の中にあったモノ。それさえあれば、何とかなるよ。』
「宇宙船の中にあったモノ…。宇宙服か…今着ている服…。もしくは…。」
『じゃ、服ちょうだい。』
えっ…いや…それは…。
肌着なんか着ていない。どうしよう…。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
ーーー ナルサス衛兵施設 ーーー
衛兵総長のサトーに報告が入った。
昼頃、街の外れにお尋ね者とここに拘束されていた謎の人物が歩いていたというものだった。
ここに拘束されていた謎の人物は、あの地球人だろう。
『たしかに、私が仕事を預けた者でした。』
「そうか。しかし、お尋ね者とは…どの人物だ?」
『遠目だったので、恐らくなのですが…』
目を疑った。
指名手配の張り紙を見せて来たのだが、その人物は私もよく知る人物だった。
元々は仲間だった者だ。
とある事で対立してしまい、道を分ける事となった。
その後、山賊まがいの事を繰り返し、国からの尋ね人となっていたのだ。
「あいつ…」
地球人とヤツが一緒にいる…。
嫌な予感がした。
そして報告が続いた。
『それより数時間前、朝でまだ寝覚めてすぐの事なんですが、そのお尋ね者を”森のクラゲ亭”で見かけていたんです。多分ですけど。』
「森のクラゲ亭で…?」
『はい。朝食をとっていた時に見かけまして、その時はピンと来なかったんですけど、今思えばその人物で間違いないと思います。』
朝に森のクラゲ亭で…?私が訪れる前に居たという事か。
地球人は前日まで途方に暮れていた様子だったのに、私が訪れた時には"地球に戻れるかもしれない"と言っていた。
「まさか…。まずい!」
『え?総長?何か?』
「馬を、馬を出せ。今すぐ。」
『あ、はい。どうしたんです?』
「いいから、馬だけ出してくれればいい。話しは後だ。」
私は馬に飛び乗り、急いで山に向かった。
間に合ってくれ。
”地球人”、そいつはお前を騙そうとしている。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
『その服ちょうだいよ、それ放り込まないといけないからー。』
「いやー、服はちょっと...これでもいいですか?」
『宇宙服はさー、必要なんだけど、ほら、服の方がいいんだよ。』
宇宙服じゃダメなのか…
『裸なんて気にしないのにー。ああぁ~もう、上だけでいいから。』
少しホッとしたが、若い女性の前で上半身だけとは言え着ないっていうのは抵抗があるなぁ…。
しかし、仕方ない。しぶしぶシャツなどを渡した。
『はいはい。ありがとうねーっと。』
シャツを持ったまま扉の開いた探索船の中に入っていった。
外から見るに、大きくはない。人が一人二人入ると一杯になるくらいだ。
『よし、ちょっとだけ時間かかるんだけどね、あと10分くらいかな。その辺で待っててよ。』
「帰れそうなんですか…?」
『いけるよ。宇宙船の場所を探してる所だから、もうすぐだ。』
「よかった…。ありがとう。」
待っている間に、どういう仕組みになっているのかを聞いた。
機械的な事はまるでわからずに宇宙船に乗っていたのだが、とりあえず宇宙船に長く在った物であれば、今その空間がどこに進んでいるかを探し出せるシステムがあるらしい。
帰れる安堵感。
それと共に、この星が少し惜しくも思えて来た。
この星は、宇宙船でも何年もかかるような場所だ。
地球から遠ざかり続けている宇宙船に、戻ったとしても先は無いかもしれない。
ここなら、馴染めば幸せに暮らせるかもしれないとさえ思った。
ただ、それでは地球に帰る事は出来なくなってしまう。
ー 家族に会いたい ー
それだけが生きる希望であるし、それが叶わないのなら希望は生まれない。
「さぁ、帰ろうか。」
雑木林の隙間から見える街並みを見ていた。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
サトーは馬を走らせていた。
「間に合ってくれ。地球人。そのままでは帰れないんだ。」
サトーは地球人を誘い出した女性を知っていた。
旧友であり、今では立場を分かつ存在。
この地に訪れた時には、行動を共にしていた。
あと他にも何人か仲間はいたが、もう散り散りとなってしまった。
恐らくあの場所にいる。
どこにいるかは想像が付く。
あの女が連れて行くとしたら、あの場所しかない。
山道に入り、更に馬に鞭を打った。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
「まだかなぁ。」
10分はとうに過ぎている。
ちょっと気になって、様子を見に行ってみる。
「すいません、時間かかりそうですか?」
『あぁー、うん、そうだね。もう終わりそうだけど、ちょっと設定に時間かかっててねー』
少し時間の話だ。
焦る気持ちは時間じゃなかった。
もしかして、うまく行かなかったらどうしようかという事だった。
「大丈夫そうですか?うまくいかない?」
『大丈夫大丈夫。』
謎の女性は、探索船の外側の蓋を外していじっていた。
『よし、できた。』
「本当ですか!」
『よしよし、じゃあねぇ、その木の方まで下がってくれる?』
「あ、はい。」
その場から離れ、謎の女性は何かのスイッチを押した。
すると、再び探索船の扉が開き準備が出来たようだ。
『ねぇ、最後に乾杯しよっか。』
どこから出してきたのか、あのウイスキーとグラスを出して来た。
「え、探索船乗る前なのに大丈夫?」
『大丈夫だよー。もう会う事ないかもしれないんだからー。』
「そうですね。じゃあ、一杯だけ。」
グラスに注いだストレートのウイスキーで乾杯し飲み交わした。
この星で飲む最後のお酒。短い間だったが、色んな人にお世話になった。
人が住める星が、地球の他にもある事も知る事が出来た。
それだけでも収穫なんだろうけど、まず僕は地球に帰ることを目指さなくてはいけない。
そんな事を思いながら、ウイスキーを口にした瞬間だった。
『ねぇ君、宇宙船に戻りたいって言ってたけどさ、』
けどさ?
『君を宇宙に帰すことはできない。』
どういうことだ...。
あれ?頭がボーっとしている。またあの時の...お酒…?。
『私が宇宙船をいただいていくよ。』
「な、なんで…。」
『私ね、、、地球人なんだよ。』
「え...。あなたが地球人…?」
この人が地球人...。ここは地球じゃないよな。
頭が働かず混乱している。
『私たちは宇宙を探索する任務を負って、宇宙を旅してたんだ。そして、この星を見つけた。』
体が動かないが、はっきりと内容は聞き取れた。
僕以外に宇宙を旅している人がいた。
その事実は、今まで知らされることもなく、知る術もなかった。
突然突きつけられた事実。
『でもね、この星まで辿り着いた時にはもう燃料は残ってなかったんだ。地球に帰る事が出来なくなってしまってね。それがわかった時には、絶望したよ。』
「もしかして、それでここに...。」
『そう。宇宙船は宇宙空間に置いたまま、この星に助けを求めるしかなかった。そうそう。探索船って言ったんだけど、これ救護船なんだよね。1往復分の行き来しか出来ない。』
「じゃあ、この救護船は...?」
『そうだよ。もう片道分しか使えない。しかもね、この救護船は一人しか乗れないんだよ。他に仲間もいてこの星には不時着できたんだけど、全部壊れちゃったみたいなんだ...。で、これが最後のひとつ。どういう意味かわかるよね?』
最後のひとつ。
その言葉のする意味は、
「一人しか、宇宙船には帰れない…?」
『そう。この救護船で宇宙船に戻れるのは一人だけ。でもね、燃料のなくなった私たちの宇宙船に戻っても仕方ないから、ずっと待ってたんだよね。君みたいな人が来るのを。』
「どういうこと?」
『誰かが地球から助けに来るのを。救助が来れば、この星にいる仲間と一緒に帰れると思ってた。だけどさ、誰も来ないんだよ。ずっと。ずっと待ってても。』
そう言って、彼女の目には影を落とす。
この星に来た時、来てから、それぞれに辛い事があったのは容易に想像できた。
『だからさ、申し訳ないけど、君は宇宙船には帰してあげる事は出来ない。』
「え、ちょ、ちょっと待って。」
声を振り絞ってはみたが体が全く言う事を聞いてくれない。
『待てないよ。やっとチャンスが来たんだ。君は眠ってて。』
「裏切ったのか...。」
『裏切り?最初からそのつもりしかなかったから。悪いね。』
謎の女の伏し目がちに表情を曇らせたながら、僕の視界と聴力を奪い去った。
『ごめんね。帰らなきゃならないんだ。』
そう聴こえた次の瞬間、意識が遠のいていった。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
「ごめんね。地球人。もし、地球に帰れたら、助けを呼んでくるからさ。」
この星に降り立ってから、何年経ったか。10年は越えている。
最初は必死に方法を探していた。やがて方法がない事を痛感し、諦めてしまっていた。
帰れるかもしれないチャンス。逃すわけには行かなかった。
この地球人には申し訳ないけど、この星にいる理由はない。いるだけで辛い。
「許してね。」
乗り込もうとした瞬間だった。
『待て!アンナ!』
声は後ろから聞こえて来た。
馬を走らせやって来たのは、この星に来て私とは別の道をすすんだ男だった。
「サトー君。なんでここに。」
『そこの地球人がアンナらしき人物と一緒にいたと聞いてな。ここかもしれないと思って来たんだよ。』
「そうなんだ。でも、私行くよ。」
『待てって言ってんだろ!』
サトーが声を荒げる。
『アンナ、冷静になれ。』
「冷静だよ。地球に帰りたいんだよ。ここにはもう居たくない。」
『今、帰ってどうするつもりなんだよ。』
「だってさ...。こんな星にいてもむなしいだけだから...。わかるでしょ…。」
空気が凍り付く。
この星に降り立ってからの、絶望感と焦燥感を思い出す。
どこなのかもわからなかったこの星で、地球人に似た種族に地球や宇宙船について聞き回った。
しかし、地球はおろか、宇宙開発の技術など微塵もない。
まだ、車もなく馬を走らせているような機械技術も発達していないような星だ。地球の技術に追いつくには、少なくとも200年以上かかるだろう。
それに気づいた時には絶望感を味わった。
『地球人。すまないな。』
倒れていて意識が、あるかどうかも怪しい地球人に語りかける。
『アンナ、私たちはここに残るべきだ。』
サトーはの話を続けながら救護船に近づいて来る。
そして、出発のための操作を始めようとしているアンナの腕をつかんだ。
「やめて!私は行くんだ!」
『アンナ!聞け!お前がいない間に連絡があったんだよ。』
「…どういうこと…?」
操作する手が止まる。
連絡。そってまさか…。
「そんなはずない。あんなに探したのに…。レイトは見つからなかった!』
『たしかに連絡があったんだよ。覚えてないか?あの場所は、国境だっただろう。大破した救護船から、落ちた場所が国境の向こう側だったんだよ。向こう側は内戦中で混乱していた。拘束もされたんだそうだ。最近になって落ち着いたから、昨日連絡が来たんだよ。』
「…ってことは...生きてるって事...。」
『あぁ。内戦が完全収まって国境が開いたら、すぐにこっちに来るそうだ。』
頬には涙が伝っていた。
この世にもういないと思ってた人と会える。
この星に来てからの絶望感の本当の正体は、私の恋人・レイトを亡くしてしまった事だった。
不時着し降り立った時は助かった安堵感を感じていた。
しかし、すぐにそれは焦燥感に変わった。
仲間が見つからない。
森の中を駈けずり回って、海の見えるところに出た。
そこでサトーを見つけた。
再会し一瞬の安堵感の後に、レイトを探し直すことにした。
三日三晩探し回った。
寝る事も食べる事も忘れ、知らず知らずに国境まで来ていた。
そこでニビアの衛兵に声を掛けられ、これ以上向こうには行けない事を告げられ、レイトにはもう会えない、この世にはいないんだと通告されたようなものだった。
それから10年以上。
そのレイトからの連絡があったと聞いた瞬間に、堰を切ったかのように流れ出した涙が止まらなくなってしまった。
「会えるんだ...会えるんだね...。」
『あぁ、もう少しの我慢だ。だから、ここで、このナルサスで待とう。』
「…うん。」
涙でぐしゃぐしゃになった笑顔がそこにはあった。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
地球からの旅は半ば一方通行なものだった。
非公式的に飛ばされた有人宇宙船。
燃料不足に陥り、三人はこの星に緊急着陸を試みた。
しかし、救護船での着陸は危険と隣り合わせ。
三人は散り散りとなり、その内の一人レイトだけが国境を挟んだ別の国に落ちてしまった。
どこに落ちたかを探す事は出来なかった。
何年もこの星で暮らして行くうちに、諦めてしまっていた。
そして、昨日そのレイトから手紙が届いたそうだ。
自筆で間違いはないとの事で、近く三人は再会できる。
眠らされてしまっていた私は、起きてからその事を聞かされた。
謎の女ことアンナは宇宙船を乗っ取り、地球に帰る方法を探そうとしていたらしい。
「じゃあ、使わせてもらえるんですか。」
『いいよ。っていうか、私はね、この星に居ること自体は嫌じゃないんだよ。レイトがいなくなった星に居たくなかっただけ。でも会えるから。』
そう言うと、今まで見た事のない満面の笑みで、
『それに、ここでの暮らしもいいもんだよ。』
帰る理由はない、とまで言い切った。
『地球人。すまなかった。色々隠してしまっていた。』
「いいんですよ。何故サトーさんが僕に良くしてくれたのか、合点が行きました。」
『そうか。地球に帰ることをまだ諦めていないのを感じたのでな。』
サトーは、この星、この土地で一生を過ごす覚悟を既に固めていたという。
実はもう家族もいるとのことで、この星を離れるわけには行かなくなったらしい。
「じゃあ、行きます。お世話になりました。」
『うん。じゃあね。また、この星に来る事があれば、おもてなしするから。』
アンナは明るい笑顔をこちらに向けて言った。
今は何かを隠しているような様子もない。
「ははは、まず地球に帰りたいんだけどね。家族に会いたいし。」
『地球人。お前そういえば名前聞いてなかったな。』
「名前ですか?あぁ、そうですよね。失礼致しました。私、こういう者です。」
慣れた手付きでサトーに名刺を渡した。
地球にいた頃は、毎日のように名刺を渡す日々を送っていた。
久しぶりの名刺を渡すという行動が、少しくすぐったい。
『名刺なんてもらうの何年ぶりかな。』
「この星に名刺ってあるんですかね?」
『見たことないなぁ。この星で最初の名刺かもしてないな。歴史に残るぞ。』
三人して大笑いしてしまった。
この時間ももうそう長くは続かない。
そろそろ日も落ちてきた。
「それじゃ、また。」
『じゃあな。』
『またね!無事に地球に帰れますように!』
サトーとアンナには一生返せない恩を感じている。
お陰でまた宇宙船に帰り、ゆらゆらと漂流する事になるだろう。
それでも、希望が生まれた。絶対に地球に帰る。
扉がしまった瞬間、上向きの重力がかかり、宇宙空間に打ち上げられた。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
宇宙船に戻ると、くっついていた謎の宇宙船はもうドッキングされていなかった。
すんなりと宇宙船に戻る事ができ、ナルサスでの思い出に浸っていたのだが、部屋に戻ると見知らぬものが置いてある事に気づいた。
見知らぬ手紙。
ー このまま進め。私たちの星にヒントがある。 ー
誰が置いたのか、どうやって置いたのかもわからない気味の悪い手紙。
しかし、その意味はこの時点ではわかるはずもなかった。
それでも、このまま漂流は続いていく。