テリ・リン・キャリントン Terri Lyne Carrington "New Standards"
リズム音痴だし、ドラムスは自分で演奏したこともないので、歴史や人や楽器そのものやテクニックについても語るところはまったくもってないのだけれど、好きなドラムスというのは何人かいる。最近だとアニカ・ニルス、アン・パセオにぞっこん惚れているし、ネイト・スミスも大好きだ。昔から、というなら、トニー・ウイリアムスが一番好きかも、ポール・モチアン、ジャック・ディジョネット、ピーター・アースキン、デニス・チェンバース、スティーヴ・ガッド、ロナルド・シャノン・ジャクソン、...。
1989年にデビュー・アルバムを出したテリ・リン・キャリントンも、とても好きなドラマーだ。ウエイン・ショーターなど、多くのミュージシャンとの共演し、リーダーアルバムの数こそ多くはないが、どれも話題作ばかり、精力的に活動を続けている。
つい最近に "New Standards Vol.1" というアルバムをリリースした。ギターに新進気鋭のジュリアン・ラージを迎えた落ち着いた演奏で、強烈な個性を見せつけるものではないし、これぞドラマーのアルバムというリズムや技が表に出たものでもない。しかし、1曲目から控えめながらもちょっと耳に残る曲ばかりで、とても好い印象だ。
秋の夜長に聴きたいボーカル曲も散りばめられている。マイケル・メイヨーのも物憂げな優しいボーカルが印象的な 2曲目 "Circling" 、ダイアン・リーヴスの貫禄のボーカルを楽しめる 4曲目 "Moments"もうっとりと聞ける。 「規格外の才能、天が授けたヴェルベット・ヴォイスを持つ」(Tower Records ONLINE)という2021年デビューの若手の女性シンガー、サマラ・ジョイがしっとりと歌う 8曲目 "Two Hearts" もうっとりする。ジョン・コルトレーンの子息、ラヴィ・コルトレーンのサックスも情感たっぷりだ。
フリーっぽいラストの曲 "Rounds" や、5曲目の"Continental Cliff"もいいし、民俗音楽のような雰囲気の音作りが楽しい 3曲目の "Uplifted Heart" は気に入っている。
アルバムのタイトルは "New Standard Vol.1" というが、「スタンダード」というアルバムタイトルがつくと必ず入るような曲が見当たらない。そして、どの曲も女性が書いた曲ということだ。
"The Real Book" というジャズのスコア集がある。(Amazon.co.jp: The Real Book - Volume I: C Edition (English Edition) 電子書籍: Hal Leonard Corporation: 洋書)収録されている全400曲のうち399曲が男性が書いた曲で女性の書いた曲は1曲だけだということだ。
タイトルに "Vol.1" とあるので、これから続編が出ていくことだろう。
さて、テリ・リン・キャリントンを知ったのは 1989年のデビューアルバム "Real Life Story" だ。1曲目の "Message True" ピアノ・シンセやギターとサックスにパーカッションが絶妙にアレンジされたカラっと明るいお洒落なフュージョン・サウンドにパワフルでスカっと抜けるドラムスが最高だ。
まだまだ女性のドラムスはレアだったこのころ、女流ドラマーとしては、シンディ・ブラックマンもデビューしていて、彼女らのパワフルで手数の多い演奏に心をときめかした。シンディ・ブラックマンは後にサンタナと結婚し、今はシンディ・ブラックマン・サンタナという名前で精力的に活動している。
オリジナリティやコンセプトという点では、テリ・リン・キャリントンのほうがずっと幅広いように思う。
異色の共演といえば、ベトナムのギタリスト Nguen Leのアルバムだ。ジミ・ヘンドリクスの曲を演奏した "Purple" では、ソウルフルなボーカルも聴かせてくれる。
グエン・レについては以前に記事にしたことがある。このギタリストも素晴らしいミュージシャンなので是非とも聴いてほしい。
2011年には女性のジャズ・ミュージシャンばかりで編成した MOSAIC Project をリードし、そのアルバムはグラミー賞も受賞した。
そして、なんといってもACSトリオがいい。私が愛しているピアニストのジェリ・アレン、惚れこんでいるベーシストのエスペランザ・スポールディングと組んだ、それぞれのラストネームのイニシャルをとった名前のユニットだ。
ジェリ・アレンが2017年に天国に旅立ってしまったので、もう新曲は出ないのが残念だ。
ウエイン・ショーターのバンドでエスペランザ・スポールディングのベース、アルゼンチンのピアニスト・レオ・ジェノベーゼと組んだ2017年のライブアルバムもつい最近にリリースされた。
ウエイン・ショーターの不思議フレーズとサウンドに酔いしれるのもいいし、ピアノも達者で負けてない。そして、やはりテリ・リン・キャリントンのドラムスは、時にバックに隠れて控えめに、時にはメロディとリズムの隙間を埋めるかのように饒舌、そして、エスペランザ・スポールディングのボーカルもマッチして聴き惚れる。
テリ・リン・キャリントン、私よりちょいと年上、ということはまだまだ若手だ。これからも新しい境地を開いていくに違いない。
ますます目が離せない。