パット・メセニーとライル・メイズ:"Still Life" Pat Metheny, Lyle Mays
以前、パット・メセニーについて、オーネットコールマンとの "Song X" とそのころまでのアルバムについて少々書いて記事にしたことがある。
"Song X"は 1985年の作品だ。この前年、パット・メセニー・グループは名盤の "First Circle" をリリースした後、それまでのECMレーベルを離れた。だから "Song X" のクレジットを見れば Metheny Group Productionのロゴが入っているし、ゲフィン・レコードからのリリースだった。
"First Circle" はいいアルバムだし、アルバムの3曲目、軽快な手拍子から始まるタイトル曲の "The First Circle" は、手拍子がフェードアウトした後にアルペジオで始まるイントロそしてバッキングのストロークはどこまでも柔らかく、ボーカルの明るいメロディ、起承転結のはっきりとしたドラマティックなアンサンブル、流麗なライル・メイズのピアノ・ソロ、と聞きどころばかりだし、いつ聴いても元気の出る一曲だ。
ライブでは出だしの手拍子で観客が一緒に手を叩くのが通例だ。YouTube で 1988年のライブが上がっているので、貼っておこう。
ところで、ちゃんと手拍子合わせて叩けただろうか?
かなり難しいだろう。ファンの人なら練習しているから大丈夫だとは思うし衆知のことではあるが、この曲は 8 分の 11 拍子なのだ。
このアルバムは、それまでのアルバムとまったく違う雰囲気だ。 First Circle 以前のアルバムは、明るい 8 ビートの曲、美しく流れるようなメロディの曲、旅の郷愁を感じさせる曲、カオティックな曲、と曲ごとに割合はっきりしていたように思う。そしてその集大成のように、1983年にリリースされたのがライブ盤の "Travels" だった。
アルバム First Circleの一曲目の小品 "Forward March" を聴くと調子っぱずれのようなギター・シンセとキーボードの音、それでいてドン、ドン、と太鼓のリズムで、明るく楽しく何かお祭りが始まるわくわく感のある雰囲気の曲だ。
それまでの要素を一曲にすべて詰め込んで、さぁこれから新しい道に進むぞ、という感じだが、その割に力が抜けていてライル・メイズの茶目っ気ある笑顔が浮かぶようだ。
そして、2曲目、5曲目、6曲目あたりに以前のアルバムでは感じられなかった蒸し暑い熱帯の雰囲気を感じるのは私だけだろうか。4曲目の "If I Could" や 7曲目 "Mas Alla" のような、心地よい邪魔しない曲もあるし、8曲目の "Praise"もストレートで明るい一曲でラストを飾るにふさわしいが、全体的にはやりたいことを全開にできない感じがあり、ちょっとコンセプトがばらけているような感じも否めない。
パット・メセニーは自分の限界を超えてもっと自由になりたかったのだろうと思う。ただ単に美しいだけじゃない聴きやすいだけじゃない口当たりのいいものではなくて、何か違った音楽。
オーネットの曲を取り上げたり、オーネットと共演したりしたのもそうだろう。ギター・シンセを試作品のころから先駆けて使っていたのもいろいろ実験したかったのに違いない。そう思うと、"Offramp" は実験的な作品だったのかもしれない。
そして、変拍子の "The First Circle"だ。
きっと、ライル・メイズという盟友がいることで、このグループを発展させてやりたい音楽をどんどん取り入れて新しい音楽を創造できる、そういう思いを込めたのがこのアルバムだと感じる。ECMの音と言えば、深めのリバーブで空間の拡がりを感じさせ静かな内省的な音を基調とする。だから、ECMと方針が合わなかったに違いない。レーベルは以前の音楽 "Are You Going with Me?"とか "James"のような音楽を作り続けてほしかったのではないだろうか。だから、パット・メセニーは新しく自分のプロダクションを作り、ゲフィンに移ったのだろうと想像している。
パット・メセニーはこのあと、1987年に私が一番好きなアルバム、"Still Life"をリリースする。
なるほど、こういう方向に行きたかったのか、という納得の粒ぞろいの曲たちは、アルバム全体の統一感もある。
ブラジル音楽の要素がふんだんで、そのころにパットがやりたいことを奔放に実現している自由さと、ライル・メイズのやりたい音楽ががっちりとはまっている、そんな大きな広がりを感じる曲が揃っているように思う。
このころ、パーカッションやボーカルも増え、メンバーの数も多く、それぞれのメンバーの楽器も多いうえ、パットのギターセンセやシンクラビア、ライル・メイズの機材も重量級ばかり、高地でのライブができなかったという。いや、これはガセネタかもしれない。
1992年の Live Under the Sky のライブ演奏が YouTube に上がっている。
Live Under the Sky はこの年が最後だったという。タバコのCM入りのテレビ放送をビデオにとってあって、DVDにダビングしてある。
個人的に見どころが、たくさんあって、たとえば、パットの変則なピックの持ち方、"The Third Wind" で演奏しているローランドのギターシンセGRの初期のモデル(*1)、なぜ後半ギターシンセを持ち替える必要があったのだろうか、接続されるシンセサイザーが違うんだろうなぁ、そりゃ機材も多くなるだろう、など。
続編ともいえる 1989年の "Letter from Home" もいい。
"First Circle"のころから、パット・メセニー・グループでは、ライル・メイズの色が強くなり、この2枚は二人の強い個性が融合して素晴らしい音楽が出来てきたが、それはそれで頂点に二人で立つような危ういバランスだったのだろう。ひょっとしたらパット・メセニーは頂点に到達した感、逆にいうと自分の枠を超えようとして超えられない、そんな自分の限界を感じたのかもしれない。本当はどうなのかわからないが、そんな風に私は感じている。
グループとして最後のオリジナルとなる 2005年の "The Way Up" も大好きな一枚だが、これはむしろライル・メイズのソロ・アルバムのような印象だ。
"Still Life" と "Letter from Home" のころ、ライル・メイズは2枚のソロ・アルバムを出している。これらも素晴らしい。告白してしまうと、実は、ライル・メイズのアルバムのほうがパット・メセニー・グループのアルバムより好きなのだ。
さて、この記事では、パット・メセニー・グループのことはそこそこにライル・メイズのことを書こうと思っていた。ところが、書き始めてからパット・メセニーの3枚のアルバムをいろいろ聴きなおしているうちに、長くなってしまい、しかも、パット・メセニーについてさえ書きたいことの 20% も書けないまま、いつまでたっても書き終わらない、結果、私の印象ばかり書き散らかしたような記事になってしまった。
この続き、ライル・メイズについては、また後日に譲ろう。
自分の枠をはずして自由を求めても思い通りに得られない人もいれば、自分の枠をきっちり守りつつ思うままに自由を得られる人もいる。
■注記
(*1) このライブの動画でも見ることのできるパット・メセニーのギター・シンセについて "Song X" の記事の注記でひとくさりしている。興味あるかたはそちらを読んでほしい。
■関連 note リンク
オーネット・コールマンも大好きなミュージシャンだ。
ライル・メイズが自身のソロ・アルバムで選ぶギタリストは、ビル・フリゼル。
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