ギグ・エコノミー襲来
調べものをしていたとき、ふと「ギグ(gig)」というキーワードをみかけた。
ギグという言葉の語呂がよかったことから興味をもち、事前知識なく読み始めてみたところ、思いの外、私の経験や働き方、身の周りの働き方の変化とあっているように感じた。
本書は米国におけるギグエコノミーについて説明しているので、日本においては事情が異なることもある。一方で日本でも、今後こういった経済活動をする人たちが増えていくのかな?と考えながら読み進めるのもおもしろいと思う。
(2021-09-16 追記) ギグワーカーに仕事を依頼する側の実践については
「ギグ・マインドセット」が参考になった。併せて読むと理解が深まる。
ギグエコノミーとは
「ギグ (gig)」という単語を辞書で引くと、もともとの意味は二輪馬車、ひっかけ針、軍隊の罰点という意味で使われていた。そして、次の wikipedia の説明によると、音楽のライブ演奏やレコーディングセッション、有料のミュージシャンやアンサンブルの仕事を指すスラングとなった。
1920年代にジャズミュージシャンが作った言葉だと言う。"engagement" の略語として使われたので仕事の意味合いをもつようになったようにみえる。
本書におけるギグの定義は次になる。
ギグとは、分野を問わず、期間が不確かな仕事である。
音楽業界に限定しているわけではない。そして、高度な技能が関わる仕事にギグという言葉が使われ始めたのは1980年代だという。
ギグエコノミーとは、ギグと呼ばれる類の、独立した仕事を支えるために進化した企業とビジネスの仕組みのことである。従来の雇用とは異なる一時的な仕事を不定期で行う人々が増えてきたことから生まれている経済的価値を指す。
ギグエコノミーと似て非なる言葉として次のものがある。
オンデマンドエコノミー
ギグエコノミーの部分集合になる。デジタルな市場から生まれ、モノやサービスへの即時的なアクセスを通じて顧客のニーズを満たす経済活動を指す。
ギグエコノミーとの大きな違いは即時性にある。また即時性とは相対的な概念であるという。例えば、Uber のドライバーを呼ぶときは30分でも長いと感じるが、臨時の CEO を必要とするなら1-2日でみつかれば驚くほど速いと言える。つまり、即時性は求めるスキルによって意味が変わってくるとある。
時間枠が短いほど、また汎用化した技能であるほど料金が安くなる。ネットワーク効果も大きく、ネットワーク内に利用者と働き手が多いほど仕事の数量が増え、そのネットワークの価値も高くなる。
正規の従業員は賃金と労働時間が厳密な規定によって管理されるため、柔軟性が低くなる。オンデマンドのサービスの世界の特徴は、働き手が自分でスケジュールを決められることであり、したがって従業員とはみなされないという論法で成り立っていた。Uber のドライバーが個人事業主か従業員かという議論は世界中で裁判になったりもしていて曖昧なところでもある。
シェアリングエコノミー
ギグエコノミーの同義語ではない。個人対個人で実体的な資産をシェアすることから生まれる経済活動を指す。
ギグエコノミーとの最大の違いは、シェアリングエコノミーは有形の資産が関係するサービスや体験に対価が支払われるの対して、ギグエコノミーは個人が一定時間にわたって提供するサービスに対価が支払われる点だと言う。そして、最も価値の高いギグエコノミーの領域においては、取引に知的財産などの無形資産が伴う。
エコノミー間の相互関係
オンデマンド、シェアリング、ギグのそれぞれのエコノミーの相互関係を表すと次の図のようになる。お互いが重なる部分もある。
Uber のような配車サービスはこれらの3つエコノミーのそれぞれの特徴を兼ね揃えていると言える。ドライバーが所有している自動車をシェアしていて、ドライバーが運転技能を一定時間サービスとして提供しており、即時性も求められる。
ギグエコノミーの状況
会社で出世の階段を上ろうとするよりも、自分の生活を自分でコントロールできる状態を取り戻そうと、コンサルタントとして独立する人も多かった。独立にもリスクが伴うが、解雇に怯えることがないなどのメリットもある。大半のインディペンデント・ワーカーは、自分の運命を自分でコントロールできることが独立の大きな動機となっている。
橘玲氏の「貧乏はお金持ち」においても、米国のフリーエージェントからマイクロ法人化の話題は出てきた。米国は日本よりも、個人が独立して働くという働き方のスタイルがずっと進んでいるようにみえる。
私自身、会社を辞めて独立したきっかけの1つに早期退職制度が設けられたことがある。近い将来、自分が退職勧奨される未来が容易に想像できて、そのもやもやを抱いたまま働いていくのも嫌だなと感じた。独立する大きなメリットの1つに、退職勧奨やリストラに怯えなくてすむ。ひいては評価のために自分の行動を変えずにすむとも言える。
この10年で企業はオペレーションをクラウドに移し、Gメールやセールスフォースなどの人気プラットフォームを中心にして、社内インフラを構築するようになった。それとともに「この会社のやり方」という色合いは薄れていった。会社にとってはプラットフォームに通じた人材が有用になり、それと同時に人材の入れ替えも容易になった。
IT 業界で働いていると、当たり前過ぎてみえなくなっていた。どこの会社でも使うような、ビジネスアプリ (メールや Office ツールなど) の大半がクラウドやプラットフォームベースになり、その会社特有のやり方などを覚える必要がないという。つまり、働き始めるときの学習コストが大幅に下がっている。開発者に限って言えば、クラウドプラットフォームは数えるほどしかないのでさらに学習コストが下がる。
ギグエコノミーはピラミッド構造であり、その最上層では小数の人たちが高度に特化したサービスを提供し、最も高い収入を得ている。パートタイムのような働き方だけがギグではないことがわかる。
個人が独立して働きやすくなった背景の1つとして、仕事のマッチングをするプラットフォームが増え、自分を売り込んで仕事を取りに行かなくても仕事を得る機会が増えたこともあげられる。プラットフォームにより、営業コストを大幅に下げたと言える。
行動経済学者のリチャード・セイラー氏は、「実践 行動経済学」の中で選択肢が現実として易しそうと思えると人々は選択を下しやすくなると指摘している。
インターネットに情報が溢れるようになり、多様な専門プラットフォームも提供されるようになった現代を思うと、何かを始めるときにやり方が全くわからないという領域はどんどん減っているように感じる。私自身、会社を作るときも会計プラットフォームが提供するパッケージを使い、財務周りは会計プラットフォームを使っているからひとり会社は容易に経営 (というよりも運営) できている。SNS で周りの友だちや知人がやっているのを見かけたり、自分でもできるんじゃないかと思える機会が昔より増えているようにも思う。
ギグエコノミーの需要
ロジャー・マーティンもハーバード・ビジネス・レビュー誌において「いずれにせよ知識労働が仕事に属したことはない」と論じた。従来の仕事は工業時代に合わせた構成であり、知識労働はプロジェクトのほうがはるかに適合しやすいという。そのプロジェクトという形は、知識労働者で構成されてサービスを提供する企業の組織形態にはっきりと表れている。
フリーランスに専門技能が求められるようになった背景として、知識労働はプロジェクト単位で扱い、複数プロジェクトを同時並行で進められる。プロジェクトに対してチームが結成され、この働き方の変化に伴い、工業時代の階層組織から、デジタル時代のより柔軟な組織構造へ変化している。
必要なだけの人材を外部から確保し、その部分だけに費用を支払うことは、大きなチームを組織する方法としてコスト効率に優れている。
プロジェクトの期間だけ、必要な人材をオンデマンドで雇うことができるのであれば、効率がよいのは理解できる。
とはいえ、チームが一体的に機能するためにはなんらかの形の共通経験 - ある種の「接着剤」 - が求められる。社員とフリーランスのコンサルタントの混成チームである場合には、この点がなおさら重要となる。
一方で見た目のコストとチームビルディングの重要性についても言及している。専門家の寄せ集め集団ではなく、チームとして機能するには、共通の目標を意識づけることだったり、コミュニケーションの壁を取り除くことだったりと「なにか」が必要であることも述べている。
また、プロジェクト完了後の知識の移転の重要性も多くの企業に見過ごされている。プロジェクトを通じて得られたノウハウが組織に蓄積されるようにしないと、企業は知的資本を拡大できない。コンサルタントは最初からこの必要性を認識し、すべてのプロジェクトに知識共有のステップを組み入れる必要がある。このような要素から、この新しい仕事の世界において企業にもコンサルタントにも成功をもたらすビジネスモデルが形成される。
外部の専門家とプロジェクトを完了したときにその成果をどのように企業に蓄積するか。昨今、事業会社でプログラマーを雇ってシステムを内製化することの重要性が高まっている。従来の SIer にシステム開発をアウトソーシングし続けていると、事業会社は自分たちのシステム (知的資本) であっても、自分たちで維持・拡張していくことができなくなっていることも多い。
まとめると、知識労働の特性にあわせた働き方があり、ギグエコノミーの専門家はプロジェクト単位で契約して働くのに都合がよいリソースと言える。企業が社員を雇用し、社員のみのチームを作ってプロジェクトに取り組むという働き方からの過渡期にあるともみなせるので需要が高まっている。また採用のマッチングもプラットフォームが提供することで容易になった。
インディペンデントワーカーの特徴
本書では、ギグワーカーという用語も使われているが、インディペンデントワーカーという用語で労働に関する統計、その特徴や働き方を説明していることが多い。厳密な定義はわからないが、似ている概念であるようにみえる。ギグという言葉自体が新しい概念であるため、コンサルタントのように昔から独立して働いているような人たちはインディペンデントワーカーと呼ばれていて、その用語の方が定着しているのかもしれない。
インディペンデントワーカーが考えるべき3つの側面をあげている。
・仕事をするのに必要なツール
・高い成果につながる最良の労働環境
・企業文化
仕事のツールとは、契約の枠組みや保険などの財務を支援するツールを揃えておく必要性を説明している。なんらかのトラブルになったときに致命的な問題となり得るから意図は理解できる。それ以外にも専門スキルの学習やマーケティングなどのツールにも触れている。
労働環境については、コワーキングスペースの活用について説明している。
3番目の企業文化についてがおもしろい。
多くのコンサルタントにとって、独立することはライフスタイルの選択となる。自分の生活を自分でコントロールしたいという思いや、やりがいと柔軟性のあるキャリアを追い求めたいという思いが独立の動機に関係するからだ。そして、それはあなたの「文化」に影響する。顧客のために一生懸命働く一方で、あなたは余暇も充実させたいとか、少なくとも自分のスケジュールで仕事をしたいと思うことだろう。
そうした自分の価値観が、「一人の会社」としてのあなたの「企業文化」の一部になる。
企業で働く従業員とインディペンデントワーカーでは企業文化が大きく異なる。そして、インディペンデントワーカーの企業文化とは、まさに自身の価値観に相当する。
個人的に1つ思うことに勤怠管理が私は苦痛だった。自分の会社を作るまでに6社で従業員として働いたが3社で勤怠について管理部からクレームを受けた。法律を守るという側面から管理部としては致し方ないのかもしれないが、そういう規則にうまく適応できない人もいる。
自分の会社を作って役員になった途端、勤怠管理を必要としなくなった。早朝、深夜、休日いつ働いてもいいし、平日の昼間に疲れてたり、気分がのらなければ昼寝して休むこともできる。勤怠管理で嫌な思いをしている人は稼ぐ力をつけて独立することは解決策の1つとなる。もちろん顧客との契約によっては、ある程度の制約は出てくる場合もあるが、自分のライフスタイルにあわせて働ける価値は見た目よりもずっと高く、幸せ感が高い。
自分自身のための時間であれ、地域社会のための時間であれ、時間に対する自分の考え方をはっきりと意識することで、仕事の時間の重みが高まる。
インディペンデントワーカーの方が時間の重要性に真摯になれるかもしれない。それは自分で時間をコントロールできるので時間の使い方を深く考えるようになる。
ソロシティレポート2016 では「仕事の見つけ方ではなく、仕事を創り出すことを学生に教える必要がある」と指摘している。これはまさに起業の発想に基づくスキルであると言及している。また、ギグエコノミーで働くギグワーカーで成功につながりやすい特性として次のものをあげている。
個人的には、これらのスキルがあれば、どのような働き方をしていても成功するのではないかという素朴な疑問がある。
まとめ
本書の原著は2018年9月に出版されている。コロナ禍の前に書かれたものである。後半の2つの章にギグエコノミーの未来について考察があるが、そこにはコロナ禍による影響は含まれていない。
コロナ禍により、多くの業界においてリモートワークの可能性を模索され、物理的に離れた外部のインディペンデントワーカーを雇う機会は拡大しているのではないかと推測する。
私自身、独立する1週間前まで独立することを考えたことはなかった。しかし、世の中の働き方の変化、周りの友だちや知人の雰囲気からこれからはフルリモートワークで働こうと決意したのが2019年12月である。コロナ禍が始まる3ヶ月ほど前であり、結果的にフルリモートワークで働く世の中がすぐにきた。
本書を読むまでギグエコノミーという言葉やギグワーカーといった働き方を私は知らなかった。しかし、世の中の変化はなんとなく感じていた。その「なんとなく」を学び直すきっかけに本書は役立ったように思う。