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Paul Simon: "Still Crazy After All These Years"

1975年にリリースされた "Still Crazy After All These Years" は、S&G解散後のキャリアのひとつめの頂点であり、名盤の誉の高い名作であることは多くの人が認めるところであろう。

NYダウンタウンのアパートの非常階段だろうか帽子にヒゲの本人の写真を中央に、全体にセピア色で手書き調のアルバムタイトルがお洒落、裏面は歌詞とジャズ・フュージョン系のミュージシャンが名を連ねるクレジット。

実は今手元に持ってない。LPを2枚、CDも2枚か3枚か買った覚えがあるのだが、その度に「このアルバムおススメだよ」と何かの折に人にあげてしまった。

最近の若い人はこの音を聴いてどう思うだろうか。リチャード・ティーのエレピから始まる 1曲目のタイトル曲 "Still Crazy After all These Years" (時の流れに)。2節+サビ+間奏+1節というシンプルな構成だがセピア色の音作り、控えめでタイトのドラムス、間奏でのマイケル・ブレッカーのサックスソロ、3分30秒のポップソングがお洒落なジャズの装いでまとまっていて、今でも、いや今だからこそ新鮮に聴こえるかもしれない。

2曲目はサイモン&ガーファンクルの再結成となる "My Little Town." ピアノのイントロからドラムスとギターが柔らかくかぶさって始まるこの曲はメロディや和声進行も少し複雑な構成で一筋縄ではいかない。アート・ガーファンクルを困らせてやろうという気もあった、とどこかでコメントしていたように記憶している。曲自体はあのころよりも数段深みを増しているが、二人のハーモニーは S&G のころと変わらない。

Paul Simon "My Little Town"

3曲目は "I Do It for Your Love" (君の愛のために) 切なくロマンティックな歌詞が美しい。

Found a rug in an old junk shop
And I brought it home to you
Along the way the colors ran
The orange bled the blue

古びた中古品の店で敷物をみつけて
君のために持ち帰った
途中で色が流れてしまって
オレンジ色が青になってしまった

Paul Simon "I Do It for Your Love"

第一節で、結婚した日が雨の日で空が黄色で草むらが灰色だったと歌われ、第二節で寒い冬の部屋とオレンジジュースを二人で飲んだ、という色のイメージが全体を覆ってホーンの間奏がせつない。

そして大ヒットとなった "50 Ways to Leave Your Lover" (恋人と別れる50の方法)。スティーブ・ガッドのドラムスから始まり、クールなポール・サイモンの歌声、ギターの和音がお洒落に響く。女性コーラスとファンキーなギターとベースが加わって雰囲気が闊達に一転するサビもいい。韻を鮮やかに踏む歌詞がユーモラスで、ポールサイモンの真骨頂といってよいだろう。Spotifyの再生回数を見ても一桁違う断トツだ。


A面の最後の曲は、珍しくエレクトリックギターでの弾き語りで静かにしっとりとした "Night Game" ジャズのハーモニカの巨匠トゥーツ・シールマンスの間奏のソロが沁みる。試合が終わって観客のいないスタジアムが月明りに照らされているそんな雰囲気がいい。


B面の一曲目を飾るのは、フィービー・スノウ、ジェシー・ディクソン・シンガーズとのソウルフルなゴスペル調、テンポのいい "Gone at Last." この曲は元気が出る。

B面は、"Some Folks' Lives Roll Easy," "Have a Good Time," "You're Kind" と続く。人生を少し皮肉っぽく歌い、以前の S&G のころのテイストの歌詞が妙にマッチしていて面白い。

ラストの曲は "Silent Eyes," 嘆きの壁をテーマにしたというこの曲はそれまでとガラリと雰囲気が変わって、厳粛な雰囲気のコーラスで締めくくられる。


前年1974年にリリースされたライブ盤 "Live Rhymin'" では、1972年の "There Goes Rhymin' Simon"や "Paul Simon" のアルバムにあった南米フォルクローレやゴスペルの路線をさらにディープにした感じだったが、このアルバムでは一転して軽やかにフュージョン・ジャズ系の要素を前面に出して、多くのファンをいい意味で裏切るアルバムになっていると思う。

まず、作曲の手法が、それまでのギターを中心としたものから大きく変わわっている。"There Goes Rhymin'" でもすでにその傾向はみられたが、ギターの弾き語りを中心にした曲作りから完全に脱却している。

このアルバムの基本的なアイディアは、ギターではなくキーボードとリズムセクションを要にしていることは一聴してわかるだろう。

以前は、ギターをつま弾くときの特徴的な和音や和声進行、印象的なフィルイン、単純に聴こえるバッキングに織り込まれているメロディー、それらをベースにして他の楽器は装飾的に加わっていた。

それが、まず曲があって曲全体の構成ができ、そこから各楽器の音が組み立てられ、自身のギターはその一要素となったようにおもわれる。

じつは、このころ、ポールサイモンは左手の指に calcium deposit (カルシウムの沈着?)の問題をかかえ、自在にギターを操れなかった時期があったらしい。また、そのころまでにジャズやクラシック音楽を学び、多くのジャズ・フュージョン系のミュージシャンと共演してきた。そうして自身のギターの技に頼らずにピアノを用いて作曲し曲を作りこむようになったということだ。

そして、多くの楽器を効果的に重ねて陰影を深くすることに工夫を凝らしている。そして全体的に抑制が効いていて過剰なところがない。サックスやハーモニカ、ギターの短いが印象深いソロは抒情をかきたて、ホーンやボーカルを効果的に重ねてドラマティックに仕上げていく。

Night Game が 2分57秒だが、ほかの曲はすべて3分30秒前後で仕上がっている。大きく広がった作曲の幅と自由度を存分に駆使しつつ、だからといって垂れ流しにすることなく、ポップソングの枠内にきっちりと作りこむ。マイケル・ブレッカーによれば、ポール・サイモンはマイケルのソロのパートも一音一音指定してきたということだ。

そうしてできたこのアルバムは世間でも驚きをもって迎えられ、グラミーの最優秀アルバム賞と男性ポップ・ボーカル部門の2部門を獲得したという。

どの曲もいいし、いろいろな人がカバーしている。Night Game でソロを聴かせるトゥーツ・シールマンスの "I Do It for Your Love"は切なくていい。ピアノのビル・エヴァンスとのデュオを貼っておこう。


ところで、1曲目の "Still Crazy  .. " は、アルバムのタイトル曲でもあり1曲目を飾る。エレピのイントロで始まるこの曲ではポール・サイモンはギターを弾かず、ボーカルに専念している。

S&Gの最後のアルバム "Bridge Over Troubled Water" 「明日に架ける橋」を思いだしてみよう。タイトル曲は1曲目で、ピアノのイントロで始まるこの曲ではポール・サイモンはギターを弾かず、最後の節でポール・サイモンの声も入るものの、アート・ガーファンクルの独唱といってもいい。

世間では、ボーカルしか聴かない人も多い。"Bridge Over Troubled Water"をアート・ガーファンクルの曲だと思っている人も多い。まさか、実際にそんなことは考えてもいなかったと思うが、ひょっとしたら自身のボーカルの曲で "Bridge Over Troubled Water" を超えようという思いがあったのかもしれない。いや、ちょっと勘繰りすぎかもしれない。

A面2曲め "My Little Town" がアート・ガーファンクルをゲストに迎えて S&G の復活と話題になりファン待望のものだった。しかし、往年のハーモニーはそのままだが、あのころのS&Gの曲よりも複雑さを増し、アート・ガーファンクルの天使の歌声は前面に出ずにコーラスの厚みを増す役割となっている。聴けば聴くほどポールサイモンのシンガー・ソングライター・アレンジャーとしての素晴らしさが際立ってくる。

そして、B面 1曲目 "Gone at Last" はフィービー・スノウをボーカルに迎えている。このへんはポール・サイモンの茶目っ気というかなんというか、意識したものではないだろうか。

"My Little Town"も凝った造りの素晴らしい曲ではあるが、"Gone at Last"のほうがストレートで、生き生きとして楽しい曲になっていると思う。後々ライブでよく歌われるのは "Gone at Last" だ。「これまでずっと運が悪かったけど、それもすべて終わり!」と一緒に楽しく口ずさめる。

iTune festival のライブでは、"Kodachrome" からのメドレーで歌われる。


そして、このアルバム全体を通して印象に残る音といえば、リチャード・ティーのキーボード、スティーヴ・ガッドのドラムスだろう。

このアルバムの制作で得たこの2人の盟友は"One Trick Pony"のバンドに繋がりその後のポール・サイモンのキャリアを支えることになる。


■追補
1.このころ、ポールサイモンが弾いているギターは、ヤマハのエレクトリックアコースティックで、黒で丸いボディーに白い四角いピックガードが特徴だ。エレアコは、その後すぐに普通に使われるようになったが当時はまだ珍しく目を引いた。ピックガードが黒くて全体が黒一色のモデルも後に愛用していたようだ。

40年くらい前だったか購入した楽譜の見開きの写真でいいのが数枚あるのだが、著作権上の問題が大きいと思うので残念だ。YouTubeで1978年前後のポール・サイモンのライブはいくらかあがっているので興味あるかたはそちらを見ていただけたらとおもう。

2.このアルバム "Still Crazy After All These Years" のあと、ワーナーに移籍する前に "Greatest Hits etc."というベストアルバムを出している。2曲の新曲 "Stranded in a Limousine" "Slip Slidin' Away"を聴ける。このアルバムは Spotify では見当たらないが、"Slip Slidin' Away" は"Still Crazy …" のデジタル版のボーナストラックとして収録されている。

"Stranded in a Limousine"も、ピアノが効いた軽快なリズムにとぼけた感じの歌詞と、いいアンサンブルが面白い曲で、大好きだ。

そして代表曲の一つでもあり、ライブでもほぼ必ずといっていいほどによく歌われる "Slip Slidin' Way." S&Gの再結成コンサートの映像を貼っておこう。

"You know, the nearer your destination the more you're slip sliding away"と歌われるこのほろ苦い歌は、気が付いたら失われてしまった希望や夢、いつの間にか求めていたものと違った人生になっていく、そんなことが、ウィットに富んだ歌詞で歌われる。

"Paul Simon Greatest Hits, Etc" のスコア
スコアとしてだけでなく、写真と記事が充実している
お見せできないのが残念だ。。。


■ 関連 note 記事
Paul Simon の記事は、3週間に一度程度の頻度でアルバムごとに思いのたけを綴っていく予定だ。おそらく多くの記事が軽く5000文字超、しかもそれでも語り足りない、そんな個人的な記事になるはずである。

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