宇宙漂流お父さん First Contact【連載第一弾#9END】【シリーズ#12】
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宇宙漂流お父さん First Contact#9END
『その服ちょうだいよ、それ放り込まないといけないからー。』
「いやー、服はちょっと...これでもいいですか?」
『宇宙服はさー、必要なんだけど、ほら、服の方がいいんだよ。』
宇宙服じゃダメなのか…
『裸なんて気にしないのにー。ああぁ~もう、上だけでいいから。』
少しホッとしたが、若い女性の前で上半身だけとは言え着ないっていうのは抵抗があるなぁ…。
しかし、仕方ない。しぶしぶシャツなどを渡した。
『はいはい。ありがとうねーっと。』
シャツを持ったまま扉の開いた探索船の中に入っていった。
外から見るに、大きくはない。人が一人二人入ると一杯になるくらいだ。
『よし、ちょっとだけ時間かかるんだけどね、あと10分くらいかな。その辺で待っててよ。』
「帰れそうなんですか…?」
『いけるよ。宇宙船の場所を探してる所だから、もうすぐだ。』
「よかった…。ありがとう。」
待っている間に、どういう仕組みになっているのかを聞いた。
機械的な事はまるでわからずに宇宙船に乗っていたのだが、とりあえず宇宙船に長く在った物であれば、今その空間がどこに進んでいるかを探し出せるシステムがあるらしい。
帰れる安堵感。
それと共に、この星が少し惜しくも思えて来た。
この星は、宇宙船でも何年もかかるような場所だ。
地球から遠ざかり続けている宇宙船に、戻ったとしても先は無いかもしれない。
ここなら、馴染めば幸せに暮らせるかもしれないとさえ思った。
ただ、それでは地球に帰る事は出来なくなってしまう。
ー 家族に会いたい ー
それだけが生きる希望であるし、それが叶わないのなら希望は生まれない。
「さぁ、帰ろうか。」
雑木林の隙間から見える街並みを見ていた。
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サトーは馬を走らせていた。
「間に合ってくれ。地球人。そのままでは帰れないんだ。」
サトーは地球人を誘い出した女性を知っていた。
旧友であり、今では立場を分かつ存在。
この地に訪れた時には、行動を共にしていた。
あと他にも何人か仲間はいたが、もう散り散りとなってしまった。
恐らくあの場所にいる。
どこにいるかは想像が付く。
あの女が連れて行くとしたら、あの場所しかない。
山道に入り、更に馬に鞭を打った。
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「まだかなぁ。」
10分はとうに過ぎている。
ちょっと気になって、様子を見に行ってみる。
「すいません、時間かかりそうですか?」
『あぁー、うん、そうだね。もう終わりそうだけど、ちょっと設定に時間かかっててねー』
少し時間の話だ。
焦る気持ちは時間じゃなかった。
もしかして、うまく行かなかったらどうしようかという事だった。
「大丈夫そうですか?うまくいかない?」
『大丈夫大丈夫。』
謎の女性は、探索船の外側の蓋を外していじっていた。
『よし、できた。』
「本当ですか!」
『よしよし、じゃあねぇ、その木の方まで下がってくれる?』
「あ、はい。」
その場から離れ、謎の女性は何かのスイッチを押した。
すると、再び探索船の扉が開き準備が出来たようだ。
『ねぇ、最後に乾杯しよっか。』
どこから出してきたのか、あのウイスキーとグラスを出して来た。
「え、探索船乗る前なのに大丈夫?」
『大丈夫だよー。もう会う事ないかもしれないんだからー。』
「そうですね。じゃあ、一杯だけ。」
グラスに注いだストレートのウイスキーで乾杯し飲み交わした。
この星で飲む最後のお酒。短い間だったが、色んな人にお世話になった。
人が住める星が、地球の他にもある事も知る事が出来た。
それだけでも収穫なんだろうけど、まず僕は地球に帰ることを目指さなくてはいけない。
そんな事を思いながら、ウイスキーを口にした瞬間だった。
『ねぇ君、宇宙船に戻りたいって言ってたけどさ、』
けどさ?
『君を宇宙に帰すことはできない。』
どういうことだ...。
あれ?頭がボーっとしている。またあの時の...お酒…?。
『私が宇宙船をいただいていくよ。』
「な、なんで…。」
『私ね、、、地球人なんだよ。』
「え...。あなたが地球人…?」
この人が地球人...。ここは地球じゃないよな。
頭が働かず混乱している。
『私たちは宇宙を探索する任務を負って、宇宙を旅してたんだ。そして、この星を見つけた。』
体が動かないが、はっきりと内容は聞き取れた。
僕以外に宇宙を旅している人がいた。
その事実は、今まで知らされることもなく、知る術もなかった。
突然突きつけられた事実。
『でもね、この星まで辿り着いた時にはもう燃料は残ってなかったんだ。地球に帰る事が出来なくなってしまってね。それがわかった時には、絶望したよ。』
「もしかして、それでここに...。」
『そう。宇宙船は宇宙空間に置いたまま、この星に助けを求めるしかなかった。そうそう。探索船って言ったんだけど、これ救護船なんだよね。1往復分の行き来しか出来ない。』
「じゃあ、この救護船は...?」
『そうだよ。もう片道分しか使えない。しかもね、この救護船は一人しか乗れないんだよ。他に仲間もいてこの星には不時着できたんだけど、全部壊れちゃったみたいなんだ...。で、これが最後のひとつ。どういう意味かわかるよね?』
最後のひとつ。
その言葉のする意味は、
「一人しか、宇宙船には帰れない…?」
『そう。この救護船で宇宙船に戻れるのは一人だけ。でもね、燃料のなくなった私たちの宇宙船に戻っても仕方ないから、ずっと待ってたんだよね。君みたいな人が来るのを。』
「どういうこと?」
『誰かが地球から助けに来るのを。救助が来れば、この星にいる仲間と一緒に帰れると思ってた。だけどさ、誰も来ないんだよ。ずっと。ずっと待ってても。』
そう言って、彼女の目には影を落とす。
この星に来た時、来てから、それぞれに辛い事があったのは容易に想像できた。
『だからさ、申し訳ないけど、君は宇宙船には帰してあげる事は出来ない。』
「え、ちょ、ちょっと待って。」
声を振り絞ってはみたが体が全く言う事を聞いてくれない。
『待てないよ。やっとチャンスが来たんだ。君は眠ってて。』
「裏切ったのか...。」
『裏切り?最初からそのつもりしかなかったから。悪いね。』
謎の女の伏し目がちに表情を曇らせたながら、僕の視界と聴力を奪い去った。
『ごめんね。帰らなきゃならないんだ。』
そう聴こえた次の瞬間、意識が遠のいていった。
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「ごめんね。地球人。もし、地球に帰れたら、助けを呼んでくるからさ。」
この星に降り立ってから、何年経ったか。10年は越えている。
最初は必死に方法を探していた。やがて方法がない事を痛感し、諦めてしまっていた。
帰れるかもしれないチャンス。逃すわけには行かなかった。
この地球人には申し訳ないけど、この星にいる理由はない。いるだけで辛い。
「許してね。」
乗り込もうとした瞬間だった。
『待て!アンナ!』
声は後ろから聞こえて来た。
馬を走らせやって来たのは、この星に来て私とは別の道をすすんだ男だった。
「サトー君。なんでここに。」
『そこの地球人がアンナらしき人物と一緒にいたと聞いてな。ここかもしれないと思って来たんだよ。』
「そうなんだ。でも、私行くよ。」
『待てって言ってんだろ!』
サトーが声を荒げる。
『アンナ、冷静になれ。』
「冷静だよ。地球に帰りたいんだよ。ここにはもう居たくない。」
『今、帰ってどうするつもりなんだよ。』
「だってさ...。こんな星にいてもむなしいだけだから...。わかるでしょ…。」
空気が凍り付く。
この星に降り立ってからの、絶望感と焦燥感を思い出す。
どこなのかもわからなかったこの星で、地球人に似た種族に地球や宇宙船について聞き回った。
しかし、地球はおろか、宇宙開発の技術など微塵もない。
まだ、車もなく馬を走らせているような機械技術も発達していないような星だ。地球の技術に追いつくには、少なくとも200年以上かかるだろう。
それに気づいた時には絶望感を味わった。
『地球人。すまないな。』
倒れていて意識が、あるかどうかも怪しい地球人に語りかける。
『アンナ、私たちはここに残るべきだ。』
サトーはの話を続けながら救護船に近づいて来る。
そして、出発のための操作を始めようとしているアンナの腕をつかんだ。
「やめて!私は行くんだ!」
『アンナ!聞け!お前がいない間に連絡があったんだよ。』
「…どういうこと…?」
操作する手が止まる。
連絡。そってまさか…。
「そんなはずない。あんなに探したのに…。レイトは見つからなかった!』
『たしかに連絡があったんだよ。覚えてないか?あの場所は、国境だっただろう。大破した救護船から、落ちた場所が国境の向こう側だったんだよ。向こう側は内戦中で混乱していた。拘束もされたんだそうだ。最近になって落ち着いたから、昨日連絡が来たんだよ。』
「…ってことは...生きてるって事...。」
『あぁ。内戦が完全収まって国境が開いたら、すぐにこっちに来るそうだ。』
頬には涙が伝っていた。
この世にもういないと思ってた人と会える。
この星に来てからの絶望感の本当の正体は、私の恋人・レイトを亡くしてしまった事だった。
不時着し降り立った時は助かった安堵感を感じていた。
しかし、すぐにそれは焦燥感に変わった。
仲間が見つからない。
森の中を駈けずり回って、海の見えるところに出た。
そこでサトーを見つけた。
再会し一瞬の安堵感の後に、レイトを探し直すことにした。
三日三晩探し回った。
寝る事も食べる事も忘れ、知らず知らずに国境まで来ていた。
そこでニビアの衛兵に声を掛けられ、これ以上向こうには行けない事を告げられ、レイトにはもう会えない、この世にはいないんだと通告されたようなものだった。
それから10年以上。
そのレイトからの連絡があったと聞いた瞬間に、堰を切ったかのように流れ出した涙が止まらなくなってしまった。
「会えるんだ...会えるんだね...。」
『あぁ、もう少しの我慢だ。だから、ここで、このナルサスで待とう。』
「…うん。」
涙でぐしゃぐしゃになった笑顔がそこにはあった。
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地球からの旅は半ば一方通行なものだった。
非公式的に飛ばされた有人宇宙船。
燃料不足に陥り、三人はこの星に緊急着陸を試みた。
しかし、救護船での着陸は危険と隣り合わせ。
三人は散り散りとなり、その内の一人レイトだけが国境を挟んだ別の国に落ちてしまった。
どこに落ちたかを探す事は出来なかった。
何年もこの星で暮らして行くうちに、諦めてしまっていた。
そして、昨日そのレイトから手紙が届いたそうだ。
自筆で間違いはないとの事で、近く三人は再会できる。
眠らされてしまっていた私は、起きてからその事を聞かされた。
謎の女ことアンナは宇宙船を乗っ取り、地球に帰る方法を探そうとしていたらしい。
「じゃあ、使わせてもらえるんですか。」
『いいよ。っていうか、私はね、この星に居ること自体は嫌じゃないんだよ。レイトがいなくなった星に居たくなかっただけ。でも会えるから。』
そう言うと、今まで見た事のない満面の笑みで、
『それに、ここでの暮らしもいいもんだよ。』
帰る理由はない、とまで言い切った。
『地球人。すまなかった。色々隠してしまっていた。』
「いいんですよ。何故サトーさんが僕に良くしてくれたのか、合点が行きました。」
『そうか。地球に帰ることをまだ諦めていないのを感じたのでな。』
サトーは、この星、この土地で一生を過ごす覚悟を既に固めていたという。
実はもう家族もいるとのことで、この星を離れるわけには行かなくなったらしい。
「じゃあ、行きます。お世話になりました。」
『うん。じゃあね。また、この星に来る事があれば、おもてなしするから。』
アンナは明るい笑顔をこちらに向けて言った。
今は何かを隠しているような様子もない。
「ははは、まず地球に帰りたいんだけどね。家族に会いたいし。」
『地球人。お前そういえば名前聞いてなかったな。』
「名前ですか?あぁ、そうですよね。失礼致しました。私、こういう者です。」
慣れた手付きでサトーに名刺を渡した。
地球にいた頃は、毎日のように名刺を渡す日々を送っていた。
久しぶりの名刺を渡すという行動が、少しくすぐったい。
『名刺なんてもらうの何年ぶりかな。』
「この星に名刺ってあるんですかね?」
『見たことないなぁ。この星で最初の名刺かもしてないな。歴史に残るぞ。』
三人して大笑いしてしまった。
この時間ももうそう長くは続かない。
そろそろ日も落ちてきた。
「それじゃ、また。」
『じゃあな。』
『またね!無事に地球に帰れますように!』
サトーとアンナには一生返せない恩を感じている。
お陰でまた宇宙船に帰り、ゆらゆらと漂流する事になるだろう。
それでも、希望が生まれた。絶対に地球に帰る。
扉がしまった瞬間、上向きの重力がかかり、宇宙空間に打ち上げられた。
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宇宙船に戻ると、くっついていた謎の宇宙船はもうドッキングされていなかった。
すんなりと宇宙船に戻る事ができ、ナルサスでの思い出に浸っていたのだが、部屋に戻ると見知らぬものが置いてある事に気づいた。
見知らぬ手紙。
ー このまま進め。私たちの星にヒントがある。 ー
誰が置いたのか、どうやって置いたのかもわからない気味の悪い手紙。
しかし、その意味はこの時点ではわかるはずもなかった。
それでも、このまま漂流は続いていく。