坂本勉「トルコ民族の世界史」
この2年ばかし、苦手な政治経済分野について、少なくとも常識レベルの教養を身に着けようと思って入門書をあれこれ読んでいる。8月にオスマン帝国の歴史を読み、また昨今の紛争や戦争の状況を踏まえ、ますますトルコと中央アジア諸国やイランとの関係、またそれらの国々とヨーロッパやロシアとの関係とその背景を学びたいと思った。
中央アジア諸国、アゼルバイジャン、トルコ、といった国々は、それぞれが、ロシア・ヨーロッパ・アラブ・イラン・インド・中国といった力関係の中で地政学上重要な位置をしめ、そのうえ石油を代表とした資源も豊富である。だから今、我々が見聞きする紛争や戦争の背景を理解するうえでトルコ系諸国の歴史をひも解いておくのは大事なことだ。
ちょうどそのころ、フォローさせていただいている 吉村 大樹(@オフィスぴの吉)さんの記事の中で、坂本勉著「トルコ民族の世界史」が紹介されていたのでさっそく購入して読んでみた。
少しづつ休み休みじっくりと読んでいたので、思いの他、時間がかかってしまったが、今日、ようやく読了したので思ったところを少し書いておく。
そもそも「民族」とはなんだろうか、ということを「トルコ系民族」について考えたとき、身体的特徴、言語、習慣や文化、といった客観的な特徴によって簡単に分類できないことに、まず気付かされた。
トルコ系諸民族が広くユーラシア大陸に分布していることはよく知られていると思う。もともとがモンゴルの騎馬遊牧民だったとされ言語として近くても、大陸を東西に広く移動し征服し征服されそれぞれの地域に定着していく過程で、地域によって身体的特徴は様々となり、宗教も習慣もそれぞれが異なる特徴を持つようになったのだ。
そのうえ、第一次・第二次大戦、そしてソ連の解体を経て現在ではいくつもの国に分かれている。それは必ずしも各民族のテリトリーと一致しないし、周辺諸国との力関係によって地域ごとにその政治経済の事情は様々だ。
民族が民族としての自覚を持ち始める時期もそのような歴史によって、民族によってばらばらだ。
そして、現代においては、排他的に民族ごとの独立した国家を創り維持していこう、という動きと、共通性をてこにして国や民族を超えて広い範囲で横断的な関係を築いていこうという動きという、二つの面に現れてくるわけだ。
民族主義とナショナリズムの関係は複雑だ。
本書には、民族を考えるうえで最も大事なこととして、以下のように書かれている。
そして、序章として民族の問題についての課題認識を提示し、第1章は「トルコ民族とは何か」と題して本書のテーマが提示される。そのうえで、第2章と第3章で、東はペルシャ=イスラーム世界との関係、西は東方キリスト教世界との関係を概観したのち、4章から6章で中央アジア、アゼルバイジャン、アナトリアのそれぞれの地域での歴史をたどる。そして終章「灰色の狼はよみがえるのか」で現代の課題と今後を展望する。
帝政ロシア・旧ソ連での支配の体制や、ペルシャやバルカン半島との政治・宗教の関係、言語・国語の変遷、そして石油や綿花栽培その他の経済的な関係を軸にしながら、それぞれの地域で、主観的な帰属意識としての民族主義とナショナリズムがどのように形成されていったかを丁寧に解き明かしていく。
新たな知識だけではなく、上記のような民族と近代国家と歴史を考える上での新たな視点に触れて大変によかった。
また、アゼルバイジャンとアルメニアの紛争やクルド問題について背景の一端を理解できたと思ったので非常に有意義であった。また、それまでおぼろげにしか知らなかったトルコと中央アジアのつながり、そして現在の経済協力関係、今後への展望についても入門することができ、良書に出会ってよかったと思っている。
気軽に使う「民族」や「国家」という概念は一筋縄ではいかない、そして、それらが長い人類の歴史の中でもつい最近になって形成された概念なのだろうことなど、改めて意識させられた。
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